35.漆黒の階層(フロア)
「……掘れだと? この場所をか、竹本」
工藤君はドスを鞘に収めると、竹本が指差したその「空白」を忌々しげに睨みつけた。ひしゃげた鉄骨と、熱で飴細工のように曲がった看板が複雑に絡み合い、その奥には底知れない闇が口を開けている。
「そうだ、工藤君。この『聖遺物』の眼が、そこだけは捉えられないと言っている。物理的な実体がない、つまりは巨大な空洞が、この瓦礫の直下に潜んでいるということだ」
竹本はもはやサオリにiPhoneを返す気配もなく、まるで高価な精密測量儀を扱う手つきで、その画面を凝視し続けている。
「チッ……。おい、サオリ。危ねえから下がってろ」
工藤君は荒々しく上着を脱ぎ捨てると、焼け残った一本の鉄筋をバール代わりに掴み取った。一度、二度。執念に突き動かされた工藤君の腕に、浮き上がった血管が青く光る。やがて、ガラガラと大きく崩落する音が響き、足元の瓦礫が吸い込まれるように消えた。
「……っ、なんだ、これは」
工藤君の足元に、整然と並んだコンクリートの「階段」が姿を現した。
それは、戦火で焼かれた地上の地獄とは完全に切り離された、冷たく、静かな沈黙に包まれた闇へと続いていた。
「……地下鉄、銀座線か」
竹本が低く呟いた。その言葉に、サオリは思わず叫んだ。
「え、銀座線!? うそでしょ、こんな時代からあったの!? だってこれ、地下鉄だよ?というか、早く返してよわたしの!」
サオリの知る銀座線は、黄色い車体で渋谷や浅草を繋ぐ、通勤ラッシュの象徴だ。それが、この焼け野原の下に、1945年の今、すでに「骨格」として存在している。その事実に、タイムスリップしてから一番の眩暈を覚えた。
「……何を驚いている。東洋唯一の地下鉄道だぞ。昭和二年には上野から浅草まで通っていた。……だが、今は空襲でまともに動いてはいないはずだがな」
竹本は無造作にiPhoneの画面を弄り、偶然フラッシュのアイコンに触れた。
――カッ!!
爆辞を焚いたような強烈な白色光が、地下の深淵を真っ白に染め上げた。
その光の先に浮かび上がったのは、埃にまみれた、だが確かに存在する「銀座駅」の文字。タイル張りの壁面が、21世紀のLEDに照らされて、不気味なほど鮮やかに蘇る。
「……よし、行くぞ。この下に、奴らの『書類』が届かない物理的な真実が眠っている」




