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Fランクおっさん荷物持ち、無自覚ワンパン配信で世界最強に成り上がる  作者: 伊達ジン


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第14話 職人魂への火付け

「さあ、そこの台の上に立ちな。あと、そのポンチョも脱ぐんだ」


 油と金属の匂いが染み付いた工房の奥。壁一面には、美沙がこれまでに打ち、そして自らの手で試しては壊してきた魔具や武具の残骸が所狭しと並んでいる。無造作に置かれた巨大なハンマーやバーナー、見たこともない特殊合金のインゴットが鈍い光を放っていた。ここは彼女にとっての神聖な領域であり、妥協の一切存在しない戦場だった。

 防音扉で仕切られた無機質な計測室の中で、彼女は首から下げた黒いメジャーを手に取りながら顎で指示した。


「えっ、ここで脱ぐの? 俺、今下着しか着てないんだけど……」


 ドクは背負っていた空のバックパックを床に下ろすと、困ったように頬を掻いた。


「職人相手に恥ずかしがってんじゃないよ。武具ってのはね、着る人間の身体を正確に把握して初めて本来の性能を引き出せるんだ。アンタの身体の筋肉量、骨格の歪み、魔力の伝導率……そういう基礎データが1ミリでも狂えば、本当に良い武具は打てないんだよ。さっさと脱ぎな!」


 美沙が苛立たしげに急かすと、ドクは「はい、すみません」と申し訳なさそうに頭を下げ、頭から被っていた黒いポンチョを素直に脱ぎ捨てた。バサリと厚手の布が床に落ちる。


 薄暗い計測室の無機質なLEDライトが、ドクの身体を照らし出す。


「……ッ」


 美沙は、思わず息を呑んだ。


 ボクサーパンツ一丁になった男の肉体。長年の過酷な労働で鍛え上げられたその身体には無駄な肉が一切なく、しなやかな筋肉が静かに隆起していた。そして何より美沙の目を引いたのは、その完璧な肉体に幾重にも刻まれた、無数の古傷だった。


 刃物による深くえぐれた裂傷、大型魔獣の鋭い爪痕、広範囲にわたる皮膚の引き攣れを伴う火傷の痕。左の脇腹から背中にかけては、巨大な牙で抉られたような痛々しい痕がある。右肩には、高熱の魔法を至近距離で浴びたであろうケロイド状の火傷。

 本来なら、そのうちの一つでも致命傷になりかねないほどのおびただしい傷跡が、彼の歩んできた壮絶な歴史を無言で物語っている。


 武闘家でもある美沙の目には、それがただの怪我の痕ではないことが痛いほどにわかった。どれだけの死線を潜り抜け、どれだけの理不尽な暴力をその身一つで受け止めてきたのか。常人ならとっくに心が折れるか、命を落としているはずのダメージの蓄積。それをすべて乗り越え、この男は今、ただ平然と呼吸をしている。


(なんだよ、この身体……)


 美沙は無意識にごくりと喉を鳴らし、ドクの身体に歩み寄った。


「じゃ、じゃあ測るよ。力抜いてな」


 平静を装いながら、ドクの広い背中に腕を回し、胸囲を測るためにメジャーを這わせる。


 その瞬間、美沙の顔がカッと熱くなった。


 分厚い胸板に直接触れた指先から、途方もない熱量が伝わってきたのだ。それは魔力でも闘気でもない。この男の細胞の一つ一つに圧縮された、途方もない暴力の気配。触れているだけで指先が火傷しそうになるほどのエネルギーが、彼の皮膚の下で静かに、しかし確実に脈打っている。まるで休火山の上に立っているかのような、背筋が凍るほどのプレッシャー。


 しかも、至近距離で嗅ぐ男の肌の匂いが、美沙の心臓を不規則に跳ねさせた。ダンジョンの土埃と微かな汗の匂いに混じる、ひたすらに耐え忍んできた大人の男特有の、落ち着いた色気。


(やばい……硬いのに、驚くほどしなやかだ……。それに、この傷の奥から伝わってくる熱……頭が、クラクラする……)


 男勝りで恋愛とは無縁の人生を送ってきた美沙だが、この圧倒的なポテンシャルを前に、職人としての底知れぬ興奮と、一人の女性としてのときめきが完全に混線してしまっていた。肩幅を測るために触れた腕の筋肉の質感に、思わず指先が震える。


「あの、美沙さん? 顔、赤いけど大丈夫? 部屋、ちょっと暑いかな。エアコンの設定、下げようか?」


 ドクがのんきな声で首を傾げる。


「あ、暑くない! アタシは正常だ! ちょっと黙ってな!」


 美沙は慌ててメジャーを引き絞り、ドクから一歩距離を取った。大きく深呼吸をして、熱を持った頬を両手で叩き、職人の顔をどうにか取り戻す。


「……アンタ、今までどんな装備を着てたんだい?」

「ギルドの支給品のジャージとか、ハローワークの裏にある古着屋で買った安物の作業着とかだけど……。昨日は瞳ちゃんに高い服を買ってもらったんだけど、なんか突然破れちゃって。もったいないことしちゃったよ」

「当たり前だ、馬鹿野郎」


 美沙は呆れたように深いため息をついた。


「アンタの身体から無意識に漏れ出てる出力だけで、普通の布切れは負荷に耐えきれずに風化するんだよ。アンタの身体はな、言うなれば核エンジンを積んだ軽自動車みたいなもんだ。フレームが耐えられるわけないだろ」


 美沙は計測室の隅にあった金属製のロッカーを開け、特殊な魔獣の革で作られた頑丈なツナギを引っ張り出し、ドクに投げ渡した。ずしりと重いそれは、普通の探索者なら着て歩くことすら困難な重量がある。


「とりあえず、これ着てな。アタシの試作品で、飛竜の革とミスリル繊維を編み込んだ特注品だ。並の探索者なら重くて動けなくなる代物だが、アンタなら寝巻き代わりにちょうどいいだろうさ。これならそう簡単には破れないはずだ。……決めたよ、おっさん」


 ツナギに腕を通し、その着心地の良さに目を丸くしているドクを真っ直ぐに見据え、美沙は不敵に笑った。


「アタシが、アンタのフルパワーを100パーセント引き出せる、世界最高の武具を打ってやる。今日からアタシが、アンタの専属エンジニアだ」

「専属って……。でも俺、こんな立派な服や、そんな高い装備を買うお金、持ってないよ? いつも日給数千円だし……」

「金なんていらない。アタシが打ちたいから打つんだ。アンタみたいな規格外のバケモノの武具を打てるのは、世界中探してもアタシだけだからな」


 ドクが困ったように眉を下げていると、バンッと激しい音を立てて計測室の防音扉が開き、瞳とルシアが転がり込んできた。


「お金なら心配しないでください! ドクさんの装備代はすべて、マネージャーである私が経費で落としますから!」

「ちょっと美沙! 抜け駆けして二人きりにならないでよ! 私もドクの採寸、至近距離で見たかったのに!」

「アンタらがいると気が散るって言っただろうが!」


 騒がしくなった計測室の空気に、ドクはどうしていいかわからず、ただ一人で愛想笑いを浮かべていた。


★★★★★★★★★★★


「さて、と。アタシはさっそく基礎設計に入る。昼飯時だけど手が離せないから、腹が減ってるなら奥の居住スペースの台所を適当に使ってくれ。冷蔵庫の中身は好きにしていいから」


 美沙は作業デスクに向かうと、何枚ものホログラムモニターを展開し、凄まじい勢いでキーボードを叩き始めた。その眼差しは真剣そのもので、完全に職人の世界に入り込んでいる。


「わかった。ルシアさんと瞳ちゃんも、お腹空いたろ? 何か作るよ。冷蔵庫、借りるね」


 ドクはツナギの袖を捲り上げ、工房の奥にある雑然とした台所へ向かった。

 冷蔵庫を開けると、無造作に食材が詰め込まれている。開発に没頭すると食事を疎かにする美沙の性格がよくわかるラインナップだった。


「おっ、豚ひき肉と、タラコがあるな。蕪も……よし、朝も握ったけど、手軽に食べられるし、昼も握り飯にするか」


 ドクは手際よく調理器具を洗い、コンロの火をつけた。


 まずは『肉みそ』だ。

 手早く生姜と長ネギをみじん切りにし、熱したフライパンに香りの良いごま油を引く。そこへ豚ひき肉を投入し、パラパラになるまで木べらで炒めていく。肉の赤い色が完全に変わり、透明な脂が滲み出てきたところで、先ほどの香味野菜を加える。たちまち、キッチンに食欲を刺激する香りが立ち昇った。

 頃合いを見て、甜麺醤、豆板醤をほんの少し、そして酒、醤油、砂糖を加え、強火で一気に水分を飛ばすように炒め煮にする。ジュワァァァッという心地よい音と共に、甘辛い味噌と豚肉の脂が焦げる、強烈に食欲をそそる匂いが立ち上った。油と金属の匂いが充満していた工房の空気が、一瞬にして温かい家庭の食卓のそれに一変する。照りが出て、ぽってりとした濃厚な肉みその完成だ。


 次は『焼きタラコ』。

 金網をコンロに乗せ、タラコをサッと炙る。長年、粗悪な食材をいかに美味く食べるかを研究し、火加減を見極めてきたドクの手つきに迷いはない。表面の薄皮だけが香ばしく弾け、中心部はしっとりとしたレア状態を保つ絶妙なタイミングで火から下ろし、粗くほぐしておく。


 付け合わせに『蕪の漬け物』。

 蕪を皮ごと薄切りにし、塩で揉んで余分な水分をギュッと絞る。そこに細切りの昆布と、小口切りにした鷹の爪を少々和えるだけで、シャキシャキとした食感が心地よい即席の浅漬けが出来上がった。冷蔵庫の奥にあった自家製らしい梅干しも小鉢に盛る。


 そして、メインのお握り。

 美沙が炊飯器に放置していた白米をボウルに移し、適度に粗熱を取る。両手に薄い塩水を馴染ませ、温かいご飯を手に取る。

 ドクの分厚く無骨な手が、ふんわりと空気を包み込むように、しかし決して崩れない絶妙な力加減でご飯を丸めていく。一つにはたっぷりの肉みそを、もう一つには焼きタラコを。最後に、コンロの火でサッと炙って香りを引き立たせた海苔で包み込む。


「これがないと始まらないな」


 ドクは小さく呟いた。


 ドクが戸棚から取り出したのは、アヅマフードの『蜆のみそ汁』のフリーズドライブロックだった。

 お椀にブロックを入れ、電気ケトルで沸かした熱湯を注ぐ。軽くかき混ぜると、お湯を注ぐだけで本格的な蜆の香りが立ち上る。連日の肉体労働で疲れた底辺探索者の肝臓には、この出汁がたまらなく沁みるのだ。


 ドクはお盆に出来立ての昼食を並べた。


★★★★★★★★★★★


「……なんだい、この暴力的な匂いは」


 設計図に完全に没頭していた美沙が、空腹を直撃する香ばしい匂いに耐えきれず、思わずモニターから顔を上げた。


 作業用の広いテーブルには、湯気を立てる大きなお握りと、色鮮やかな付け合わせ、そしてみそ汁が並べられていた。ルシアと瞳はすでに席につき、「ぐぅぅ」と鳴るお腹を押さえながら、目を輝かせて待機している。足元ではコロが「クゥン、クゥン」と鼻を鳴らしてお座りをしていた。


「できたよ。仕事中悪いけど、冷めないうちに食べてくれ」


 ドクがそれぞれの前に麦茶のコップを置く。


 美沙はゴクリと唾を飲み込み、手についた機械油をウエスで乱暴に拭き取ると、肉みそお握りを手に取った。


 一口、かじりつく。


「……ッ!!」


 美沙の目が、限界まで見開かれた。


 豚肉の野性味あふれる強烈な旨味と、甜麺醤の奥深いコク、そして生姜の爽やかな香りが、口の中で一気に爆発する。味付けは濃いはずなのに、全くしつこさがない。そして、その濃厚な味をどっしりと受け止める白米が、絶妙な炊き加減で一粒一粒しっかりと立っており、噛むほどに米本来の甘みが増していく。最後に鼻に抜ける海苔の香ばしさが、全体を見事にまとめ上げていた。


「なんだこれ……美味すぎるだろ……」


 美沙は夢中になって二口、三口と頬張る。

 合間に蕪の漬物をつまむと、昆布の旨味と鷹の爪の微かな刺激が、肉みその脂をさっぱりと洗い流してくれた。焼きタラコのお握りも、外側の香ばしさと内側のレアな食感が絶妙なコントラストを生み出している。


 そして、蜆のみそ汁を一口すする。


「あぁ……五臓六腑に染み渡る……。なんだいこの深い出汁は。フリーズドライでこんなに美味いのか……」

「だろ? 最近のアヅマフードは凄いんだよ。このお握りとの相性も完璧だろ」


 ドクが自分のことのように嬉しそうに笑う。


 美沙は、目の前で美味しそうにお握りを頬張るドクを見た。


 規格外の最強の肉体。底知れないエネルギー。そして、この荒んだ生活に温かい光を灯すような、完璧な料理スキル。


(……やばい。胃袋まで完全に掴まれた)


 美沙はみそ汁の椀を置き、真剣な顔でドクを見つめた。


「おい、おっさん。今日からウチに住み込みで働け。三食作ってくれるなら、家賃はタダでいいし、武具のメンテナンスも一生面倒見てやる。アタシの専属シェフになれ」

「ちょっと美沙! ドクは私と一緒にブラジルに行って、毎日私のためにご飯を作るのよ! 本場のシュラスコだって用意してあげるんだから!」


 ルシアが口元にご飯粒をつけたまま、バンッと机を叩いて抗議する。


「ダメですってば! ドクさんは私の専属タレントなんですから! 勝手に引き抜かないでください! ドクさんのスケジュール管理も食事管理も、マネージャーの私の仕事です!」


 瞳も負けじと立ち上がり、声を荒げる。


「えっと、みんな仲良いんだな。でも俺、ボロアパートに帰らないと大家さんに怒られちゃうから……」


 三人の女性の激しいアピール合戦の中、完全に蚊帳の外に置かれたドクは、困ったように苦笑しながらみそ汁をすすっていた。

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