前髪
水族館を出る。
思ったより長居してしまったと思っていたがまだ明るい時間でちょうどおやつの時間だった。
太陽に照らされて俺の髪がキラキラと光ってる。
眩しいなぁと思いながら前髪で目元を隠す。
「随分と見た目変わったよね。髪も黒じゃなくなってるしピアスも…それ何個空いてるの。」
お!ピアス開けたのに気づいてもらうのなんか久しぶりすぎるぞ。みんな意外と気づいてくれないんだよなぁ。頑張って開けたのに。
右耳が一つ、左耳が軟骨と合わせて四つ開いてるということを伝える…よりも見せた方が早いと思ったので邪魔な髪を後ろで結ぼうとするけどまだ下手くそなのでポニーテールにすら手こずってしまう。
「ごめん、髪後ろで結んでくれない?」
「いいよ、ポニーテール?それともハーフアップとか?」
「あ、ハーフアップがいい!」
髪を人に触られる感覚は久しぶりだった。
これは俺だけかもしれないんだけど人に髪を触られたら眠くなってしまうんだよな。
やばい、ウトウトしてくる。
このままだとおやつの時間に午睡をしてる子どもと一緒になってしまう!と思い俺は話し始めた。
「目と髪の話でもしようかな。」
僕は人と目を合わせるという行為が嫌いでずっと前髪で目を覆う癖があった。
なんでそんな癖があるかっていうのは幼少期の頃に戻るんだけど。
僕の目ってどこまでも黒いんだよね。
ほんと、太陽の下で見ても真っ黒に見える。
どんだけ光が入っていても色は真っ黒。
昔、親に理不尽な理由で怒られている時に心が疲れてしまった僕はただ無表情で親の顔を見てた。
その時、目の色が黒くなって光も宿していなかったんだろうね。
親が僕のことを壊れたものを見る目で見てきて。
「ごめん私が悪かったから。ごめんね。」
なんて言いながら急に謝り出して。
僕はこの目は人前で見せたらダメなんだと思った。
無理やり光を宿して愛嬌のあるように振る舞うというをずっと続けていたけど高校三年生の頃の僕はもう諦めていた。
前髪を伸ばし、この目を誰にも見せないように生きていこうなんて悲観的なことを考えていた。
「あなたの光のない目が好き。」
そう言ったのは彼女だった。
何度も目を逸らそうとするのに、何回も僕の顔の前に自分の顔を持ってきては「目を合わせてよ!」なんて言ってたっけ。
彼女は目を合わせる練習をしようなんて言って僕に「一分間私の目を見つめろ!」って言ったりして、なんだそれ(笑)って僕が呟いて二人で笑ったな。
次第に僕は彼女となら目を合わせることができるようになっていった。
ある日喫茶店で話していた時だったかな。
彼女と話したのを覚えてる。
「前髪…切らないの?」
「似合うかな…変じゃないかな。」
「私はどんな髪型も好きだし、あなたの黒い目が好きだからもっとちゃんと見えるようにして欲しい。」
「黒い目、綺麗なんかじゃないよ。」
彼女は少し微笑んだ後に穏やかな表情のまま言った。
「あなたの目は醜くないよ。」
「なんで僕の目が好きなの?黒いだけだよ。」
「好きな人の目だから。」
俺も好きだよ。心の中でそう思った。
僕は髪を切った。切ったことでくせ毛が目立つようになった。
自分のくせ毛が嫌いだった僕はトボトボとした顔で彼女に会った。
彼女は「やっぱり似合ってる。」なんて言ってたっけ。
「おいで。」
彼女はことある度に僕の頭を撫でた。
「あなたの髪と目は犬みたいだね。髪はフワフワしてて触り心地がいい。目も真っ黒で大型犬を撫でてる気分。」と言われた時、僕はペット扱いされてるのかななんて思考に陥ったけどそんな思考がどうでも良くなるくらい彼女に頭を撫でられるのが好きだった。
撫でられていると眠くなってきて、でもこの時間が終わって欲しくなくて、必死に耐えてた。
「真っ黒な目、前髪の黒を反射してた頃とは比べ物にならないくらい綺麗に光ってるよ。」
僕も彼女の髪と目が好きだった。
目は茶色く希望を宿したような瞳。
何度も彼女と目を合わせていたから今でも鮮明にその目を思い出せる。
髪は黒く、女の子の中では短めなほうなのかな。
でも指を通すと一切の抵抗なく指が上から下へと流れていくような綺麗な髪で、僕はしょっちゅう彼女の髪を眺めては一つ一つの毛を見ていた。
彼女がしんどそうにしてる時、頑張った時。
僕も彼女の頭を撫でた。
彼女がやってくれたやり方で、彼女と同じ力で。
満足そうな顔をする彼女の顔を見て犬っていうより子どもみたいなんて思ったりした。
言ったら怒られるだろうから言わなかったけど。
「もっと撫でて。私も頭撫でられるの好き!」
「はいはい。」
気づいたら僕の方が彼女の頭を撫でるようになってた。
失恋した時、人はなんで髪を切ったり染めたりするんだろう。
素朴な疑問を持っていた時期があった。
心機一転するためなんて意見が世の中には沢山あるけどきっとどれも違う。
きっと皆捨てたいんだと思う。
愛してる人が好きって言ってくれた自分の見た目を。
僕は髪を青く染めた。
黒髪を好きだと言ってくれた彼女の言葉を忘れるため。
でも多分捨てきれてないんだと思う。
青は彼女が好きだと言ってた色の1つだから。
やがて、色が落ちて銀色、金、金と黒が混ざった今の状態に落ち着いた。
金髪に違和感を持たれないようにピアスをいくつも開けた。
心の穴を誤魔化すようにたくさんの穴を開けた。
目に金髪が反射すれば明るい色に見えるかもしれないなんて思って髪を伸ばした。
「前髪の黒を反射していた…」という彼女の言葉を覚えていた。
鏡を見る、目は黒いまま。
気づいてたよ。
あの時、彼女の言葉に対して呟いた僕の言葉を僕は今でも覚えている。
「前髪なんか関係ないよ。君といれるからきっとこの目は…光ってるんだと思う。」
「ごめんね、話したいことが沢山あって少し聞きにくかったと思う。」
「ううん、そんなことないよ。」
「結局、僕は自分の髪と目が好きになれそうない。」
「髪長いの似合ってるよ。色は確かにチャラそうだけど。」
「ありがとね。お世辞でも嬉しいよ。」
今この瞬間の俺はどんな目をしてるんだろう。




