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Fランクおっさん荷物持ち、無自覚ワンパン配信で世界最強に成り上がる  作者: 伊達ジン


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第20話 混沌のパーティ結成

 八王子駅前のカフェテラスは、ちょっとしたパニック状態に陥っていた。


「ほらタナカ、遠慮すんな! アタシの奢りだ、食え食え!」

「ちょっとクロエ、ドクの服に肉の油がついたらどうするの! 野蛮なインファイターはこれだから……ドク、口の周り拭いてあげるわ」

「おじさん、あっちにクレープ屋さんあったよ。甘いものも食べたいよね?」

「おいおっさん、ツナギの最終調整が終わったって言ってんだろ。さっさと工房に来て袖を通しな」


 クロエが突きつける巨大な肉串、ルシアの香水の匂いと差し出されるシルクのハンカチ、アリサラの神出鬼没な囁き、そして美沙の油臭い命令。

 世界最高峰の戦闘力と美貌を誇る四人の女たちが、Fランクの荷物持ちであるドクの周囲に群がり、それぞれの理屈で彼を引っ張り合っている。


「あ、あの、みんな……。順番に聞くから、とりあえず引っ張らないで……」


 ドクは困り果てた顔で、四方向からのプレッシャーに耐えていた。

 無理もない。通常、Sランク三人とAランク一人が至近距離でそれぞれの意志をぶつけ合えば、無意識に漏れ出す『気当て』だけで並の探索者なら泡を吹いて気絶している。実際、カフェの周囲の席にいた一般客や中級探索者たちは、冷や汗を流しながら遠巻きに彼らを取り囲むことしかできていなかった。

 しかしドクは、彼女たちの莫大なエネルギーを『万物収納』で底なし沼のように吸い込みながら、ただ単に「元気な女性たちに囲まれて恥ずかしいし、周囲の視線が痛い」という小市民的な困惑だけを抱いていた。


「皆さん、いい加減にしてください!!」


 その中心に割って入ったのは、すっかり息を切らした瞳だった。彼女は小さな身体でドクを庇うように立ち塞がり、ドンッとテーブルを叩いた。


「ドクさんは明日の朝一で、ギルドの本部に提出する書類の作成があるんです! そもそも、これ以上あちこち連れ回されるのは、マネージャーとして許可しません!」


 瞳の悲痛な叫びに、四人はピタリと動きを止めた。


「……マネージャー?」


 ルシアが怪訝そうに眉をひそめ、ドクの顔を覗き込んだ。


「ドク、あなた特定のパーティに所属してないの?」

「うん。俺、ただのFランクだからさ。今は瞳ちゃんがマネージャーとして日雇いで雇ってくれてるけど、いつまでも若い子のポケットマネーに頼るわけにはいかないだろ? だから、早く安定した仕事を見つけないと、来月の家賃が……」


 ドクの口から出たあまりにも底辺すぎる現実に、クロエが目を丸くした。


「はぁ!? アタシの余波を無傷で消す男が、家賃の心配!? バカ言ってんじゃねえよ、だったらアタシが毎日殴り合いの相手してやるから、一生食わせてやるぜ!」

「クロエ、あなたのサンドバッグの対価じゃ安すぎるわ。ドク、私のカードをあげる。限度額はないから、これでブラジルの好きな土地を買いなさい」

「おじさん、私がどっかの王家の宝物庫から純金のインゴット取ってきてあげよっか?」

「おっさん、ウチの工房の経理任せるから、三食作って一生住み込みな」


 常識外れの提案が次々と飛び交う。


「だーっ! ダメです! どいつもこいつもドクさんを囲い込もうとして!」


 瞳は頭を抱えた。このままでは、ドクという規格外の存在が、各国のトップエクスプローラーたちの個人的な所有物になってしまう。それはマネージャーとして、いや、一人のファンとして絶対に見過ごせない。


「決めました。ギルドに行きます。今すぐ」


 瞳はドクの腕をガシッと掴んだ。


「ドクさんをリーダーとして、私たちが正式なパーティを組みます! そうすれば、ギルドからの指名依頼も受けられるし、ドクさんも家賃の心配をする必要がなくなります!」

「えっ? 俺がリーダー? いやいや、俺ただの荷物持ちだし、瞳ちゃん以外みんなSランクとかAランクのすごい人たちなんだろ? そんなの無理だよ」


 ドクは全力で首を振った。


「私が書類仕事は全部やりますから! 皆さんも、ドクさんのそばにいたいなら、この条件を飲むしかありませんよ。所属パーティを日本支部に移籍する手続き、手伝いますから!」


 瞳の提案に、ルシアたちは顔を見合わせた。


「……まあ、悪くないわね。ドクと同じパーティ名を名乗るのも、夫婦みたいでロマンチックだし」

「アタシはタナカと一緒にダンジョンに潜れればなんでもいいぜ!」

「私も賛成。日本のギルドなら、特定の縄張りもないし動きやすいしね」

「アタシは元々ソロのAランクだから、登録変更だけで済むね」

「よし。じゃあ、善は急げです。行きましょう!」


 瞳の号令で、一行はカフェを出発した。


 ドクは立ち上がると、クロエが屋台で買ってきたらしい巨大な肉の入ったビニール袋や、美沙の特殊合金が詰まった重たい工具箱、ルシアの買い物の紙袋などを、極めて自然な動作でひょいひょいと持ち上げた。


「タナカ、アタシの肉は自分で持つぜ?」

「いいよ。俺、荷物持ちだから。これくらい持ってないと落ち着かないんだ」


 ドクは微笑みながら、総重量数十キロの荷物を軽々と持ち、歩き出した。


★★★★★★★★★★★


 夕暮れの八王子駅前。

 探索者協会の支部へ向かう大通りは、異様な光景に包まれていた。


 Sランクをはじめとする高ランク探索者の女たちが、連れ立って歩いているのだ。彼女たちから無意識に漏れ出すプレッシャーだけで、周囲を歩く中堅探索者たちは息を呑み、モーゼの十戒のごとく自然と道を空けていく。その圧倒的なオーラは、ただ歩いているだけで周囲の空気を震わせ、一般の通行人たちにすら本能的な畏怖を抱かせていた。


 そして、その女たちの中心。

 一番安全な位置に守られるようにして歩いているのは、大量の買い物袋と工具箱を両手に提げた、一人の男。


 端正でワイルドな顔立ち。黒のテーラードジャケットを着こなす大人の色気。

 あの『ワンパンおじさん』だ。

 すれ違う人々は、畏怖と熱狂の入り混じった視線で彼らを見送った。当のドク本人は「今日はやけに道が空いてるな。歩きやすくて助かる」と的外れな感想を抱きながら、のんきに歩幅を合わせていた。


 背後を追従するドローンのカメラが、その歴史的なパレードを静かに捉え、世界中へとリアルタイムで送り届けていた。


 探索者協会・八王子支部の自動ドアが開く。


 夕方の混雑し始めた受付フロアが、彼らが足を踏み入れた瞬間に、水を打ったように静まり返った。

 誰もが、己の目を疑ったのだ。映像の中でしか見たことのない世界の頂点が、なぜ八王子の末端支部に揃い踏みしているのか。


 瞳は周囲の視線を気にも留めず、真っ直ぐに空いている受付カウンターへと向かった。


 そこに座っていたのは、数日前にドクに「死亡による契約解除」を冷たく告げ、過酷な石運びを斡旋した年配の女性職員・佐藤だった。


 佐藤は、瞳の後ろに立つルシアやクロエの顔を見て、目玉がこぼれ落ちそうなほど見開いた。そして、彼女たちの中心でニコニコと愛想笑いを浮かべている男の顔を見て、完全に呼吸を忘れた。


「た、田中……さん?」


 佐藤の声が上ずった。


 数日前、薄汚れたジャージ姿でペコペコと頭を下げていた底辺探索者が。

 今、とんでもなく洗練された服に身を包み、世界のトップランカーたちを引き連れて立っている。


「こんばんは、佐藤さん。この前は仕事の紹介、ありがとうございました。あ、今日はですね」


 ドクが口を開きかけたのを、瞳が手で制した。


「新規のパーティ登録と、海外探索者の所属移籍手続きをお願いします」


 瞳は鞄からタブレットを取り出し、ギルドの申請フォームを転送した。


 佐藤は震える指で端末を操作し、画面に表示されたデータを見た。


【リーダー:田中ドク(Fランク)】

【メンバー:渡部瞳(Dランク)】

【メンバー:ルシア・カルヴァーリョ(Sランク)】

【メンバー:クロエ・ヴァンデレール(Sランク)】

【メンバー:アリサラ(Sランク)】

【メンバー:飯田美沙(Aランク)】


「ひぃっ……!」


 佐藤の口から、悲鳴ともつかない引きつった音が漏れた。

 Fランクが、Sランク三人を率いている。ギルドの歴史上、いかなるシステムのバグでもあり得ない編成だ。


「あ、あの……田中さんが、リーダー? 書類の不備か何かで……」

「不備ではありません。ドクさんがリーダーです。彼以外にこのパーティを束ねられる人間はいませんから」


 瞳が冷徹な声で言い切る。


 後ろでルシアたちが「私が副リーダーね」「アタシだろ」「年功序列でアタシじゃない?」と不穏な火花を散らしているが、瞳は無視した。


 佐藤が滝のような冷や汗を流しながら、必死にキーボードを叩く。


「わ、わかりました。移籍の手続きは本部を通すので少々お時間がかかります。あの、パーティ名は、どうされますか……?」


 パーティ名。

 瞳はしまった、と思った。そこまで考えていなかった。


「ドクさん、パーティ名、どうしましょう。何かカッコいい名前……」


 瞳が振り返ると、ドクはいつの間にか、受付カウンターから少し離れた待合スペースの長椅子に座っていた。

 彼の手元には、買い物袋ではなく、小さな黒い毛玉がある。


 フェンリル・パピーの、コロだ。


 周囲のSランクたちが放つ威圧感や、ギルド内の異様な静寂などどこ吹く風。コロはドクの太ももの間で、完全に仰向けになり、四肢をだらんと投げ出した『へそ天』のポーズで爆睡していた。ピンク色の柔らかなお腹が、規則正しい寝息に合わせて上下している。Aランクモンスターの威厳など微塵もない。


 ドクは、その無防備すぎるコロのお腹を、マメだらけの太い人差し指で『チョイチョイ』と優しくつついていた。


「ふにゃぁ……」


 コロは目を覚ますことなく、情けない声を出して短い前足を空中でバタつかせた。そして、自身の腹をつついているドクの太い指を、両方の前足とピンク色の肉球でギュッと抱え込むようにホールドし、そのまま指に顎を乗せて再びスースーと寝息を立て始めた。


「……ふふっ。お前、本当に無警戒だな」


 ドクは指をホールドされたまま、愛おしそうに目尻を下げて笑った。


 その平和すぎる光景を、ホバリングするドローンのレンズが至近距離から捉え、配信画面のど真ん中に映し出していた。

 殺伐とした受付の空気が、一瞬にしてふわりと弛緩した。


「あ、ごめん瞳ちゃん。パーティ名だっけ」


 ドクは指をコロに抱かれたまま、少し首を傾げて考えた。


「そうだな……俺はただの荷物持ちで、みんなが一緒についてきてくれるだけだから。『荷物持ちと、ゆかいな仲間たち』なんてどうかな。ちょっと長いかな?」


「……ダサっ」


 美沙が思わず本音を漏らす。


「ゆ、ゆかいな仲間たち……私たちが……?」


 ルシアが頬を引きつらせる。


「まあ、タナカがそう呼んでくれるなら、アタシはなんでもいいぜ!」


 クロエだけが豪快に笑い飛ばした。


 瞳は、頭を抱えそうになるのを必死に堪え、佐藤に向き直った。


「……それで、お願いします」


 佐藤は震える手で『荷物持ちとゆかいな仲間たち』と入力し、エンターキーを叩いた。


★★★★★★★★★★★


 この瞬間、D-Tubeの同接数は1200万人を突破し、サーバーが悲鳴を上げていた。

 コメント欄は、言語の壁を越えた阿鼻叫喚と熱狂の渦に飲まれていた。


【おいおいおいおい】

【Sランク3人、Aランク1人が『ゆかいな仲間たち』扱いwww】

【Fランクがリーダーの、世界最強パーティが爆誕したぞ……】

【ネーミングセンスが絶望的におっさんww】

【ギルドの受付嬢、寿命縮んでて草】

【あのメンツ引き連れて歩くワンパンおじさん、完全に覇王の貫禄だったわ】

【からの、コロたんのへそ天チョイチョイですよ】

【指抱っこして寝るコロたん尊すぎる……】

【おじさんの笑顔の破壊力ヤバい。あの顔で指チョイチョイは反則だろ】

【戦闘力過剰の殺戮パーティなのに、癒やし要素が強すぎる】

【日本、いや世界が終わるかと思ったら、ただのほのぼの日常配信だった】


 世界中が、この前代未聞のパーティ結成に沸き立ち、各国のギルド本部が今後の対策会議に追われてパニックに陥っている中。


「なんか、急に大所帯になっちゃったな」


 ドクは、自分の指を抱えて眠るコロの温かい体温を感じながら、のんきに息を吐いた。


「でも、正式なパーティを組めば、ギルドから安定して仕事がもらえるかもしれないし。これなら、瞳ちゃんに無理をさせずに、来月の家賃も払えそうだな。よかったよかった」


 規格外の事態を引き起こしている中心にいる男は、ただ家賃が払えそうだというささやかな喜びに浸りながら、コロの頭をもう片方の手で優しく撫でていた。

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