Case.76 ばったりエンカウント
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──Case.76 ばったりエンカウント
それからエリザベスたちはバーに入った。
悪魔向けのバーで、客は悪魔ばかり。
バーテンダーもバフォメットだ。
「ここで少し飲んだら、次はディナーにしましょう」
バーのVIP向けテーブル席に座り、そう言うエリザベス。
テーブルには専属のバーテンダーが付いているという贅沢さだ。
「遊ぶ気満々だな……」
「今日はSNS映えのする写真がいっぱい撮れるぞ~!」
俺はそのあまりに浮かれた様子に呆れていたが、カリギュラの方はスマートフォンを手に嬉々としている。呑気なのは身内もか。
それからエリザベスたちはあれこれとカクテルを注文する。
俺とカリギュラはノンアルコールのドリンクを手に、テーブルに近づこうとする人間を見張る。
所属の分からない悪魔であふれたこのバーでは、いつ襲われてもおかしくない。
「阿賀野様~」
と、ここでエリザベスが俺の方に寄って来る。
「少しだけ席を外しません?」
「……何のために?」
「お話があるの。ふたりきりで……」
色っぽい雰囲気を出してそう言うエリザベス。
しかし、俺からするとトラブルの予感しかしない。
「はあ。少しだけだぞ」
俺はカリギュラに周囲の警戒を任せ、エリザベスと席を外す。
VIP席を離れ、トイレに続く暗い廊下でエリザベスが俺を前に頬を紅潮させた。
「阿賀野様。私はやはりあなたに恋に落ちてしまったようなの……」
「そうかい。だが、俺はあいにく悪魔相手に恋愛するつもりはない」
「そう言わないで……。その考えが変わるかも……」
それから怪しくその赤い瞳を輝かせるエリザベスが何をしようとしているかに俺は気づいた。
「魅了なら効かないぞ。その手の精神攻撃に対する訓練は受けている」
魅了──。
吸血鬼や女夢魔などの悪魔が使う精神攻撃だ。
条件が揃うと人間は悪魔のいいなりになってしまうのだが、俺のように特殊作戦部隊にいて、地獄戦争に従軍した人間は抵抗する手段を持っている。
一種の精神医学的な思考の制御で、魅了による精神の揺らぎに対して自分の意志を強く持つことを俺たちは訓練されていた。
「あら。流石は阿賀野様。そういうところも男らしい」
悪戯がばれたような顔をしてエリザベスは笑う。
「もっとあなたに惚れ込んでしまうわ……」
「だから、俺は……」
俺はそこである人物を目にした。
正確にはある悪魔だ。
それは黒い肌に角をはやしたオーガ──黒獄である。
やつは俺たちの方に向かってくる。
「エリザベス。下がれ」
俺はそう言い、腰のホルスターに手を伸ばす。
黒獄もホルスターに拳銃を差しているのを見たからだ。
俺はやつが拳銃を抜いて、俺たちに向けてくることに備えた。
「……あれ? あんたは!?」
しかし、おかしなことに黒獄は遅れて俺たちに気づいたようだ。
「昨日の決闘を邪魔したおっさん! それに……エリザベス?」
俺の背からエリザベスが僅かに顔を出すと黒獄が驚いていた。
どうも演技ではなさそうだ。
ここで待ち伏せていたわけではないとすると、この遭遇は偶然か……?
「エリザベス! ここに来ているなら声をかけてくれればよかったのに。俺たちはまだ、その、友人だろう? 恋人ではないけれど、友達ではいようって言ったじゃないか」
「え、ええ。そうね、黒獄……」
おやあ? どうにも妙な感じだぞ。
黒獄の方は明らかに敵意がない。
俺は敵意や殺意にはそれなり以上に敏感だと自負しているが、黒獄からはそういうものが感じられない。
「黒獄。お前はエリザベスを脅迫していると聞いたが?」
俺はそこで黒獄に直接そう尋ねてみる。
「なんだって!? だ、誰がそんなことを言ったんだ! 俺がエリザベスを脅すはずがないだろ! 友達だぞ! 今日の昼にだって元気にしてるかって電話したぐらいだ!」
「ほう」
俺はその黒獄のリアクションに嘘がないのを感じ取った。
それに昼に着信があったとき、エリザベスは何かを隠すような反応を見せていた。
それから俺はエリザベスの方を見る。
「スマートフォン、貸せ」
「え、えーっと……」
「ス・マ・ホを寄越せ」
「……はい」
エリザベスにそう促し、俺はやつからスマートフォンを半ば奪うように受け取ると、問題の脅迫メッセージを黒獄に見せる。
「これはお前が送ったんじゃないのか?」
「……いや。それは俺のアカウントじゃない。俺のアカウントはこれだから」
そう言って黒獄は自分のSNSアカウントを示す。
脅迫メッセージが送られてきたアカウントとは異なるアカウントだ。
「おい、エリザベス。どういうことだ?」
「これには、その、理由があって……」
「理由~?」
俺はぎろりとエリザベスを睨む。
黒獄の方もどういうことかとエリザベスを見つめる。
「ごめんなさい! 実は誰にも脅されていないの……」
「はああああ……」
エリザベスの言葉に俺は盛大に溜め息。
「目的はなんだ? まさかとは思うが……」
「それはもちろん阿賀野様とデートがしたくて……」
「はああああ……」
二度目の盛大な溜め息。もう溜め息しか出ない。
「じゃあ、残り6日間俺は誰からお前を守ればいいんだ?」
「それは……さっきみたいな悪漢から?」
「それは本気で言っているのか?」
俺はエリザベスを問い詰める。
俺たちはずっと犯罪組織による報復に備えてきた。
しかし、それは完全な杞憂と発覚した。
そして、街のチンピラ相手に俺とカリギュラでは過剰戦力だ。
「まあ、契約上は1週間という約束だ。残り6日も面倒は見よう。ただし──」
俺はエリザベスを見下ろす。
「報酬はしっかりと弾んでもらうからな?」
「は、はい!」
そんなわけで俺たちは何の脅威もない護衛の仕事を続けることになったのだった。
やれやれだ。
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