Case.82 捕虜交換
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──Case.82 捕虜交換
それからラグナヴァルトは最終的にファルコンを引き渡すことを約束した。
やつの引き渡しは熊本港の埠頭で行われることに。
この件は石川大尉たち憲兵にも通達せず、俺たちだけで行っている。
もし、憲兵が動けば誘拐犯がメアリーを殺す恐れがあった。
それにファルコンが憲兵に拘束されるのも、交渉上まずいことになる。
そして相手側も流石は諜報機関なだけあって、憲兵隊の動きを把握している。
故にこの件は絶対に静かに処理しなければならないのだ。
静かに、静かにと。
俺たちは先に熊本港に来て、ファルコンを連れてくる地獄側とメアリーを連れてくる誘拐犯を待っていた。
両者を仲介する条件で、ラグナヴァルトはファルコンの解放を約束したのだ。
俺たちが待つ中、まず地獄側の車両が熊本港に入った。
「こいつがファルコンだ」
地獄通商代表部側の悪魔であるリザードマンがSUVの後部座席から麻袋を頭部に被せられた男を引きずり出す。
結束バンドで後ろ手に縛られた男は辛うじて立っているが、それで精一杯という様子だ。
「相当、痛めつけたみたいだな?」
「口が堅かったんでな。暴力と女夢魔の魅了で吐かせた」
リザードマンはそう言い、覆面を取る。
すると、腫れた顔をしたアジア系の男がぼんやりと俺の方を見てきた。
「よかったな。お前は解放される」
「あ、ああ……」
虚ろな表情のままに頷くファルコン。
あまりに激しい暴力にさらされたせいか、まだ回復しきっていないらしい。
「わはは。何というかファルコンというよりチキンだな」
「そういうなよ、カリギュラ。誰だってカッコいい暗号名には憧れるんだ」
「まさかお前もそうなのか?」
「俺の軍隊時代の暗号名聞いたらびっくりするぜ」
「へえ! 興味ある!」
カリギュラは何やら興味を示したようだが、それより先にお客さんが来た。
「来たぞ。誘拐犯の船だ」
港に近づいてきた貨物船には五星紅旗が掲げられている。
どうやらもう隠す気もないらしい。
船はゆっくりと埠頭に停泊し、そこからふたりの男と目隠しされたひとりの女性が降りてくる。
女性の方は間違いなくメアリーだ。
「先にファルコンを渡してもらう」
若干の中国語訛りがある発音でそういう誘拐犯の男。
別の男は銃口をメアリーの頭部に向けている。
「分かった。異論はない」
俺はそう言い、ファルコンの腕をぐいっと掴み、誘拐犯に差し出した。
ファルコンは途中からは自分で歩いて進み、誘拐犯の元へ。
男たちはファルコンの顔を確認し、本人だと確かめたようだ。
「さあ、メアリーを返してもらおう」
「分かった。そいつを引き渡せ」
俺が要求すると誘拐犯はメアリーを俺たちの方に投げるようにして引き渡した。
やつらはファルコンを連れて、慌ただしく貨物船へと戻っていく。
「メアリー。もう大丈夫だ」
「ああ! 怖かった!」
「……と言いたいところなんだが、少し伏せていろ」
誘拐犯が戻った貨物船。
そちらから不意に銃声が響く。
「どうやらお前のお友達は早速動き出したようだな、阿賀野」
「ああ。あとは連中の仕事だぜ」
俺たちは軽トラの影に伏せて、貨物船の方を見る。
そこでは事前に熊本港の海底に潜んでいたダイバースーツ姿のフロッグマンたちが船上に乗り込み、船を占領し始めていた。
MP7短機関銃で武装しやフロッグマンたちは、高度に訓練された動きで素早く船上と船内に進む。
誘拐犯たちも流石に海底からの待ち伏せは予想外だったらしく、誘拐犯たちはほぼ無抵抗で制圧されていった。
それは完全な奇襲だった。
憲兵はフロッグマンなんて有していないから当然と言えば当然。
じゃあ、どこからあいつらは湧いたのか?
「クリア!」
「クリア!」
それから貨物船は完全に制圧されたようだ。
そこでゆっくりと1台のSUVが熊本港に入った。
そのSUVに今回の作戦をお膳立てした人間が乗っている。
「よう、阿賀野大尉。お前にお国のためって気持ちが残っていてよかったよ」
「鮫浦元中佐。別に国のためってわけじゃない」
そう、俺が頼ったのは鮫浦だ。
以前の仕事で鮫浦が未だに情報軍の非正規作戦に従事していることは知っていた。
ついでに言えばやつのSNSのアカウントも知っていた。
そこで俺は鮫浦に連絡を取り、事情を説明した。
スパイの情報は鮫浦から情報軍に伝わり、中国のスパイ拘束を目的に情報軍の特殊作戦部隊がこうして現場に展開したのだ。
恐らくはこれがラグナヴァルトが望んでいたシナリオだ。
ラグナヴァルトは俺が元情報軍の軍人であることを気にしていたし、その俺が鮫浦に連絡したのを見せたからファルコンの提供にも同意したのだ。
これは地獄と日本の合同情報作戦、とでもいうべきものだな。
「そうか? その割には国のためになったぞ。やつらの口からどんな情報が出るのか。今から楽しみにしている連中が大勢いる」
「はんっ。どうせお前も国なんてどうでもいいんだろう? 俺たちは稼ぎがよければそれでいい。違うか?」
「俺はまだ愛国心ってやつを持っているがね」
だから、こうして情報軍に連絡したと鮫浦は涼しい顔をして言う。
「どうだかね」
俺は鮫浦は情報軍と何かしらの取引をしたと見ている。
俺たちには言えないような取引──たとえば免責の延長とかを。
「まあ、俺はお前に頼まれたことはやったからな」
「ああ。助かったよ、鮫浦」
「貸しひとつだぞ、大尉?」
「馬鹿言うなよ。前にコンテナターミナルでお前の頭をぶち抜かなかったことで貸し借りはなしだ」
「ははっ! マジで酷い男だな、お前」
鮫浦はそう言って笑い、熊本港を去った。
「事件は解決! 報酬貰って飯でも食おうぜ、阿賀野!」
それからカリギュラが貨物船での騒動が収まったのを見ると俺にそう言う。
「まだだ、カリギュラ。捕まっていない連中がいる」
「誰だよ?」
「忘れたのか?」
俺は呆れたようにカリギュラに告げる。
「サンドマン。誘拐を実行した連中がまだ捕まっていない」
そう、またしても捕まったのは依頼主だけなのだ。
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