Case.72 男女関係のトラブル
……………………
──Case.72 男女関係のトラブル
扉の外にいるエリザベス。
俺はそれを前にして──そっと扉を閉じた。
「あーっ! 待って待って、阿賀野様! 閉めないで!」
「カリギュラ! 塩持ってこい、塩!」
扉をこじ開けようとするエリザベスに抵抗しつつ、俺はカリギュラにそう叫ぶ。
カリギュラは俺の叫びに何事かと思って、アニメを止めて扉の方を見るとエリザベスと目が合った。
「わははは! 惚れた女が追いかけてくるとは情熱的だな!」
「言ってる場合か!」
大笑いするカリギュラに俺はそう突っ込み、扉を強引に閉じた。
「阿賀野様! 開けてくださいーっ!」
「うるさい! 憲兵を呼ぶぞ!」
ドンドンと扉を叩くエリザベスに向けて俺はそう怒鳴り返す。
憲兵を呼んでも来てくれるとは限らないけれど、脅しにはなるだろう。
「お仕事! お仕事を依頼したいの!」
そこでエリザベスがそう叫ぶ。
そこで俺がカリギュラに視線を向けると、やつは肩を竦めていた。
俺は深々と溜め息を吐くと、事務所の扉を再び開いた。
「一応、話を聞こう」
俺はそう言い、中に入るように顎で指した。
「えへへ。失礼します」
それからそそくさとエリザベスは事務所内へ。
俺は無言でエリザベスにソファーを勧め、カリギュラは自分からテレビを消した。
「さて、そもそもどうして俺たちの事務所が分かった?」
俺はまずそう尋ねる。
こいつに名刺の類は渡していなかったはずだ。
となると、あのあとでオルガン辺りから話を聞いたのか?
いや。でも、オルガンにも名刺は渡してないしな。
「阿賀野様が便利屋を営んでおられることはオルガンさんから聞いたわ。で、SNSで熊本の便利屋を調べたら、このアカウントがヒットして」
そう言って俺たちにカリギュラの開設したSNSのアカウントを見せるエリザベス。
「ほら、ここのビールのジョッキに阿賀野様の顔が反射しているでしょう? これで間違いなくこのアカウントが阿賀野様のやっている便利屋のものだと確信したの」
写真が拡大され、鮮明化され、俺の顔が僅かに写ったジョッキの写真となる。
こいつ、地味に怖いな……。
もうマジもののストーカーじゃん。
「カリギュラ。今度からSNSに上げる写真はもっと慎重に選べ」
「分かった、分かった」
俺が言うとカリギュラは実に適当に頷いて返した。
反省した様子はないので、またやらかしそうだが……。
「それで、仕事と言うのは?」
「護衛をお願いしたいの」
「護衛?」
意外な言葉に俺たちは首を傾げる。
「ええ。この前、ご覧になったように私を巡ってふたりの男性が勇ましく争ったのだけど、私はより魅力的な男性を見つけてしまったの」
そう言って熱っぽい視線を送ってくるエリザベス。やめろ。
「しかし、そのことにふたりは不満な様子なの。特に黒獄は私とよりを戻そうとあれこれメッセージを送ってきていて……」
「はあ」
「けど、私にはもう心に決めた男性がいるからとばっさり断ったのだけど、そうしたら彼からこんなメッセージが……」
エリザベスは再び俺たちにスマートフォンの画像を見せる。
「『許さないぞ、このあばずれ!』と。言いたいことがよく分かるメッセージだな」
「そうなの。黒獄が乱暴な手段で私に報復するんじゃないかって怖くて、怖くて」
「付き合う前からやつがゲヘナ・ファミリーのボスの息子だってことは知ってたよな? そういう危険な人間と軽率に付き合うからこうなるんだぞ。自業自得ってやつだ」
「私、危険な人間じゃないと興奮できないんですもの!」
うふふとそう言って笑うエリザベス。
「はあ。じゃあ、黒獄の報復から守ってやれば、それでいいのか?」
「ええ。けど、彼はちょっとしつこいかもしれないから、できれば長期的な護衛をお願いしたいわ」
「長期的ってどれくらい?」
「う~ん。200年くらい?」
「はい。帰った、帰った。カリギュラ、やっぱり塩を持ってこい」
200年も頭がドピンクの吸血鬼の護衛なんぞしてられるか。論外だ。
そもそも人間は200年も生きられないし。
「ま、待って! なら1週間! 1週間でいいから!」
「200年からえらく短くなったな。けど、そもそも支払い能力はあるんだろうな? こっちも1週間も拘束される仕事なら、それ相応の報酬をもらわなきゃならん」
「もちろん。うちの実家は裕福だから、いくらでも出すわ」
「へえ。本当かよ」
「とりあえず前金の70万円がここにあるわ」
そう言ってさっと札束の詰まった封筒を差し出すエリザベスに俺は不審に思いながらも、その中身を確認する。
「確かに70万円だ。偽札でもなさそうだが……」
「受けようぜ、阿賀野。どうせ仕事ないだろ?」
「ううむ」
前金だけで1日10万円の仕事になる。
これはかなり儲かる部類の仕事だ。
だが、この女を護衛するという仕事、本当に護衛だけで終わるのだろうか……?
「……分かった。1週間の間、護衛を引き受けよう」
「ありがとう、阿賀野様!」
疑問はあれど結局は金に目が眩んだ。
「護衛だからな。それ以上でもそれ以下でもないぞ?」
「分かっているわ!」
喜びに満面の笑みを浮かべるエリザベス。
本当に分かっているのだろうか……。
……………………




