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第7話② 俺の仲間を侮辱するな

 木々のざわめきは遠のき、崖に押し寄せる波の音が耳に届いてきた。

 石造りの古びた灯台から男たちが数人、ちょうど出てくるところだった。カツたちは足を止め、少し離れた茂みから彼らの様子を伺った。

 かすかに聞こえてくる会話から、あのパーティーが今しがた討伐を終えたばかりなのだとわかった。


「戦闘を見物して、攻略法でもわかればラッキーって思ってたけど……ちょうど終わっちゃったみたいだな」


 カツは苦笑しながらこっそり呟いた。


「……じゃあもう、早く町に戻ろうぜ」


 バッシュが小声でカツを急かす。そわそわと落ち着きのない様子に、カツは違和感を覚えた。どうしたのか訊ねようと口を開きかけた、その時だった。


「はあ? 回復これで終わりかよ!」


 突然、周囲に響き渡る怒鳴り声。カツたちは思わず声の主に目を向けた。

 ツリ目の男が苛立った様子で、パーティーのひとりに詰め寄っている。


「すみません。魔力が尽きたので、回復魔法が使えません」


 無表情で淡々と返答する男に、ツリ目の男は勢いよく蹴りかかった。

 カツは息を呑んだ。


「回復しか取り柄ねえクセに、使えねえな。このザコ僧侶!」


 蹴り倒された僧侶の男は、ただ黙ってツリ目の男を見上げていた。

 前髪を後ろに流した男が、気だるげに歩み寄りながら声をかける。


「んなキレんなって、ケイン。たかがNPCだぞ。文句言ってもしゃーねえだろ」

「けどよぉ、クレイブ。高いカネ出してこれじゃ、期待外れもいいトコだろ」


 ケインと呼ばれたツリ目の男は、不服そうに振り返った。


「なんでも使いようってのがあるだろ。なあガルド、こいつの有効活用案、なんかないか?」


 クレイブが僧侶を顎で指し、ひときわガタイの良い男に訊ねる。


「とりあえず、盾にでもすりゃいいんじゃねえの」

「ハハッ、だからお前は脳筋なんだよ。他にもっと使い道ねえのかよ」


 クレイブが可笑しそうに吹き出しながら、起き上がりかけた僧侶型のNPCをつま先で軽く小突いた。

 相手がNPCとはいえ、男たちの理不尽な態度に、カツはじわじわと腹立たしさを感じていた。じっと男たちを睨んでいると、不意に後ろから腕を引かれた。


「……なあ、帰ろうって。もう日が暮れちまう」


 バッシュの手がかすかに震えているのが、手袋越しに伝わってくる。

 こんな時、いつもなら後先考えずにまっすぐ飛び出すはずのバッシュが、今回はやけに消極的だ。先ほどからの落ち着かない態度も、少し気になる。

 今は、バッシュの意向を優先した方がいいのかもしれない。


「おい、お前ら。さっきからジロジロ見やがってよぉ。なんか文句あんのか?」


 男たちの一人、ガルドが大きな図体を揺らしながら、のしのしと近づいてきた。


 ――マズい、逃げそびれた。


 カツは内心ひやりとしながらも、相手を刺激しないよう穏やかな振る舞いに努めた。


「……ああ、悪い。ここのクエストの魔物がどんなヤツか、ちょっと見てみたかっただけなんだ。でもそろそろ暗くなるし、俺たちはもう町に帰るよ」


 少しでも早く、この場から離れた方がいいだろう。

 カツはバッシュとミィナの背中を軽く押しながら歩き出そうとした。相手の返事を待つつもりはなかった。


「あ? お前、バッシュじゃねえか」


 ガルドに呼びかけられ、バッシュの肩が大きく揺れる。


「へえ、マジかよ。影薄すぎて全然気づかなかったぜ」


 ガルドの背中越しに、意地の悪そうな声が飛んできた。いつの間にか仲間の男たちもそばまで来ていたようだ。

 ツリ目の男、ケインが嘲笑混じりに言葉を続ける。


「よぉ、元気でお荷物やってるかぁ? 役立たずクン」

「おいおい、やめといてやれって。わざわざ拾ってくれた物好きさんに失礼だろ?」


 クレイブはケインを咎めるふりをしながら、楽しそうに口の端を歪めた。バッシュは唇を噛み締め、ただ黙って俯いている。

 その姿を見ているうちに、カツの中で何かがぷつりと切れた。


「いい加減にしろよ、お前ら」


 気づけば勝手に口が動いていた。カツは男たちに向き直り、強く睨みつける。


「あぁ? なんか言ったか、オッサン」


 ガルドが愉快そうに笑いながらこちらを見ている。

 カツは一瞬「しまった」と我に返るも、このまま引き下がるのは自分の心が許さなかった。


「……俺の仲間を侮辱するな」


 精一杯、唸るように声を低く絞り出した。

 自分でもその声が震えているのがわかった。心臓の音がどんどん速くなっていく。


「侮辱ぅ?」


 わずかな沈黙の後、男たちが一斉に吹き出した。


「俺は事実を言っただけだぜ。ゴミスキル持ちの足手まといなんだからよ」


 ケインがバッシュを顎でしゃくる。


「ゴミを捨てるのは、当たり前だよなぁ?」

「おいおい、そんなに言っちゃ可哀想だろ。お仲間さん同士、一生懸命がんばってんだろうに」


 ゲラゲラと下品な笑い声が響く。カツの奥歯がギシリと音を立てた。


「……バッシュさんは、明るくて優しくて、強い人です。そんなこと言われる筋合いはありません!」


 ミィナが声を張り上げ、カツの隣に並び立つ。カツは思わず目を見張った。


「よせ、ミィナ。オレはいいから……」


 引き留めようと手を伸ばすバッシュをよそに、彼女の目はまっすぐ男たちを見据えている。


「なんだ、ナメてんのかぁ?」


 ケインが足を一歩、踏み出した。同時にカツも、ミィナを庇うように前に出る。


「いいねえ、俺たちとやろうってか。遊んでやるよ」


 クレイブが長剣をスラリと引き抜いた。他の二人もそれに合わせるように、それぞれ剣と拳を構える。

 もう戦闘は避けられない。


「……大丈夫か、ミィナさん」


 カツの確認に、ミィナはしっかりと頷いた。


「私、悔しいです。バッシュさんがあんなふうに言われて……」


 杖の先が、かすかに震えている。だが、その目には強い意思が宿っていた。


「同感だ」


 カツが剣を抜いた瞬間、ケインが舌打ちとともに地面を蹴った。


「調子こいてんじゃねえ!」

「っ!」


 カツは剣で攻撃を受け止めた。ミィナは下がりながら、防御上昇の魔法をカツに掛ける。

 ケインの剣を力任せに押し返す。腕力ではこちらが勝っている。カツは素早く斬り返した。

 一瞬、ケインの口元がニヤリと歪んで見えた。


「スキル、リベンジミラー!」

「いっ……!?」


 カツの身体に、斬られたような鋭い痛みが走った。ケインを攻撃した手応えは、確かにあった。だが奴は、何もなかったようにヘラヘラと笑みを浮かべるだけだった。

 ミィナが慌てて回復魔法を唱える。

 今のは、なんだ?

 カツはいったん間合いを取り、剣を構え直した。


「カツさん、右です!」


 声と同時、視界の端に影がかかる。

 巨体の男、ガルドが拳を大きく振り上げていた。握り込まれたナックルは夕日を反射し、光がギラリと目を刺した。


「くそっ!」


 咄嗟に剣を横薙ぎに振り払う。


「アイアンウォール!」


 ガルドは防御姿勢すら取らず、カツの剣をまともに受けた。直後、そのまま拳を勢いよく振り下ろす。鉄の拳が肩に食い込み、カツは地面に叩きつけられた。

 目の前の大男は、掠り傷ひとつついていない。


(二人とも、こっちの攻撃が通らない。どうすりゃいいんだ……っ!)


 ミィナが駆け寄り、手をかざす。回復魔法の光に包まれながら、カツはよろよろと立ち上がった。


「あーあ、可哀想で見てらんねえな。これじゃオヤジ狩りだ」


 ケインたちの背後で、クレイブが髪を後ろに撫でつけながらあざ笑う。その隣には、僧侶型のNPCが人形のように無表情で待機している。

 静かに吹きつける潮風が、カツの頬にねっとりと纏わりついた。

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