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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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鉄の地響き

カッ、と放たれたiPhoneのフラッシュが、数十年分の埃を白く染め上げた。


 帝都高速度交通営団――銀座駅。

 一九四一年に国家の要請により設立されたこの巨大組織の要衝は、単なる交通の拠点ではなかった。建設当初から、迫りくる戦争の影を見据え、その堅牢な鉄筋コンクリート構造は「帝都最大の防空壕」としての側面を強く帯びていた。

 一九四五年一月の空襲では、地上の爆撃の衝撃波をその身に受け止め、天井が崩落する惨禍に見舞われながらも、地下の深淵は数百人の避難民の命を繋ぎ止めていた。


 今、四人が降り立ったその場所は、煤と、コンクリートの粉塵、そして行き場を失った人々の微かな生活の匂いが漂う、静かな墓標のようであった。

 iPhoneの光が闇を切り裂くたび、柱の影にうずくまる「人影」が浮かび上がっては消える。地上を焼かれ、逃げ場を失った人々が、百貨店へと続く物資輸送用の連絡通路や、防空用として設計された盲端の空洞に、蜘蛛の巣のように張り付いて住み着いていたのだ。


「……あ! 待って、これ……ここ、知ってる……!」


 サオリは叫び声を上げ、竹本の手からiPhoneをひったくるようにして前方へ突き出した。

 ライトが照らし出したのは、装飾の剥げ落ちた壁。だが、そこには圧迫感すら感じるほど「低い天井」と、それを支えるように等間隔に並んだ「不自然に細い角柱」の列があった。

「この狭さ、この天井の低さ……! それにこの、ホームが奥の方でグニャって曲がってる感じ……。ここ、銀座駅だ。間違いなく、私の知ってる銀座駅だよ!」

 サオリは、煤けた柱の一本に手を触れた。

 開業当時の意匠を伝えるあの角柱。それが今、営団地下鉄としての冷徹な「骨格」を剥き出しにして、目の前にある。


「……うそ。全然変わってない。この骨組みだけは、ずっとこのままなんだ……」

 サオリの瞳に、安堵と、言葉にできない戦慄が混ざった涙が浮かぶ。地上の焼け野原ではすべてが失われたかに見えたが、この地下の深淵には、未来へと繋がる物理的な連続性が、静かに、確実に息づいていた。

「おい、サオリ。さっきから何をブツブツ言ってやがる。柱なんてのは、どこも同じように立ってるもんだ。空襲のショックで頭に霞でもかかったか。……さっさと歩け、置いていくぞ」

 工藤にとって、それは「錯乱した女のたわ言」に過ぎなかった。ドスを握りしめ、ハナの手を引いて通路の脇に並ぶ住人たちの視線を、殺気で押し返しながら突き進む。ハナは無言のまま、工藤の袖を離さぬよう必死に足を進めていた。

 だが、竹本だけは違った。

 彼はサオリが照らし出した天井のアーチ構造と、サオリが持つiPhoneを交互に見比べ、歪んだメガネの奥で瞳を異様に細めた。

「……ふむ。なるほど。工藤君、笑うのはよせ。お嬢さんがこの柱の並びを見て、まるで実家に帰ったかのような確信を示したという事実は、無視できん」


 竹本は、煤けた角柱の角を指先でなぞりながら、独り言のように呟きを漏らす。

「……信じがたい。この板(iPhone)を見ろ。継ぎ目一つない硝子、この世の物とは思えぬほど微細な光。……これほど狂気的な精度を持った文明が、この駅を管理しているのだとしたら。……お嬢さんのいた世界では、もはや『老朽化』や『崩壊』という概念すら、この板の中の演算で封じ込めているのか? 建物も、時間も、そして人間すらも、壊れることを許されない『完成された模型』のように閉じ込めて……」


「え、ちょっ……竹本さん? なにその怖い想像……! そんなんじゃないから! もっと普通に、みんな生きてるよ!」

「……普通、か。飢えも、戦火も、不確定な明日もない。すべてはこの板の光が指し示す通りに動き、人々はこの不変の駅のホームで、永遠の静寂を待ち合わせている……。そうか、ここは未来の住人にとっての『揺りかご』なのだな……!」


 竹本の想像力は、サオリの困惑を遥かに飛び越え、勝手に「不気味なほど完璧で、逃げ場のない完成された世界」を構築し始めていた。

「おい、やめろ竹本。お前のインテリ特有の気味の悪い妄想は聞き飽きた」

 工藤が毒づきながら、さらに暗いホームの奥、百貨店へと通じる鋼鉄のシャッターが半開きになった駅務室の前へと歩を進める。

 その時だった。


 ――ゴ、……ゴゴゴ……。


 足元のコンクリートから、内臓を揺さぶるような低い振動が伝わってきた。

 工藤が足を止め、ハナを背後に隠すようにして身構える。闇にうずくまっていた住人たちが、一斉に顔を上げ、怯えたようにトンネルの闇を見つめた。

「……何、この音。地震?」

 サオリが震える声で尋ねる。iPhoneのライトが、微かに震える天井の塵を照らし出した。

「いや……地震じゃない。このリズム、鉄の擦れる音だ」

 竹本が眼鏡を指で押し上げ、暗黒の先を凝視する。

 ――キィィィィィン……。

 遠く、あまりにも遠く。だが確実に、死に体のはずの帝都の血管を這う、鋼鉄の獣の咆哮。

 空襲の合間を縫って、泥を啜りながらも走り続ける営団地下鉄の、呪いのような走行音がトンネルの向こうから響いてきた。

「構うな、行くぞ」

 工藤が地鳴りを切り裂くような声で言い放つ。彼は躊躇うことなく、音の源である闇を背に、瓦礫に埋もれた死に体の銀座駅のホームを進んでいく。

 暗闇の中で、四人の影がその音に呑み込まれていく。

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