Case.17 白川を揺蕩う
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──Case.17 白川を揺蕩う
「軍政局から魔獣駆除の依頼が来た」
俺はメールボックスに入っていた依頼文を見て、カリギュラにそう告げる。
カリギュラは見ていたドラマから目を離して、俺の方を見た。
「種類は?」
「……スライム」
「ああ、クソ。それは絶対に受けるな。俺様は嫌だからな」
「だが、金がいるだろう。駆除報酬はいいし……」
「駆除報酬がいいと言ってもたったの3万だろ!」
スライム。大変クソッタレな魔獣だ。
汚い・臭い・気持ち悪い・殺すのが面倒の4Kをコンプリートしている誰も愛さない魔獣である。
生息地は主に下水や汚物で汚染された河川。
この時点ですでにうんざりしてくる。
連中の動き自体はのろのろべとべととしたものなのだが、天井にくっついてたり、狭い排水路に隠れたりと探すのが面倒くさい。
またやつらの身体そのものも食っているものが汚物だったりするので、臭いが滅茶苦茶酷い上に、一度引っ付くとべとべとしてなかなか取れない。
さらに獲物の熱源や呼吸に混じる二酸化炭素を検知して襲ってくるので、撒き餌で誘き出すのも難しい。
さらにさらに銃弾のような武器はゲル状の身体にほとんど効果がなく、有効な武器はクソ重たい火炎放射器の類である。
ついでに言えば火炎放射器の燃料の臭いは香ばしいものではない。
この仕事をした後は4、5日は変な臭いがついて取れなくなる。
「待て待て。軍政局は今回はスライム1体につき5万5000円払うそうだ」
「はああああ。まさか本当に受けるつもりなのか?」
「受けないとそろそろ家計がピンチだ」
この事務所も住んでいるアパートも賃貸なので、家賃は常に出ていく。
この前は俺たちが悪魔から家賃を取り立てたが、今度は俺たちが取り立てられる側になりかねない。
「……他の魔獣の駆除依頼はないのか? 欲を言えば他のもっといい仕事とか?」
「今のところは軍政局からの依頼だけ──」
そこでピコンとメールが着信した音がした。
「依頼だ!」
「内容は!?」
俺が叫ぶとカリギュラがだっとソファーから立ち上がって俺の元まで駆けてくる。
「えーっと……」
俺はメールの内容を読んでいく。
「人探しだ。熊本で行方不明になった人間を探してくれとさ。魔獣に殺されているかもしれないからって」
「殺されているかもしれないとは穏やかではないな。どういう人間だ?」
「九州大学の教授で魔獣についての調査を行っている人間らしい。で、この熊本にフィールドワークに来たが、3日前から連絡が取れず。依頼主の大学は、彼が調査中に間違って魔獣に殺されたんじゃないかって恐れている」
捜索の対象は柴田慎太郎という59歳の大学教授。
彼は2週間前から熊本に滞在していたが、3日前に連絡を断つ。
不審に思った大学が軍政局にも捜索を要請したが見つからず、俺たちに依頼が回ってきた。
「ふむふむ。で、報酬は?」
「大学側は70万は出すと言っている」
「よしっ! 受けようぜ! スライムを駆除するよりずっといい!」
「じゃあ、書類を作って契約を交わさないとな」
それから俺たちは大学側と正式に契約を締結し、仕事に掛かった。
大学側からの情報提供を受け、俺たちがまず向かったのは、柴田教授が宿泊していた市内のホテルだ。
「大学教授という肩書きのわりには貧相な部屋に宿泊していたのだな」
「俺たちのアパートの部屋よりずっと立派だろ」
部屋はセミダブルのベッドがひとつあるシングルルームで、ホテルのスタッフに頼んで中に入ったが荒らされた形跡などはない。
机には年季の入ったノートパソコンが放置されているだけ。
「このノートパソコンは憲兵が調べたが、怪しい情報はなし。柴田教授は夜の熊本に興味はなかったみたいだから、そっち関係のトラブルではないだろう」
「女夢魔が狙うにはちょっとばかり歳を取りすぎているしな」
俺たちが熊本で行方不明者と聞いて思い当たるのは女夢魔事件だ。
まだ女夢魔どもに獲物を与えていたラプラスという女悪魔は捕まっていない。
「憲兵はどこまで調べたんだ?」
「このノートパソコンの中身。それからホテルの監視カメラを調べて、ここから半径2、3キロを軍用犬で捜索した。それだけだよ」
「相変わらず雑な仕事だな!」
「そうだな。だから、俺たちに仕事が回ってきたわけだが……」
俺はホテルに柴田教授の着替えや、生活用品がそのまま残っているのを確認した。
着替えの中にフィールドワークで使うような服は残っておらず、恐らくはその格好で外に出て行ったと窺える。
「ここにあるものだけ見るとフィールドワーク中に何かあった可能性が高いな」
大学によれば柴田教授は河川に生息する水生魔獣について調査をしていたらしい。
特に白川の地獄戦争後の変化に注目していたとか。
「うっかり川に落ちて流されたか、あるいは……」
「魔獣に食われた」
俺の推測にカリギュラが愉快そうににやりと笑って続ける。
「おいおい。死体は生きている人間より探すのが面倒なんだぞ」
俺はカリギュラにそう言いながら、ホテルの部屋を出て不安そうなホテルスタッフに部屋のカギを返した。
「さて、白川に向かおう。カリギュラ、いつものように頼むぜ」
「任せておけ!」
俺たちはホテルから南に向かい、白川を目指す。
一級河川・白川──。
それは熊本を流れる名水百選にも選ばれた白川水源を源流のひとつとする川。
しかし、地獄戦争後、そこは悪魔や魔獣が生息する場所になっていた。
俺たちはホテルに近い位置にある泰平橋から白川を見下ろした。
河川敷にはイグアナのように日光浴する登録悪魔のリザードマンたちがおり、川の流れの中には魔獣であるケルピーが獲物を待っている。
「さて、どこから探したものかね」
この白川は阿蘇から流れ、有明海まで流れる。
その長さは74キロ。
手掛かりなしに探していたら一生かかっても終わらない。
「俺はそこの悪魔たちから聞き取りする。カリギュラ、お前は魔獣から情報を聞き取ってくれ」
「合点」
俺は河川敷のリザードマンたちの元に向かい、カリギュラは河川にいる低位魔獣たちと接触した。
さて、本当にまだ死んでないといいんだが……。
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