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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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猫の抜け道

「……嘘。嘘でしょ、これ……動いてよ! お願いだから!!もーーー!!!」

 闇の中で、サオリの悲鳴がコンクリートの壁に反響した。

 指先は泥にまみれ、iPhoneの画面を何度も、剥がれんばかりの勢いで叩き、擦る。だが、漆黒の空間に浮かび上がる白いリンゴの紋章は、嘲笑うかのように静止したままだ。

「再起動……電源ボタンと、音量の上……違う、下だっけ!? ああ、もう! なんでこんな時にフリーズするのよ!!」

 サオリの瞳に涙が溜まり、それは泥と混じって頬を汚した。彼女は突然、背後で眼鏡を光らせる竹本を激しく振り返った。

「……あんた! あんたがさっきベタベタ触ったからでしょ!? 変なとこ押したんじゃないの!? どうすんのよ、これがないと私、もう……!」

 暗闇の中、視界が効かない恐怖も相俟って、サオリの興奮は常軌を逸していた。竹本に掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。

「……ぎゃあぎゃあうるせえな。それでいつまでそのカチカチ鳴らしてやがる。耳障りだぞ」

 工藤が忌々しげに吐き捨て、泥にまみれた洋靴を荒々しく踏み出した。その矛先は、サオリの怒りの対象である竹本へと向けられた。工藤は、竹本の胸ぐらを片手で強引に掴み上げた。

「……お前だ。竹本。さっきから図々しく俺らに絡んでるが、何様のつもりだ。サオリをそそのかして、道案内を頼んだ覚えはねえぞ。インテリの御託は聞き飽きたんだよ」

 ドスの切っ先が、竹本の喉元で微かに震える。だが、竹本は絞め上げられながらも、泥で汚れた眼鏡を指で押し上げ、不敵に笑った。

「……ふむ、図々しい、か。心外だな。私はただ、この地下の深淵に、実に見事な『構造の欠落』を見つけただけだよ。……サオリ、パニックはやめたまえ。その死にかけの板で、あそこの壁の亀裂を照らしてみなさい。直したいなら、なおさらだ」

「……直らないの! リンゴから動かないのよ、これがないと私は……!」

「いいから照らすんだ。その『死神の灯火』で十分だ」

 サオリが震える手でリンゴの光を向けた先、新橋方面へと続く線路は、もはや鉄の道ではなかった。

 一月二十七日。B29の直撃弾は銀座四丁目の交差点を正確に射抜き、地下鉄の天井を紙細工のように粉砕していた。地上からなだれ込んだ数千トンの土砂とビルの瓦礫は、戦時下の物資・人員不足ゆえに撤去されることもなく、線路を完全に埋め殺す「土の栓」と化している。さらに追い打ちをかけたのが、爆撃で破裂した水道本管だった。そこから溢れ出した大量の水が瓦礫の隙間を埋め、排水ポンプが止まった地下空間を、出口のない「泥のダム」へと変えていた。濁った水面の下には、引きちぎられた高圧ケーブルと、あの日逃げ遅れた人々の遺骨が、今も冷たい粘土層に抱かれたまま沈んでいる。

 物理的な死の拒絶。サオリたちが進もうとしていた道は、設計図から切り離された暗黒の袋小路に成り果てていた。

「……新橋へは行けない。あそこの先は物理的な『栓』がされている。だが、この亀裂の先を見てごらん。……実におもしろい穴がある。……いってみないか?」

「……そこを通れば、安全な場所に出られるのね? 竹本さん。……信じていいのね?」

「さあね。だが、この澱んだ空気の中に居続けるよりは、幾何学的にマシな終焉が見られるだろうよ」

 だが、ここは日の光も届かない地下の底だ。立ち止まっていれば、圧倒的な暗闇と湿気に正気を削り取られるだけだった。他に頼るべき道も、戻る理由もない。

 一行は、竹本の無責任な言葉を「救い」だと勝手に誤読したまま、泥の迷宮へと足を踏み入れるしかなかった。

 竹本は、サオリが抱えるiPhoneを横目でチラリと見て、唐突に呟いた。


「……サオリくん。その板、もし直したいなら、神にでも祈ることだね。……君は『シュレディンガーの猫』という話を知っているかな?」


「……はぁ? 猫? 何よそれ、いま関係ないでしょ!」


「……大ありだよ。箱を開けるまで、猫が生きているか死んでいるかは分からない。

今のその板も同じさ。君が『直っているはずだ』と強く念じ、観測を確定させるまで……生死は決まらない。

……実におもしろい『鏡』だよ、そいつは」


 竹本は、サオリの手の中にある冷たい板を細い指で差した。

 サオリが毒気に当てられたように黙り込む中、ハナが冷たく吐き捨てた。


「……おめでたいね。このインテリ、ただの道楽で言ってらぁ。……でもさ、その猫なら、こんな薄汚い穴、すぐに抜け出すだろうね。ククク……」

 ハナの乾いた笑い声が、不気味な「裂け目」の奥へと吸い込まれていった。

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