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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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オーパーツ1945

カタカタ、と乾いた音を立てて、竹本の指から計算尺が灰の上に滑り落ちた。

 だが、彼は拾わない。泥にまみれた国民服の男は、サオリの胸元で淡く発光する「物体」へと、獲物を解剖台に乗せる執刀医の足取りで詰め寄った。


「……うわ、ちょっとちょっと!触らないで! 壊れたら、もう二度と直せないんだから!」

 サオリは悲鳴に近い声を上げ、反射的にiPhoneを胸元に抱え込んだ。

 だが、竹本は一歩も引かない。むしろ、その距離は獲物を解剖台に乗せる執刀医のそれだった。

 竹本の視線が、サオリの指の間から覗く、吸い込まれるような漆黒の鏡面に固定される。

 その瞬間だった。

 竹本は、煤けた人差し指で円いフレームの眼鏡をぐいっと押し上げた。

 レンズの奥の瞳が、歪んだガラス越しに異様なほど大きく、冷たく光る。もはやそこには、サオリという人間への関心は微塵も残っていない。


「……10ミリを下回るな。8か? いや、7・8といったところか」

「えっ……? 何が?」

「この板の厚みだ。お嬢さん」


 竹本は、まるでこの世の摂理を疑うような、低く掠れた声で続けた。

「馬鹿げている。この薄さで、これだけの面強度を維持し、たわみ一つない。一九四五年の日本において、これほど高密度の金属を、寸分の狂いもなく削り出せる旋盤は存在しない。……いいか、この筐体ケースのエッジを見ろ。光の反射が一点の曇りもなく直線を描いている。これは研磨ではなく、分子レベルでの制御だ」

 竹本は泥にまみれた指先を伸ばし、iPhoneの側面の冷たい金属をなぞる。その指は震えていたが、それは恐怖ではなく、極限の「正解」に触れた歓喜によるものだった。


「内部に真空管を収める隙間すらない。配線を通す余地もない。……だというのに、先ほどからこの板は、俺の耳に届かない高周波の唸り(ノイズ)を上げ続けている。……一体、何の『物理』で動いている? どこの計算機室ラボが、この薄っぺらな銀板の中に帝都の未来を詰め込んだ?」


「それは……未来の……」


「黙れ。空想ファンタジーを聞いているのではない。俺が訊いているのは、この『物体』が放つ圧倒的な実在感だ」

 サオリは、竹本の指がiPhoneのチタンのエッジをなぞるのを見て、背筋が寒くなった。

(……やばい。この人、iPhoneをただの機械だと思ってない。歴史の教科書に載ってた、あの言葉……なんだっけ。場違いな工芸品。オーパーツ。……そう、この人にとって、これは一九四五年に存在しちゃいけない『呪いの遺物』なんだ)

 サオリの脳裏をよぎったその不吉な単語を、竹本は彼自身の言葉で上書きするように呟いた。


「……考古学には、地層の年代と一致しない高度な工芸品が見つかる例がある。**『時代錯誤の聖遺物レリクイア』**とでも呼ぶべきか。だが、これはそれらとは次元が違う。過去の遺失物ではなく、未来からこぼれ落ちた『正解』だ」

 竹本は再び丸メガネのブリッジを指で突き上げ、計算尺スライドをサオリの目の前でカチリと音を立てて静止させた。その動きは、まるで抜刀術のような鋭さだった。

「……工藤、といったか。工藤君。あんたは『名義』という紙切れの嘘に怯えているが、俺はこの物体の放つ『物理的な正解』に戦慄している」

 竹本は、サオリが胸元に隠そうとするiPhoneのチタン製のエッジから目を離さない。彼を突き動かしているのは、機能への理解ではない。真空管すら入らぬ厚み、歪みのない鏡面、そして指先に伝わる高周波の微細な振動への、狂気的なまでの「学術的興味」だった。

「お嬢さん。……その板を、俺に調査させてくれ。いや、今すぐ解体させろ」

 竹本の声は、もはや懇願を通り越し、獲物を前にした執刀医のそれだった。再び、ガクガクと震える指でズレたメガネのブリッジを突き上げる。

「この薄さ、この剛性……内部で一体何が起きているのか、俺がすべて暴いてやる。この焼け跡の泥の中で、唯一『真理』を宿しているのは、あんたの持っているその板だけだ。……俺の指が、そう言っているんだ」

 サオリは、竹本の気圧されるような執着に圧倒され、ただiPhoneを強く握りしめることしかできなかった。


 暴力で地主を気取るヤクザ。その嘘に絶望する戦時中の男。そして、オーパーツに魅せられた狂人。

 朝日が昇る銀座の瓦礫の上で、三人の利害はどこまでも噛み合わないまま、最悪の協力関係が始まろうとしていた。


「さあ、いこう。……工藤君。あんたのシマがどうなろうと知ったことではないが、この『物体』を安全な場所で検分するためなら、俺の知恵を貸してやってもいい」

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