Case.75 嵐の前の静寂か、あるいはただの静寂か
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──Case.75 嵐の前の静寂か、あるいはただの静寂か
それから暫くしてカリギュラとエリザベスが戻って来た。
「誰からだったんだ? 脅迫の電話ではなかったか?」
「い、いえ。脅迫の電話ではないわ。大丈夫よ」
俺が確認するとエリザベスはあいまいに笑ってそう返す。
「ならいいんだが……」
そう言いながら俺はカリギュラの方に視線を向ける。
カリギュラも通話の内容までは聞こえなかったのか、首を横に振る。
「トラブルになりそうな情報があれば提供してくれよ」
「も、もちろん!」
どうにも視線が泳いでいて怪しいが、今のところ本人が何も言わないのでは俺たちにはどうしようもない。
それから俺たちは食事を終えて、レストランを出る。
「次の予定は?」
「友達と遊びに行くの。一緒に来てちょうだい!」
「……なあ、それは命を狙われているかもしれない中でどうしてもやらなければいけないことなのか?」
「そ、そうよ。どうしてもなの!」
何というか脅迫されている割には危機感が欠如しているよな。
何か裏がありそうな感じがしてきた。
考えられるのは黒獄が報復したいのは、エリザベスではなく俺たちである可能性。
そして、エリザベスは黒獄に報復をさせるために、俺たちをキルゾーンに誘い込もうとしているということ。
全くあり得ないことではないと思うが、被害妄想が過ぎるだろうか?
「カリギュラ。どう思う?」
俺はそこでカリギュラに尋ねた。
「SNS映えのする写真がたくさん撮れて満足だ!」
「そうじゃなくて、今回の仕事についてだ。脅迫されているわりには、エリザベスは落ち着きすぎてないか?」
「……確かに。言われてみるとそうだな」
俺の指摘を受けてカリギュラが鼻を鳴らす。
「お前とデートしたいだけなんじゃないか? 護衛ということにして」
「それぐらいの陰謀なら、まあ可愛げもあるんだがな」
けらけらと笑うカリギュラだが、俺の方はまだ疑念が晴れずにいた。
「阿賀野様? 行きましょう?」
「ああ」
それから再びSUVに乗り込み、俺たちはエリザベスの友達と合流する。
待ち合わせ場所は熊本城ゲート付近の、かつて市役所があった場所だ。
「エリザベス!」
「メアリー! ロザリア! 久しぶり!」
そこにいたのはエリザベスと同じようなゴシックファッションの女吸血鬼がふたり。
優雅に日傘を差して、笑顔でエリザベスを出迎える。
金髪の巻き毛の方がメアリーで、赤毛をウェーブさせた方がロザリアだな。
「そちらの殿方と悪魔は?」
「こちらは阿賀野篤様。私の彼氏なの!」
メアリーと呼ばれた女吸血鬼が尋ねるとエリザベスは笑顔でそう言う。
「……おい。俺はただの護衛だ」
そんなエリザベスを俺はじろりと睨む。
「そう、彼は私をエスコートしてくれているのよ」
「まあ、素敵ね!」
俺が否定するもきゃいきゃいとはしゃぐ吸血鬼3人組。
俺は溜め息を吐きつつも周囲を見張る。
地獄のゲートが近いだけあって、ここら辺は悪魔が多い。
どこからどう狙われてもおかしくない。
しかし、エリザベスに怯えた様子は見られず、友達と呑気に談笑している。
「エリザベス。お喋りするなら屋内の安全な場所で頼む」
「分かったわ。行きましょう、ふたりとも。案内するわ」
それからエリザベスの案内で俺たちは近くにある喫茶店に入った。
俺とカリギュラは入り口を見張れる席に座り、エリザベスたちは奥の席へ。
エリザベスはこっちに来てそこそこ長いらしく、お茶の席でメアリーとロザリアにこの熊本のことをいろいろと紹介していた。
「ねえねえ。エリザベスはどこで阿賀野様と知り合ったの?」
「昨日、私を巡って男性たちが勇ましく争っていた場に彼は現れたのよ。そして、ふたりの男を一瞬で屠り、私の心を奪っていったの!」
「ロマンチック~!」
どこがどうロマンチックなのか分からん。
吸血鬼の感性ではロマンチックというわけなのだろうか?
「しかも、彼は噂の竜殺しなの」
こそりとエリザベスがそう言うのが聞こえた。
「え! あ、あのカリギュラ様を殺したっていう伝説の人間……?」
「竜殺しの呪いを受けて、悪魔の血に飢えているっていう……?」
メアリーとロザリアがそう言って驚く。
おい。どういう噂が流れてるんだ?
人を無差別殺人鬼扱いとは。
「そう、間違いないわ。軍人として暗殺作戦に従事していたって言っていたし、彼は凄く男らしいもの!」
「相変わらず危険な殿方が好きなのね、エリザベスは」
はしゃぐエリザベスにメアリーたちはちょっと呆れた様子だ。
「えへへ。そうなの。やっぱり平凡な男性より危険な男性の方が、いろいろと盛り上がるでしょう?」
エリザベスたち吸血鬼3人組はそれから姦しく恋愛談義に花を咲かせて、喫茶店で2時間ほど過ごした。
「それじゃあ、次はお勧めのバーに行きましょう」
「ええ」
おいおい。脅迫を受けているってのに夜遊びまでするつもりなのか?
「エリザベス。あまり夜遅くまで遊ぶのは勧めないぞ」
「大丈夫よ。阿賀野様が付いているもの!」
「はあ」
しかし、俺も気が緩みそうになるくらい何も起きていない。
脅迫メッセージがさらに届く様子もなければ、嫌がらせの類もない。
これは嵐の前の静寂なのか、それとも本当に何もないのか。
「おうおう。おっさん、可愛い子連れてるじゃん」
……と、思っていた矢先に赤い肌に角を生やした大柄なオーガの男2名が、俺たちに絡んできた。
「お嬢ちゃんたち。そんなダサいおっさんより俺たちと遊ぼうぜ~」
「俺たちの方がこの街の楽しい場所をいろいろと知ってるからさ」
そう言ってエリザベスたちに手を伸ばそうとするチンピラオーガたち。
さて、ようやく俺たちがお仕事する場面だ。
「退いてろ、チンピラ。痛い目見たくなかったなら」
「んだと? 舐めてんのか、おっさん?」
「お前こそ舐めてるのか? 俺はまだおっさんって歳じゃねえ」
「黙りやがれ、クソジジイ!」
そこでオーガが拳を俺に向けて振るう。
俺はその拳を掴み、引っ張って相手の姿勢を崩す。
体格は相手の方がデカいが、どうやら相手は図体だけらしい。
あっさりと体幹が崩れた男の腹に俺はパンチを一撃。
「げぼぼっ!」
オーガは今日の食事を吐き出し、地面に倒れる。
「てめえ! 舐めやがって!」
もうひとりのオーガはナイフを抜き、俺に向けて突き出してくる。
分かりやすいその攻撃を受けてやる義理はない。
俺はナイフをいなすと足払いを仕掛け、オーガは前のめりに倒れた。
そのまま俺はナイフをオーガの手から蹴り飛ばし、その腕を捻り上げる。
「いてててっ! や、やめろ!」
「お前、黒獄に雇われたのか?」
「く、黒獄? 誰だよ、それ!?」
「ゲヘナ・ファミリーのボスの息子だ。そいつに雇われたのか、それとも別の誰かに依頼されて俺たちに絡んできたのか?」
「違う! 誰にも雇われてなんてない! 俺はただ可愛い子がいるなと思って!」
「はあ。そうか……」
どうやらこいつらは無関係らしい。
「友達を連れて失せろ」
「ひいっ!」
オーガは気絶している連れを連れて、逃げていく。
「流石だわ、阿賀野様!」
「凄い、流石は竜殺し!」
エリザベスたちはきゃっきゃっとはしゃいでいる。
子供向けのヒーローショーじゃないんだが。
しかし、本当に黒獄はエリザベスに報復する気があるのだろうか?
今のところ、そういう動きは見られないが……。
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