第7話③ 俺の仲間を侮辱するな
バッシュは短剣を手にしたまま、足が地面に縫いつけられたように動けずにいた。
相手の手の内は知っている。
男たちの使うスキルも、この後どんなふうに痛めつけられるかも、嫌というほどわかっていた。
カツに伝えなければ。
そう思うのに、喉がひどく乾いて、うまく声が出ない。
――オレも、前に出なきゃいけないのに。なんで動けないんだ。
バッシュの肩が小刻みに上下していた。
カツは体勢を整えながら、荒く息を吐いた。
今のは、奴らのチートスキルか。恐らくはダメージの反射と、攻撃の無効化。まともにやり合っても勝ち目はない。
だがスキルの仕様上、何らかの制約は絶対にあるはずだ。それさえわかれば――
カツはちらりと後方を見やる。バッシュが青ざめた顔で立ち尽くしていた。あの連中に萎縮しているのが見て取れる。
(今は俺がどうにかするしかない……)
「どうした、降参かぁ?」
「土下座しろよ、土下座」
ケインとガルドは攻撃するでもなく、下卑た笑みを浮かべて挑発した。完全に遊ばれている。
カツは二人の背後に目を向けた。ひとり悠々と楽しそうに眺めている、軽薄な男――確かクレイブと言ったか。言動から察するに、あいつがリーダー格だろう。
「……ミィナさんはバッシュのそばに」
小声でミィナに耳打ちする。
手前の二人、このまま正面突破は難しい。ならば。
(まずは頭を叩く!)
カツは二人の間を走り抜け、クレイブに向けて剣を振り下ろした。
クレイブは、それを待っていたかのように口元を吊り上げた。
「おっと」
軽く身をひねり、NPCの腕をグイと引き寄せカツの目の前に差し出した。
「なっ!?」
振り下ろした腕を止められぬまま、カツの剣はNPCの身体を切り裂いた。
NPCは悲鳴すら上げず、静かに光の粒となって消え去った。
波の音が、やけに大きく響いた。
「あー、やっぱこれしか使い道なかったな」
クレイブが肩をすくめて笑う。
「なんだ、やられたら消えちまうのかよ。カネがもったいねぇ」
「あいつらに弁償させりゃいいだろ。代わりはいくらでも作れるんだしよ」
ケインとガルドも、愉快そうにカツたちを見回した。
バッシュの心臓が、ドクンと跳ねた。
――お前の代わりなんて、いくらでもいるんだぞ!
かつて、毎日のように浴びせられた言葉だった。脳裏の奥に沈んでいた記憶が、不意に浮かび上がる。
*
投げつけられた紙束が、バサバサと目の前で舞い散った。
『……すみません』
声を絞り出すのがやっとだった。
『石橋、またやらかしたのか』
後ろでヒソヒソと聞こえるのは、同僚たちの囁き声。
『さっさとこのゴミを片付けろ、役立たずが』
上司は書類を踏みにじりながら、隣を通り過ぎていった。
*
短剣を握る手に、自然と力がこもる。
「なんなら、そこの女僧侶でももらってくか。その方が手っ取り早い」
クレイブがさも当然のように言い放ち、ミィナを指差した。
「へへ、そりゃいいな」
ガルドが嬉しそうに顔を歪めながら、のそりとミィナに手を伸ばす。
「ミィナさ――!」
カツの振り向きざまに、影が横を素早く通り抜けた。
「ぐおっ!?」
瞬間、ガルドがうめき声を上げる。バッシュの短剣が、その腕を突き刺していた。
「勝手なこと言うんじゃねえ」
バッシュの声は低く、震えていた。怒りと、わずかばかりの恐怖。
バッシュは短剣を引き抜き、その勢いのままガルドの腹を蹴り飛ばした。
「……てめぇ、ザコの分際で!」
後ずさりながらガルドが吠える。
「こりゃお仕置きが必要だな」
クレイブが両手で剣を構えた。
「カツ。クレイブのスキルは一分間、全ステータス二倍だ。そのあと弱体化する」
バッシュはカツの横に並び、静かに告げる。
「……!」
全ステータス二倍。
そのスキル効果には覚えがあった。最初の戦闘で、ミィナを助ける際に使ったものだ。
(それって、もしかして)
カツの頭に、ひとつの可能性が浮かび上がった。
他人のチートスキルも、再現できるのか!
「ハッ、知ったところでお前らに勝ち目はねえよ」
クレイブが一歩、踏み込んだ。
来る。カツは剣を構えた。
「ガルド、ケイン!」
クレイブが指示を飛ばす。ケインが横合いからバッシュに斬りかかる。
「アイアンウォール!」
ガルドがカツの眼前に立ちはだかった。岩のようにどっしりとカツを待ち構えている。
「そいつ、スキル発動中は動けねえ!」
バッシュはケインの攻撃を防ぎながら咄嗟に伝えた。
「じゃあ無視だな!」
「はっ? おい!」
カツはガルドを避けて回り込み、クレイブへ向けて走り出す。ガルドは身体を硬直させたまま、カツを目で追うことしかできなかった。
「スキル、ブーストラッシュ!」
クレイブの身体が赤く光る。カツより先に、クレイブが剣を振る。
(速い!)
耳をつんざく金属音。咄嗟に剣で受け止めたが、勢いよく跳ね除けられてしまう。腕にジンと痺れが走った。一撃が重い。
まともに食らったら、まずい。
「おらおらぁ!!」
クレイブの猛攻に、カツは防戦を強いられた。
そんな中、背後からケインの怒鳴り声が聞こえてきた。
「ゴミが楯突いてんじゃねえよ!」
ケインの斬撃をバッシュが短剣で防ぐ。ミィナが割って入り、杖先をケインの脇腹に叩き込む。
「効かねぇよ、このザコが!」
「きゃ……っ!」
ケインは力任せに剣を振り、二人まとめて薙ぎ払った。
バッシュとミィナは後退して間合いを取りながら小声を交わす。
「バッシュさん、あの人のスキルは……」
「ダメージ反射、クールタイムは三分間だ」
「なら、私が崩します」
ミィナが杖を強く握り直した。
「……平気か?」
「はい、耐えられます」
ミィナは真っ直ぐ前を見据えたまま、力強く頷いた。
「わかった。頼むぞ、ミィナ」
バッシュはケインに向かって勢いよく飛び出した。
「スキル発動! 一撃必殺っ!」
バッシュの身体を眩い光が纏う。
「バカが! スキル、リベンジミラー!」
ケインもスキルを叫びながらバッシュを迎え撃つ。
バッシュは真正面から突っ込むように見せかけ、ケインの手前でひらりと横に逸れた。
「へっ、ビビったかぁ!?」
ケインがバッシュを追おうと振り向いた瞬間。
「たあっ!」
ミィナは覚悟したように、ケインの背へ杖を打ちつけた。痛みがミィナに跳ね返る。ミィナの身体が淡く光り、オートヒールが作動した。
「は?」
ケインは一瞬なにが起きたのか、理解が追いつかなかった。
「くらえ!」
すかさずバッシュがスキルを纏った一撃を叩き込む。ケインの身体は勢いよく後方に吹き飛ばされた。
スキルの反動で、全身が軋む。バッシュは力が抜けたように、地面に膝を突いた。ミィナが素早く杖を構えてバッシュの前に立つ。
「クソが、毒まであんのかよ……っ!」
辛うじて残ったケインのHPが、短剣の毒でじわじわと削られていく。ケインは慌てて近くの茂みに逃げ込んだ。
バッシュは震える足を堪えながら、茂みの奥を睨みつけた。
◇ ◇ ◇
クレイブの剣をなんとか受け流しながら、カツは必死で策を練っていた。
(奴のスキルが切れると同時に、俺も二倍の効果を使えば……けど、それまで保つのか?)
カツはちらりと横目を向ける。視界の端に、ケインと戦うバッシュとミィナが見えた。
「バカが! スキル、リベンジミラー!」
耳に飛び込んできた、ケインの大声。
ああそうか、これだ。
「余所見してんじゃねえぞ」
一瞬の隙を突いて、クレイブの剣が容赦なく振り下ろされる。
カツは決死の覚悟で両手を広げ、がむしゃらに叫んだ。
「スキル、なんでもできる! リベンジミラーの効果を使用!」
クレイブの剣が、カツの胴体をなぞる。
痛みは――ない。
「あがぁっ!?」
同時に、クレイブの身体に剣筋が走る。攻撃が見事に跳ね返ったようだ。
クレイブは仰け反りながら尻もちをついた。息も絶え絶えの様子で傷口を押さえている。その顔からは、余裕の笑みはすっかり消えていた。
カツが一歩、前に踏み出した。クレイブは焦ったように片手を掲げる。
「オーケー、わかった。……欲しいのはカネか、それとも手下か?」
クレイブはその場にへたり込んだまま、ヘラリと笑う。
カツは無言でクレイブの長剣を拾い上げた。クレイブの喉がひくりと鳴る。
カツが剣先を向けると、その顔が大きく引きつった。
「ま、まあ、聞けって。手下ならガルドはどうだ? あいつは盾にちょうどい……」
言葉を遮るように、カツは剣を勢いよく振り下ろす。土を穿つ音とともに、クレイブの股の間に剣がまっすぐ突き立てられた。
「ひっ……!」
恐怖に歪んだクレイブの顔が、刃に映り込む。
「二度と俺たちの前に出てくるな」
ひと言そう告げ、カツは踵を返した。バッシュたちの方も、ちょうど決着がついていた。
「……行こう」
カツは二人に声をかけると、バッシュをおぶって歩き出した。ミィナもカツの隣について歩く。
バッシュはカツの背に揺られながら、ちらりと後ろを振り返った。
「もっと頭使え、このウスノロ!」
クレイブがガルドに蹴りを入れる。ずっと発動したままだったスキルが消え、ガルドの硬直はようやく解けた。
「俺のせいかよ!? クレイブがさっさとスキル使わねえのが悪いんだろ!」
「おい、それより誰か毒消し! マジでヤベェんだって!」
茂みの中からケインが叫ぶ。
「知るか! テメェでなんとかしろ!」
クレイブが怒号を飛ばした。
バッシュは静かに目を閉じる。揺れが心地よい。ミィナの静かな足音も聞こえてくる。
「……あいつらが、オレを追放してくれて良かったって……今では、そう思うよ」
ぽつりと小さくバッシュが呟いた。照れくささを隠すように、カツのマントに顔を埋める。
カツとミィナは互いに顔を見合わせ、黙ったまま微笑みを交わした。
日の落ちかけた薄暗い空に、一番星がきらりと瞬いた。




