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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第2章 iPhoneで銀座を落とせ ―焦土のシステムハック編ー

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陥穽

翌朝、四丁目の焼け跡には、刺すような冷たい春の霧が立ち込めていた。祠の前、七輪の残火を囲んでいた民衆の間に、昨日と同じ重い革靴の音が響く。戻ってきたのは、舎弟頭の金子一人だった。

「……オジキからの伝言だ」

 金子はサオリの前に立つと、無造作に懐から一通の念書を放り投げた。

「築地のあの泥地……お前らの持ってきた一等地の権利書は、正式にウチで受理した。その代わり、この四丁目の祠界隈……お前の言う『焼ける呪いの土地』の管理は、好きにしろ。ウチはもう、ここには指一本触れねぇ」

「やった!」

 傍らでハナが弾んだ声を上げた。周囲の民衆からも、堰を切ったような安堵の溜息が漏れる。だが、サオリは手渡された念書の文面を確認しながら、喉の奥で静かに笑いを噛み殺していた。

(……悪いわね。地権者でもなかったヤクザ相手に、築地の権利書をぶつけて、この四丁目の『未来』を合法的に買い取らせるなんて。ここが二〇二五年にどうなるかを知っている身としては、少しだけ気が引けるけれど……ふふ、あとの祭りね)

 サオリの視界には、iPhoneが示す鮮烈なAR(拡張現実)が重なっている。今、金子が泥靴で踏みつけているこの瓦礫の山は、将来、世界中のブランドが数千億を投じて競い合う、世界で最も輝く場所へと変貌するのだ。

 彼女は声を漏らさず、だが腰のあたりで小さく、力強く拳を握りしめた。一九四五年の東京に生きる者には理解できぬ、彼女なりの、そして現代人としての静かなガッツポーズだった。

 金子は、サオリの瞳の奥にある「底知れない計算」の光を敏感に嗅ぎ取った。

「……瑞穂屋のアマよ。あんた、ただの善人じゃねえな。その『欲』の深さ、嫌いじゃねえよ。……金子だ。金子三郎。名前ぐらいは覚えとけ。あんたの撒いたエサが、本当に金に化けるのか……築地の泥の中から見物させてもらうぜ」

 金子が不敵に笑い、背を向けて去っていくと、サオリはすぐさま周囲の旦那衆を呼び寄せた。

「皆さん、聞いてください。ここは瑞穂屋が責任を持って守り抜きます。たとえ五月に火の海になろうとも、決してこの場所を、皆さんの誇りを手放さないで。戦後、ここには今の私たちが想像もできないような、素晴らしい価値が生まれるんです。一緒に、この銀座を盛り上げていきましょう!」

 熱を帯びたサオリの言葉に、旦那衆たちが力強く頷く。彼らはもはや「祠を守る」ためだけでなく、「銀座の再興」という大きな旗印の下で結束する、強固なネットワークへと変質していた。

 朝日が昇り、焼け跡をオレンジ色に染め上げる。サオリはiPhoneの電源を切り、満足げに銀座の空を仰いだ。ハナもまた、その横で屈託のない笑顔を見せている。

 三人は連れ立って、四丁目の祠を後にした。

 道すがら、工藤はサオリから手渡された念書を、歩きながら何度も読み返していた。金子の前では一瞬の違和感を覚えただけだったが、朝の光の下で精査するうちに、その「違和感」は明確な「戦慄」へと変貌していった。

 一行ずつ、一文字ずつ、指でなぞる。そして、ある箇所で工藤の足が止まった。

「……これか」

 喉の奥で、乾いた音が鳴った。

 それは一見すれば、単なる書き損じ、あるいは当時の拙い商慣習による曖昧な表現にしか見えない。

 しかし、複雑な法理学と実務を知る工藤の眼識は、そこに潜む致命的な「瑕疵」を見逃さなかった。

 秘密裏に、そしてあまりにも狡猾に仕込まれたその一文は、**サオリが権利書を手放した事実を逆手に取り、**彼女が手に入れたはずの「銀座」の拠点を、ともすれば法的に根こそぎ奪い去るための毒針だった。

 金子の背後に、さらに巨大な、そして自分たちと同じく「未来の力」を歪んだ形で振るう影が蠢いている。正式な契約を交わす前にこれを見落とした己の不覚と、サオリが最高の「勝利」と信じた希望を足蹴にするその悪意。

 前を歩くハナの純粋な足取りが、サオリの誇らしげな背中が、一瞬で遠のく。

 工藤の指先が、怒りで白く強張った。

 視界が真っ赤に染まり、抑え込んできた理性が、瓦礫の街で一瞬にして焼き切れる。

「……ふざけやがって」

 工藤の低い、地這うような声が漏れた。

 握りしめられた念書が、無残に歪み、くしゃりと音を立てる。

 サオリを守るためではない。自分たちを、そしてこの街の未来を「詐術」で買い叩こうとした巨悪に対し、工藤の魂はかつてないほどの熱量で、静かに、激しく燃え上がっていた。




第二章 -完-

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