コーヒー
「僕は昔から紅茶が好きだった。」
そんな言葉から俺の話は始まった。
相手は知っているというような顔で俺の発言に頷いてる。当たり前だろう俺は普段から紅茶を沢山飲んでいたし、明確に好きとも言っていた。
飲んでいたと表現したのはもちろん今は飲んでいないからだ。
まあ飲んでいない理由については後で話すとしてまず、紅茶の魅力について語ろう。俺はもう一度口を開いて話し始めた。
紅茶を初めて飲んだのは小学生の頃だった。
当時僕は夜更かしをすることが多かった。夜になると喘息の発作が出てしまい咳が出ることが多かったからだ。
眠れない僕は泣きながらリビングに向かい、そこにはまだ起きている父と母の姿があった。
母は僕の顔を見るなり全てを察したかのように頭を撫でてくれた。
この時の安心感を今でも覚えている。
泣き止んでガラガラの声をした僕の喉を和らげてくれたのが母が作る紅茶だった。
当時まだあまり紅茶の作り方なんかを理解していなかった僕にとってヤカンのピーッという音が紅茶の合図だった。
ティーパックがコップに入れられてそこに母がお湯を注いでいく。ヤカンから出る液体の色は透明なのにコップの中の液体の色は琥珀色。
まるで魔法でも見てるかのような気分だった。
そしてそこに砂糖が注がれる。
これが紅茶には欠かせないものだということを自分で紅茶を初めて淹れた時に知ったっけ。
正直ストレートティーはあまり好んで飲まない。
魔法の粉を入れて味を整えたあと最後は仕上げに牛乳を入れる。
入れない人も多いらしいが僕は断然入れる派だ。
いくつもの魔法を駆使して一つの温かな飲み物が出来上がっていく。
僕はそれを作る母の姿を見るのが好きだった。
どんなに咳が出る夜でも紅茶があれば寝ることができた。
中学生になってからも僕の紅茶好きは変わらなかった。中学生になってからは俺も魔法を使えるようになった。家にいる魔法使いに魔法の使い方を教えてもらったのだ。さらに僕は魔法を使うことだけに飽き足らず魔法の研究を進めるようになった。
新しい素材、新しい淹れ方。
やがで自分だけの最高級の一杯を作ることができるようになっていた。
時には自分のために淹れて、時には魔法を中々使わなくなった魔法使いにも自分の紅茶を振舞ったりした。
僕にとって紅茶は人生を共にしてきた飲み物と言っても過言じゃない。
なんてことを永遠と語り続けていた。すっかりとこの話を聞いている相手のことを忘れていた。
すぐに自分のことを沢山話してしまう、俺の悪い癖のひとつだ。
「ごめん、急にいっぱい話しすぎたよね。」
相手は少し微笑んで
「ううん、ちゃんと聞いてるから。紅茶が好きとは言っていたけどまさかそんな過去があったなんてね。」
俺がお構い無しに話したのを相手は全然怒っていなかった。
なんだろうこの人も実は魔法に興味があるのかな。
もし、この人が魔法に興味があるなんてことを言い出した暁には俺と先輩魔法使い総出で紅茶の淹れ方を教えようかなんて考えてると相手が尋ねてきた。
「じゃあどうして今日はコーヒーを飲んでいるの?」
それはね…とまた俺は話し始めた。
去年の春出会った人がいた。
僕はその時期生きることに疲れ果てていた時期だった。
そんな時にある一人の女の子に出会った。
初めて会ったのになぜだか一緒にいてとても心地よかったのを覚えている。
僕は彼女という人間をもっと知りたいと思った。
彼女も僕のことを知りたいと思っていた。
僕らが恋に落ちるのは早かった。
僕たちは付き合ってから喫茶店に行くことが多かった。
僕というよりも彼女が喫茶店を好きだったのだ。
僕は今まで自分の生活の中に喫茶店という場所がなかったので初めて訪れた時は衝撃を受けた。
まずは値段だ。
飲み物に600円!ここは高級貴族の休憩場所か!
なんて思いながら僕は紅茶を頼み、彼女はコーヒーを頼んだ。
飲み物が運ばれてきて僕は自分が重大なミスをしたということに気づいた。
ストレートティーを頼んでしまったのだ。
うっかり値段の安い方を頼んだらミルクの入っていない紅茶がやってきたのだ。
魔法使いになってこんな失敗をするなんて!と思いしょげた顔で俯いて紅茶を飲んでいると彼女がコーヒーを頼んだ時に付いてくるミルクとシロップを渡してくれた。
「どうせあなたのことだから思ったより紅茶が苦くて拗ねてるんでしょ。」
全部バレてる!僕が魔法使いならこの人は超能力者か?なんてことを考えながら僕は満面の笑みで紅茶を楽しんだ。
一口、二口紅茶を飲んで店内を見渡す。
少し薄暗くも温かな光を放つランプ、カウンターの奥で気だるそうに作業をしてる店主、本を読んでいるお客さん、これが彼女の好きな景色なんだ。
僕が喫茶店を好きになるのには時間がかからなかった。
二人で様々な喫茶店を訪れては僕が紅茶、時にはクリームソーダ、彼女はコーヒー。
そんなお決まりのセットを頼み、僕らは温かな時間を過ごした。
何度喫茶店を訪れてもストレートティーを頼む癖は直らなかった。
もちろん安いからという理由もあるが僕の中で苦い飲み物を飲めるのがかっこいいという子どもじみた考えもあったからだと思う。
ある日1度彼女のコーヒーを1口貰ったことがある。
驚きだった。
こんなもの人間の飲むものじゃない!
コーヒーを作る動作も魔法のように見えるがこれではまるで黒魔術だ!
なんてことを僕が口走ると彼女は子どもを見るような目で僕のことを笑っていた。
そんな時間が好きだった。
魔法がかけられていない紅茶に彼女が最後の仕上げを手伝ってくれるあの時間が好きだった。
僕はもっと紅茶が好きになった。
彼女と別れたあと僕は紅茶を飲まなくなった。
理由は分からない。一番自分のことを理解してるのは自分だなんて言葉が馬鹿みたいに思えてくるほど僕は紅茶を飲む際に原因不明の吐き気に襲われるようになった。
それでも僕は喫茶店を訪れることを辞めなかった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そこに居ると彼女が僕の前にあの日のように座ってくれるんじゃないかと思い。
毎日数百円を無駄にしていた。
そんなある日僕は疲れていたのもあってついうっかりコーヒーを頼んでしまった。
いや、疲れていたなんてのは言い訳かも。僕は確実に自分の意思でコーヒーを頼んだ。
喫茶店に行ったあと彼女とキスをすると、彼女の口からコーヒーの味がした。
黒魔術だなんて言葉でコーヒーの味を罵っていた僕だったがその時にするコーヒーの味は僕が普段飲む紅茶よりも甘く感じた。
僕はもう一度あの味を感じたかったんだ。
あの味を忘れたくなかった。
そして、彼女が好きだった味を僕も知りたかった。
僕も随分と大人になった、きっとコーヒーの美味しさもわかるようになってるはずだ。
届いたコーヒーを見つめる。
少しばかり熱いので僕は少し冷ます。
コーヒーも紅茶も同じ温かい飲み物のはずなのにえらくコーヒーの方が扱い方が難しいように感じた。
少し冷ましすぎたコーヒーを僕は一口飲む。
「やっぱり苦いじゃないか。」
僕はその日彼女と別れてから初めて涙を流した、そしてその日僕は魔法を捨てた。
「まあコーヒーの話はこんなところにしとこうかな。」
俺はコーヒーカップを取り口元に運ぶ。
ここまで真剣に俺のコーヒーについての話を聞いてた相手(ほとんど紅茶の話だったけど)はそんな俺の動作を真剣な表情で見たあと
「どうですか、今日のコーヒーの味は。」と聞いてきた。
俺は少し考えたあと「今日は■■。」と答えた。




