Case.74 お高いレストランと竜殺しの話
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──Case.74 お高いレストランと竜殺しの話
それから昼まで俺たちはエリザベスの買い物の護衛を行い、やつはあれこれとか服やらアクセサリーやらを買い漁った。
なんというか……本当に金持ちらしい。
どんな商品も特に値札を見ることなく買っているのだから。
俺たちにはとてもじゃないが、真似できないぜ。
「さて、お昼にしましょう、阿賀野様!」
「ああ」
俺たちも生き物である以上、食事は必要だ。
しかし、ふと思った。
「お前、吸血鬼だろう? どういう飯食うんだ?」
そうである。
吸血鬼が飯食っているのを、俺は一度も見たことがないのだ。
地獄戦争の最中も連中が血を吸っているのは見たことがあるが、人間基準で食事と呼べるものをしていたのは見たことがない。
「普通に食事はするわよ? 昨日はペペロンチーノのニンニク抜きを食べたし」
「やっぱりニンニクはダメなのか?」
「吸血鬼としてダメってわけじゃなくて、個人的に苦手なだけ。臭いがちょっと……」
「それが分かればいい。毒物で暗殺を試みる場合もあるからな」
たいていの悪魔には毒なんて通用しないものだが、吸血鬼は地球の伝承だとあれこれダメなものが多くて俺は気を揉んでいたのだ。
日光が少し苦手程度なのは、地獄戦争の際によく知っているが。
「お昼はいいお店を予約してあるの!」
「ふむ」
そう言われて俺たちがエリザベスについていったのは、この前カリギュラが入りたがったおひとり様2万5000円のお高いイタリアンレストランだ。
「わー! ここ、俺様知ってるぞ!」
「うへえ。お高い店じゃねえか」
カリギュラが声を上げ、俺はエリザベスの方を見る。
「大丈夫。私の奢りだから」
「ごちになるぞー!」
依頼主に飯を奢ってもらうのは珍しいことだった。
まして、こんな俺たちの稼ぎじゃ入れないような高い店ならなおさら。
カリギュラは大喜びだが、俺の方はどうにも腑に落ちない感じだ。
「お天気がいいのでテラスの席にしましょう!」
「ダメだ。テラスは狙撃される可能性がある。店の奥の席がいい」
「え、えーっと。黒獄もいきなり撃ってはこないと思うのだけれど……」
「リスクは低く見るべきじゃない。起こり得ることは必ず起こるというだろう」
エリザベスがそう言うが、俺は護衛をやっている以上はこいつの安全に責任がある。
だが、それでもエリザベス不満そうだったので俺は続ける。
「本当ならセーフハウスに閉じこもるところなんだ。犯罪組織の連中ってのはしつこいし、メンツにこだわる。報復はどのような形で行われても不思議じゃない」
「分かったわ。あなたにエスコートを任せたのだから、一任するわ」
「理解してもらえて助かる」
「では、行きましょう、阿賀野様」
エリザベスはそう言って俺に手を差し出してくる。
握れってことか? と思いカリギュラに視線を向けるとやつはけたけた笑っていた。
……こいつ、他人事だと思いやがって。
「分かった、分かった。こうすればいいんだろう」
俺はエリザベスの手を引き、店内へ入る。
エリザベスは満足げだが、俺の方は落ち着かない。
こんな高い店で食事することも、吸血鬼のお嬢様の手を引くのも、どれも慣れていないのだからしょうがないだろう。
ただ店の中を見た限り、武装しているのは警備に雇われている民間軍事会社の人間だけで客は非武装だ。
というか、客は上流階級の連中だな……。
実に優雅な雰囲気である。
「いらっしゃいませ」
俺たちが入店するとすぐさま給仕がやってきた。
「予約していたエリザベスですわ」
「これはエリザベス様、ようこそ。お席にご案内いたします」
そこで俺は空いているテーブルを見渡す。
店の奥の、窓から離れた席がひとつ空いている。
「できればあそこにしてくれ」
「え? は、はい。畏まりました……」
俺は給仕にそう指示し、彼は俺たちをそのテーブルに案内した。
「では、ランチのコースを。それからお勧めのワインの赤を。阿賀野様は飲み物は?」
エリザベスは優雅に注文をし、俺にそう尋ねる。
「俺は水だけでいい。仕事中だ」
「俺様は高いワインが飲みたい!」
「ダメ。お前も仕事中だろ」
「ぶーっ!」
カリギュラも今は仕事中だ。酔っ払っている場合じゃない。
それからすぐに前菜のお洒落な感じの料理と赤ワインが運ばれてきて、エリザベスはワイングラスを傾けてそれを味わっていた。
カリギュラはSNSに上げるための写真をぱしゃぱしゃ撮っている。
「それにしても──」
エリザベスが俺の方に熱っぽい視線を向けてくる。
「本当に男らしいわ、阿賀野様。男性フェロモンがむんむんとしてるわ……」
「……ちゃんと風呂には入っているんだが……」
俺は遠回しに汗臭いと言われているのかと思ってちょっと体臭を気にする。
ちゃんと毎日着替えて、風呂に入ってと几帳面にやっているつもりなのだが。
「そうではなく。男性らしさが溢れていると言いたいの。一種の、そう、マチズモが感じられるの……」
「まあ、軍隊にいたからな。あそこには一種のマチズモがあるのは否定しない」
軍隊というか、特殊作戦部隊は未だに一種の男社会の空気があるのは否定しない。
俺がいた部隊も野郎ばかりだったし、採用が男に偏っているのは事実だ。
「やっぱり軍隊にいたのね。軍人さんってどの方も素敵だもの」
嬉しそうにそう言うエリザベス。
「地獄戦争には従軍されたのよね? どんな活躍を?」
「……俺の活躍は地獄の連中にとって不快なことだと思うが」
「言ったでしょう。私は危険な男が好きになるって……」
日本の軍人であった俺は、当然ながら地獄の連中を山ほど殺している。
カリギュラを暗殺作戦に従事する以前にも、俺たちは悪魔を殺してきた。
「俺の他人に言える活躍はカリギュラ暗殺作戦に従事したこと。それだけだ」
俺は思い出す。
戦友たちと工兵用の梱包爆薬を運び、パンツァーファウスト3対戦車ロケットを抱え、まさに熊本城に陣取ったカリギュラに挑んだときのことを。
まずは無数の対戦車ロケット弾を浴びせてやつの注意を引き、仕掛けた梱包爆薬で待ち伏せし、トドメに俺がカリギュラの心臓に向けて対戦車ロケットを至近距離で浴びせたのだ。
あのとき起きた爆発は熊本城に生じていたゲートを拡大させるに至った。
それは今も地獄と熊本を繋ぐ巨大なゲートとして残っている。
「……つまり、あなたが噂の人間の竜殺し……?」
「さて、それはどうだか。俺は暗殺作戦に従事したと言ったが、実際にやつを殺したとは言っていないぞ」
事実、俺と壮絶な戦いを繰り広げたものの、カリギュラはすぐそこでパスタを食ってるし。
「素敵! 素敵だわ! ああ、まさに危険な男なのね、阿賀野様……!」
そこでエリザベスのスマホが鳴り始めた。着信だ。
「あ。ちょ、ちょっと外すわね」
その着信画面を見てエリザベスはわたわたと席を外してトイレに向かった。
「カリギュラ、エリザベスから目を離すな。それと──」
「何だ?」
「俺、そんなに男臭いか? 体臭的にも、態度的にも」
男臭いのは普通嫌われるものなので、俺はすんすんと自分のシャツを臭った。
「お前から女の臭いだけはしないとしか言えんな。わはは!」
カリギュラはそう言って笑い、エリザベスを追って女子トイレに向かった。
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