Case.40 便利屋の休日
今日の更新はこれにて終了です。応援よろしくお願いします。
……………………
──Case.40 便利屋の休日
「阿賀野~! まだ着かないのか~! もう俺様、山は見飽きたぜ~!」
「うるさいな。まだだよ。黒川温泉は山の中にあるんだからな」
俺たちを乗せたレンタカーは両脇に緑色の草原の広がる道路を駆け、熊本の温泉地のひとつ黒川温泉へと向かっていた。
話の発端はカリギュラが行きつけのスーパーマーケットの福引で、温泉旅行を引き当てたことだ。
それによって黒川温泉の温泉宿に1泊2日の旅行が実現したのである。
そういうわけで俺たちは阿蘇方面を抜けて黒川温泉に向かっていた。
熊本から黒川温泉までは本来なら2時間ほどの距離だが、地獄戦争で荒れた熊本だと移動するのは時間が掛かる。
もう俺たちは2時間以上、車を走らせていた。
さらに以前仕事をしたUNE──電力会社が阿蘇のあちこちで工事をしていたせいもあって、俺たちは迂回に迂回を強いられていたのだ。
「そろそろだぞ」
「おおっ! 着いた、着いた!」
黒川温泉は山の中にある。
俺が車を駐車場に止めると、カリギュラは車から飛び出す。
鬱蒼と茂る木々があり、流れる川がある。
見ているだけで実に癒される光景だ。
「ようこそいらっしゃいました、阿賀野様」
俺たちがスーツケースを抱えて、旅館の前に立つとスタッフが俺たちを出迎えた。
そのスタッフは──。
「女夢魔……?」
旅館で俺たちを出迎えたのは、角の生えた褐色の肌をした悪魔。
そう、女夢魔である。
俺たちは思わずぎょっとする。
「ご安心を。当旅館の従業員です」
俺たちがエントランスで立ち止まっているのを見て、人間の従業員が出てきた。
「あ、ああ。悪魔を雇っているとは驚いた」
「ええ。我々旅館業は今全国的に人手不足で、特に熊本になると一層その傾向が強いですから。彼女たちのような登録悪魔はありがたいんですよ」
「確かにな……」
旅館業は地獄戦争に関係なく人手不足であり、前々から外国人労働者などに頼り始めていた。
そんな中で熊本の旅館業は地獄から溢れる悪魔の労働力に頼った。
女夢魔であったとしても、登録悪魔ならば真っ当に働いて収入を得て生活している悪魔だっている。
偏見を持つのはよくないことだ。
「ささっ、どうぞ中へ。お部屋までご案内します」
女夢魔に招かれて俺たちは旅館の中に。
通された部屋はなかなかに立派なものであり、俺たちは荷物を降ろした。
「さあ、温泉旅館に来たら温泉に入らないとな」
「おーっ!」
意気揚々と声を上げるカリギュラだが、俺はちょっと不安になった。
「……お前、温泉の入り方は知っているよな?」
「風呂はいつも入ってるだろ。入り方を知らんことはない」
「温泉はだな。みんなで入る場所だ。まず──」
俺はかけ湯をすることや体を洗う際のマナー、タオルを湯船に入れないなどなどの解説をとくとくとカリギュラに対して行った。
やつは最初はなるほどなと聞いていたが、徐々に面倒くさそうな顔をし始めた。
「なんだそれは。もっと自由には入れるものじゃないのか。俺様たちは客だぞ!」
「ダメ。ここは公共の場みたいなものだからな」
「ぶーっ!」
カリギュラは不満そうだが、こいつは女湯なので俺は監督できない。
こいつが問題を起こさないのを祈るのみだ。
「本当に問題を起こすなよ? 俺も今日はゆっくりしたいんだからな」
「はいはい」
カリギュラは俺の言葉にそう軽く返し、俺たちはそれぞれ男湯と女湯へ。
今はシーズンオフのためか客はそう多くなく、俺は脱衣所で全裸になるとまずは内湯へと向かう。
内湯は少し薄暗く、その薄暗さがいい雰囲気だった。
「ふう……。安らぐ……」
俺はかけ湯をして汚れを落としてから湯船に浸かる。
ちょっと熱めのお湯が身体をほぐしてくれるのが伝わってきた。
「はあ……。ここ最近、いろいろとあったからな……」
女夢魔に連れ去られた若者を救助したり、色恋営業に騙されたワーライオンを助けたり、迷い猫を探して猫又やケットシーに出くわしたり……。
それでいてそこまで儲かっていないのが辛い……。
「まあ、今日ぐらいは仕事のことは考えずにのんびりしよう。どうせ今回の旅行はほぼ無料だしな」
俺は内湯で十分温まると露天風呂に出た。
そこで大自然に抱かれた景色を満喫しながら、俺はゆっくりと安らいだのだった。
* * * *
「お疲れさまでしたー」
「ああ。お疲れさまだ!」
風呂上がりで食事の時間。
俺たちは生ビールのジョッキで乾杯し、ぐびぐびとビールを飲み干す。
「ぷはっ! 風呂上がりのビールは格別だな!」
「ああ。疲れが吹き飛んじまうよ」
俺たちがそう言葉を交わしている間に料理が運ばれてくる。
その料理を運んできた旅館のスタッフも人間ではなく、女夢魔であった。
どうやら結構な人数の女夢魔が雇われているようだ。
「しかし、悪魔のスタッフはいても、悪魔の客は少ないな?」
「まあ、俺様のように温泉に入りたがる悪魔というのはそう多くないからな。大抵は体毛が濡れることを嫌う」
「それもそうか」
ワーライオンやワーウルフ系の獣人系悪魔は濡れることを嫌う。
「それでもリザードマンは風呂に入りにきているようだぞ?」
カリギュラの視線の先には4人組のリザードマンたちが俺たちと同じようにビールで乾杯していた。
リザードマンのような悪魔たちは濡れることを嫌わないのは言うまでもない。
それに彼らは温まることが好きで、冷えることを嫌う。
彼らにとっても温泉はリラックスできる場所というわけだ。
「本当にここは地獄と一緒になったんだって実感するぜ」
「わははは。悪魔にとって暮らしやすい場所になったな」
温泉旅館で女夢魔が給仕をしていて、リザードマンがビールを呷っている。
そして、それを全く不思議に思わない人間たち。
ごくごく当たり前のことのように俺たちは地獄を受け入れていた。
「こういう平和的な侵略なら別に文句はないんだが……」
俺はビールから焼酎に切り替え、ロックのそれをちびちびやりながらそう呟く。
「……お前も気になっているのか? 俺様の後釜を狙っているという悪魔について」
「まあ、全く気にならないわけじゃない。また地獄戦争みたいなことを起こそうっていうやつがいるのは困る」
「そうだな……。俺様もそれはごめんだ」
カリギュラは以前、自分の居場所を奪われたくないと言っていた。
俺はその言葉を信じている。
カリギュラは地獄からの侵攻が再び起きても、それに加担することはないだろう。
「まあ、今日はそういうのは置いておいて、料理と酒と温泉を楽しもうぜ。日頃の苦労をねぎらって、のんびりゆっくりと過ごそう」
「おおーっ!」
それから俺たちは飲んで、食って、そしてまた温泉に入った。
実に充実した休暇だと俺たちは満足。
しかし、阿蘇にいると少しばかり昔を思い出す。
あの地獄からの侵攻は阿蘇から始まったのだ。
……………………




