Case.35 血の味を覚える
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──Case.35 血の味を覚える
俺たちはシグリッドの捜索という依頼を果たしたことを報告するために、グーラのスタジオを訪れた。
「グーラさん。シグリッドは無事に家に帰りましたよ」
「おおっ! それはよかった!」
俺たちがそう報告すると、グーラは頬の肉を揺らして喜びの笑みを浮かべる。
「彼女、自分が失踪した理由について言っていたかい?」
「ええ。ワーウルフ関係のトラブルに巻き込まれていたそうです」
「ワーウルフ関係のトラブルか。ところで、便利屋さん──」
グーラが俺たちの格好をじっと見つめる。
「なんでそんなに重武装なんだい?」
俺たちはブラッドムーンの集会場を襲撃した直後で、ボディアーマー、チェストリグ、そしてモスバーグM590散弾銃でフル武装したままだった。
「いやね。彼女を救出するのに少し手間取りましてね。ブラッドムーンのアジトに踏み込むことになったんですよ」
「ブラッドムーンに!? 彼らはとても恐ろしい犯罪組織だよ。シグリッドは大丈夫だったのかい?」
「ああ。大丈夫でしたが、酷く怯えていました。彼女はここ最近、この街で起きた殺人事件に関係する人物に狙われていると思っていたようでして」
俺がそう言うのにグーラは驚きの表情を浮かべていた。
だが、それがいかにもな作り物の表情なのに俺は気づいていた。
俺は静かにスリングで吊っていた散弾銃のグリップを握る。
「……へえ。それは大変だったね」
その動きに気づいたのか、グーラの表情から穏やかさが消えた。
「グーラさん。心当たりはありませんか?」
「私に? いいや。何もないよ」
「本当にそうですか? 彼女はこのスタジオから殺人鬼の臭いがすると言っているのですがね」
「……はははっ。そうか、そうか。ワーウルフの鼻はごまかせないね」
グーラの表情が醜い歓喜に歪む。
「最初はね。私もそういうつもりじゃなかったんだ。ただ、私はある日拒食症を患ってしまってね。このグルメカメラマンの仕事で拒食症というのは致命的だって分かるだろう? 食べられない食事を美しくは撮れない」
グーラはそう言って笑いながら語る。
「私は拒食症を治療するためにある薬に手を出したんだ。それがよく効いてね。骨が浮くほどにがりがりだった私の身体は、こんなにも満ち足りたものになった」
「ドラッグが原因か? 錯乱していたと?」
「いいや。私は至って正気だ。ただ食べてみたくなったんだ。人間や他の悪魔を。道ですれ違ったときに、彼らを食べたらどんな味がするだろうって、そう思ってね。彼らの臭いが食欲を刺激したんだ」
本人の言葉とは違って正気じゃない空気になってきた。
俺はカリギュラに合図し、カリギュラも散弾銃のグリップに手を掛ける。
「あれ以来、人間や悪魔の肉と血の味が酷く美味しく感じて、他の食事では満たされなくなった……! とても、とても、とても! いくら食べても満ち足りない! 私の飢えは癒されない!」
半狂乱になって叫び始めるグーラに俺たちは銃口を向けた。
「これが血の味を覚えたってことなんだろうね。ふひひひひっ! だからね! 君たちを食べさせておくれ!」
そう言って俺たちに向けて突進してくるグーラ。
血走った目で、口から涎を垂らし、これまで贅肉だと思われていた肉が隆起して筋肉を形成する。
「カリギュラ! やるぞ! 正当防衛だ!」
「合点!」
俺たちはそんなグーラに向けて12ゲージのスラッグ弾を叩き込もうとするが、やつは自分の肉を盾にしている。
「畜生」
まさに肉壁だ。
リザードマンたちが言っていた9ミリ拳銃弾では豆鉄砲というのは、そういうことか!
「燃えろ!」
カリギュラはそんなグーラに向けて炎を放つがそれでもやつは止まらない。
俺に向けてタックルをかまし、スタジオの壁に突き飛ばすと、散弾銃を右手で押さえた状態で馬乗りになって牙の並ぶ口を近づける。
「一口、一口味わって食べてあげるからね。大人しく食べられてくれ……!」
「ごめん被る!」
俺は腰のホルスターからHK45自動拳銃を抜き、やつの頭に叩き込んだ。
45口径拳銃弾を食らって無事な生き物など──。
「はははっ! そんなので死ぬほど軟じゃないよ!」
グーラは片目が抉られ、脳みそが露出した状態でも笑っていた。
そしてその爪を俺の首に突き立てた。
「阿賀野!」
カリギュラは俺のピンチにグーラに向けて散弾銃を撃ちまくるが、12ゲージのスラッグ弾でも今のグーラのバイタルパートは撃ち抜けない。
「クソッタレ。そんなに食いたいなら、いいもの食わせてやるよ」
「へ……?」
俺が取り出したのは──爆薬だ。
ブリーチングチャージとして使われる軍用の高性能爆薬。
筒状に加工したもので、俺はそれをチェストリグから取り出した。
それに信管を突き刺して、グーラの口に押し込む。
「ジョーズボーイ。味わって食べな」
そして点火。
グーラの頭が完全に弾け飛ぶのが見えた。
花火が炸裂したみたいに血の赤と組織の黒と頭蓋骨の白が花を咲かせる。
だが、俺の方にも衝撃は到達し、鼓膜が破れ、脳みそがシェイクされ、そのまま俺は意識を失った。
* * * *
「事件解決、ご苦労様です、阿賀野さん」
そう言って俺たちとグーラの激戦の痕跡が生々しく残るグーラのスタジオにやってきたのは、憲兵の石川大尉だ。
「お前たち憲兵がもうちょっと仕事していれば、俺たちはこんな目に遭わなくて済んだんだけどな?」
「それについては申し訳ない。報酬はお支払いしますので」
「当たり前だ」
石川大尉が申し訳なさそうに言い、俺たちは当然という顔で頷いた。
「報酬は100万円でどうでしょうか? 経費込みで」
「……分かった。それでいい」
今はまだ脳みそがシェイクされているような気がして冷静に考えられない。
「しかし、ここで見つかったドラッグ。ワーウルフを危険な人食いの悪魔に変えるようなもののようですね」
「本人はそう言っていたな。どうするんだ?」
「製造元を探します。我々憲兵にお任せください」
「そうするよ」
石川大尉はそう言い、俺たちはぼろぼろになった服装でグーラのスタジオを出た。
「さて、カリギュラ。労力のわりに儲かった、とは言いづらいが飯を食おう。俺たちは人肉ではなく、美味しいA5和牛をパーッと食べようぜ」
「おお! 大賛成だ!」
そして俺たちはまたひとつの依頼を達成し、報酬を得た。
しかし、これからはなるべくSNSに顔を出すなとカリギュラには言っておいた。
また人食いの悪魔に目を付けられたらたまらんからな……。
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