Case.25 釣り糸を垂らして
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──Case.25 釣り糸を垂らして
俺たちが踏み込んだ事務所には、かつて煉獄組に所属していたヤクザがいた。
それも全体の半数近くがそういう連中で、残りは新顔の若い連中だ。
「しかし、お前らがまたこうして再結成してるとはな。他の犯罪組織どもに縄張りを食い荒らされて壊滅したものだとばかり思っていたぜ」
「そうだよ! お前らのせいで俺たちはどれほど苦労したか……!」
「知るかよ。あれはお前たちが悪い。ロシアから戦争が起こせそうなほどの武器を持ち込んで蓄えてたんだから、そりゃあもう爆破するしかないだろ」
俺たちが煉獄組の事務所を爆破するに至った経緯は、ある依頼から始まった。
話すと長くなるんで端的に言うと、こいつらは誘拐ビジネスに手を出して、俺たちに人質になった人間の救出依頼が来た。
それで事務所に踏み込んだら、ロシア製の武器がたっぷり。
それこそAK-74アサルトライフルのような銃火器からRPG-29対戦車ロケットのような戦争にしか使いようがないような代物まであった。
で、街の治安を考えた俺たちは事務所ごと武器庫を吹っ飛ばしたってわけだ。
「それより王貴人って悪魔を出せ。そいつに話がある」
「姉さんに何の用事だ……?」
「お前らが新しく扱い始めたお薬について尋ねたいことがあるだけだ」
煉獄組は軍用ドラッグたるオクソールには手を出していなかった。
しかし、この新しく再結成した連中は、オクソールの流通に関与している。
情報を洗って、憲兵に売りつけてやろうと俺は考えている。
「何事だい?」
そこで女の声が響いた。
力強く、低い女の声だ。
その声とともに現れたのは、ブルネットの髪をゆったりと肩に流した女悪魔。
だが、他の何より特徴的なのは、その下半身が蛇のそれになっていることだ。
「ラミアか」
それは悪魔の一種であるラミアの特徴だった。
「貴様が王貴人か?」
「そうとも。あたいが王貴人だ。どうやらあたいに用があるみたいだね? 何なのか聞こうか?」
「オクソールだ」
俺の代わりにカリギュラがそう王貴人に尋ねる。
「あれは地獄でしか製造していないドラッグだ。どうしてそれを貴様らのような地球の犯罪組織が扱っている?」
「それはあたいたちの弛まぬ営業努力のたまものだよ」
「俺様は冗談で聞いているわけではないぞ」
カリギュラがダンッと床を踏むと王貴人の眼前の床から炎が吹き上がり、彼女の前髪を炎が掠めた。
やつの顔に僅かに嫌悪と恐怖の表情が浮かぶ。
「さあ、もう一度尋ねる。どうしてオクソールをお前たちが扱っている?」
「……コネがある。地獄でこういうものを扱っている連中に」
「そいつの名前は?」
「それは……」
王貴人の視線がぶれ、手が震える。
何かに恐怖したような反応だ。
この反応を俺たちは以前にも見ている。
ヘルファイア・カルトがいたラブホテルの廃墟に出現した、女夢魔が示した反応とよく似ているのだ。
「そいつはヘルファイア・カルトと関係しているか?」
俺は横からそう尋ねる。
「……恐らく部分的には」
「そいつはラプラスという名前か?」
「!?」
俺がその名前を口にすると王貴人の表情が驚愕と恐怖に歪んだ。
……ビンゴってところか。
「分かった。名前は言わないでいい。ただし、取引場所を教えろ。それから次の取引のスケジュールも、だ」
「それを教えたらあたいたちは破滅する!」
「教えない場合は、この場で破滅することになるぞ?」
俺はそう言ってかつて煉獄組の構成員だったメンバーを見る。
やつらが俺の言っていることが冗談の類ではないと知っている。
俺とカリギュラが前にやつらと交戦したときには、山ほど死人が出て、建物が吹き飛び、そして煉獄組はばらばらになったのだから。
元煉獄組構成員はそのことを王貴人に視線で伝えていた。
「クソ、畜生。分かった。だが……」
「匿名のタレコミってことにしておいてやる。お前らの名前は出さない」
「……それなら応じられる」
それから王貴人は部下にメモ書きを持ってこさせた。
「明後日の深夜23時に平成中央公園のトイレの前だ」
「ありがとよ。一応お前らもここから夜逃げする準備はしておけよ。報復がないとは確約できないからな」
「クソッ!」
低位悪魔である女夢魔が自白するより自殺することを選び、王貴人のようなそこそこの悪魔でも名前を口にするのを躊躇った悪魔だ。
手広く報復もやっているかもしれない。
「それじゃあな、王貴人。それから煉獄組だった連中も。これ以上、この街でトラブルを起こすなよ」
「わはははっ。次に何かあったらまた事務所を爆破してやるからな?」
俺とカリギュラはそう忠告して王貴人の事務所を出た。
俺たちが出た事務所からは罵詈雑言と地団太を踏む音が聞こえる。
「さて……クレイジー・イワン」
事務所の外ではクレイジー・イワンがへたり込んだままだった。
「こ、これで見逃してくれるんだよね?」
「俺たちは考えてやるとしか言っていない。お前がゾンビを生み出すようなドラッグを売買していたとなると、ここはやはり憲兵に突き出すべきかもな」
「ええっ!? それは話が違う!」
俺の言葉に狼狽えるクレイジー・イワン。
憲兵に突き出されれば登録悪魔としての資格は抹消される。
よくて地獄に強制送還で、最悪の場合は密かに処刑される可能性もある。
「お前はラプラスって悪魔を知っているか?」
そこでカリギュラがクレイジー・イワンに問う。
「い、いや、知らないけれど、そのラプラスがどうかしたのか……?」
どうやらこいつはラプラスにはノータッチのようだ。
口止めもされていないように見える。
「阿賀野。こいつは泳がせておこう。万が一の場合に備えて」
「……そうだな。取引場所に本人が現れるとは限らんし」
声を落としてそう言うカリギュラに俺も頷いた。
まだラプラスが新煉獄組と取引しているとは決まっていないし、仮にそうだとしてもオクソールの取引現場にラプラス本人が現れるとは限らない。
ここは手札を残しておいた方がいいだろう。
「今日のところは見逃してやる。だが、その代わりラプラスって悪魔について情報を手に入れたら知らせろ。それから人間にオクソールの類は絶対に売るなよ。次にお前のドラッグでゾンビになった人間が出たら、憲兵の代わりに俺がその脳天に鉛玉を叩き込んでやるからな?」
「や、約束する!」
「じゃあ、俺の気が変わらないうちに行け」
「は、はい!」
クレイジー・イワンは俺が手首の結束バンドを解いてやると大急ぎで逃げて行った。
「さあて、もしラプラスを捕まえたら軍政局はいくら報酬をくれるかね」
「大金であることは間違いないだろう。やつのせいで10人以上が死んでいるからな」
そう言ってにやりと笑うカリギュラ。
「ああ。楽しみだ」
さあ、釣りの時間だ。
釣り針を垂らして、獲物を釣り上げよう。
大物が釣れるといいのだが。
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