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Fランクおっさん荷物持ち、無自覚ワンパン配信で世界最強に成り上がる  作者: 伊達ジン


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13/13

第13話 装備が保たない問題

 築40年を超えるボロアパート『木漏れ日荘』の四畳半。

 変色した畳に、朝の光が真っ直ぐに差し込んでいる。


 ドクは小さな台所で火を止め、首に巻いたタオルで額の汗を拭った。

 年季の入ったちゃぶ台には、手早くこしらえた朝食が並んでいる。


 土鍋で炊き上げた白米を適度に冷まし、塩水を馴染ませた手でふんわりと空気を包むように握った大ぶりのお握り。

 具材は二種類。細切り昆布と鰹節を醤油とみりんで煮詰め、白ごまを振った『おかか昆布』。そして、表面だけを強火で炙り、中心はレアのままほぐした『焼きタラコ』だ。どちらも食べる直前に炙った海苔で巻いている。

 小鉢には自家製のしそ漬け梅干しと、ごま油と刻みネギで和えた市販のキムチ。締めは、昆布と煮干しの一番出汁に、火を止める直前に味噌を溶き入れた大根のみそ汁。


「お待たせ。狭くて悪いけど、食べてくれ」


 ドクが麦茶の入ったコップを置くと、ちゃぶ台を囲んでいた二人の女性がすぐにお握りに手を伸ばした。


「いただきまーす! ……んんっ! なにこれ、信じられないくらい美味しい!」

「ドクさん、このお握り、お米が一粒一粒立ってます! タラコの塩味と海苔の香ばしさが絶妙……!」


 Sランク魔法剣士ルシアと、大手ギルドの令嬢である瞳。本来ならこんな隙間風の吹くアパートにいるはずのない二人が、行儀悪く頬を膨らませている。その足元では、Aランクモンスターであるフェンリル・パピーのコロが、味付けなしの茹で鶏を無心で咀嚼していた。


 昨日の騒動の後、ルシアは最高級ホテルを手配するという瞳の提案をあっさりと蹴り、当然のようにこの部屋に上がり込んでいた。

 部屋の隅では、ギルドの特注ドローンが赤いランプを点滅させている。コメント欄には【Sランカーに何食わせてんだ】【飯テロやめろ】【おっさん、俺の嫁に来てくれ】といった文字が凄まじい速度で流れていた。


「口に合ってよかったよ。底辺の生活が長いから、こういうのだけは得意でね」


 ドクは自身もみそ汁をすすり、ふう、と息をついた。


「ドク、あなた本当に最高よ。このまま私と一緒にブラジルに来て、毎日これを作ってくれない?」


 ルシアが熱っぽい視線を向け、身を乗り出す。テーブルに胸が乗る前に、瞳が素早く間に腕を差し込んだ。


「ダメです! 私がドクさんの専属マネージャーなんですから、勝手に私の担当探索者を引き抜かないでください! そもそも、Sランクのあなたがこんなボロアパートに入り浸ってていいんですか!?」

「いいのよ。私は自分の魂が震える場所にしかいない主義だもの」


 ルシアは悪びれずにお握りの残りを口に放り込む。瞳は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


「ごちそうさま。さて、今日もハローワークに行かないとな」


 ドクは空になった食器を重ね、立ち上がろうと腰を浮かせた。

 その瞬間だった。


 ビリィッ。


 奇妙な破裂音が鳴り、昨日瞳に買ってもらったばかりのタクティカルシャツが、背中から真っ二つに裂けた。

 それだけではない。ドクが片足を踏み出した途端、カーゴパンツの縫い目が弾け飛び、新品のブーツの硬質なソールが、まるで乾いた砂のように崩れ落ちた。


 ものの数秒で、ドクの着ていた服と靴は文字通り風化し、彼はボクサーパンツ一丁の姿になった。


「ちょっ……!? ド、ドクさん! なんで突然脱ぐんですか!」


 瞳が顔を赤くして両手で目を覆う。だが、指の隙間から見えるドクの分厚い胸板と、そこに刻まれた無数の傷跡に、彼女の言葉は一瞬詰まった。


「脱いでない! 勝手に服が壊れたんだ。なんだこれ、不良品か!?」


 ドクは慌てて座布団で下半身を隠す。

 瞳は小さく息を吐き、床に散らばった服の残骸に『詳細鑑定』のスキルを発動した。網膜に表示された文字を確認し、静かに首を振る。


「……ドクさん。不良品じゃありません。昨日、ルシアさんの全力の『紅蓮刃』を無傷で受け止めた時、ドクさんの服には絶望的な負荷がかかっていたんです。それに、ドクさんが無意識に放つ気配だけでも、普通の布じゃあっという間にボロボロになります」

「そんな……。俺、普通に歩いてるだけで公然わいせつ罪になるのか?」


 ドクは本気で頭を抱えた。


「ふふっ」


 ルシアが、ドクの裸体を品定めするように眺めて笑った。


「笑い事じゃないわね。私の全力を受け止めた男が、ただの布切れを着てちゃ話にならない。ドク、あなたには本物の武具が必要よ」

「本物の武具って言っても、そんな高いの買える金、俺には……」

「お金なら気にしないで。ちょうどいい、日本に私の悪友がいるの。特区に工房を構えてる、とびきりの変人がね」


 ルシアは立ち上がり、扉を指差した。


「彼女なら、あなたの規格外の力に耐えられる服や靴を作れるかもしれないわ。行きましょう」

「行くって言っても、俺、今パンツ一丁なんだけど……」


 結局、ドクは瞳がバックパックに入れていた巨大な黒いポンチョを頭から被り、なんとか肌を隠して外へ出ることになった。


★★★★★★★★★★★


 日本の探索者協会が管理する『探索者特区』。

 八王子駅の周辺を区画整理して作られたこのエリアは、迷宮からの出土品を加工・流通させる独自の産業が発展している。武装した探索者たちでごった返す大通りの喧騒から少し外れた、ガレージのような建物の前にルシアは足を止めた。


 錆びた鉄板の看板には『飯田魔道具製作所』とペンキで書かれている。


 重い引き戸を開けると、機械油と濃密な魔力の匂いが鼻を突いた。薄暗い工房の奥で、青白い火花が散っている。


「美沙、生きてる?」


 ルシアが声をかけると火花が止まり、溶接用のゴーグルを被った人影が振り返った。

 ゴーグルを外し、首のタオルで汗を拭う。現れたのは、アッシュ系のショートヘアに、オイルで汚れたタンクトップ姿の女性だった。


 Aランク魔道具技師兼、武闘家。飯田美沙。


「あぁ? どこの馬鹿かと思ったら、ブラジルの脳筋ゴリラじゃないか」


 美沙は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「アタシが三ヶ月徹夜して打ち上げた魔剣を、たった三日でへし折った弁償、まだしてもらってないよ」

「あの程度の剣じゃ、私の火力に耐えられなかっただけよ。腕が落ちたんじゃないの?」

「喧嘩売りに来たなら、その綺麗な顔面をプレス機にかけてやろうか」


 二人の間に険悪な空気が流れるが、声のトーンには互いを認め合う悪友特有の気安さが滲んでいた。


「今日は客を連れてきたの」


 ルシアは振り返り、ポンチョを被って縮こまっているドクを指した。「こいつの装備を一式、見繕ってほしくてね」


 美沙の鋭い視線がドクを射抜く。


「……なんだい、この冴えないおっさんは。悪いけど、アタシの工房は、アタシが認めた強者の武具しか打たない主義でね。Fランクに回す安物はないよ」

「ただの荷物持ちじゃないわ」


 ルシアが楽しげに笑う。


「昨日、私の『紅蓮刃・プロミネンス』を、ノーガードで……しかも服の袖だけで無傷で受け止めた男よ」

「……は?」


 美沙の眉が動いた。

 ルシアの火力がどれほどのものか。彼女の武器を作ってきた美沙自身が一番よく知っている。あの超高熱の斬撃を、無傷で?


「ルシア、あんた冗談言うタチじゃなかっただろ。……おい、おっさん」


 美沙は工具を台に置き、ドクの目の前まで歩み寄った。


「あんた、ルシアの紅蓮刃をどうやって防いだんだい?」

「いや、防いだっていうか……」


 ドクは困ったように頬を掻いた。


「俺、魔法とか使えないから。ただ、手品みたいに光っただけで、全然熱くなかったんだ。たぶん、ルシアさんの魔法が不発だったんじゃないかな?」

「不発……?」


 美沙の目が細められた。


 目の前に立つこの男は、姿勢も無防備で歩法にも素人臭さが抜けていない。だが、長年素材と向き合ってきた美沙の職人としての勘が、得体の知れない違和感を感じ取っていた。


「……ちょっと、腕を見せな」


 美沙が促すと、ドクは素直にポンチョのスリットから右腕を差し出した。

 たくましい腕だが、その表面には無数の古傷や火傷の痕が幾重にも刻まれている。


 美沙がドクの腕に指先で触れた瞬間。


「ッ……!?」


 美沙は弾かれたように手を引っ込め、息を呑んだ。


(なんだ、今の……)


 皮膚の下に、底知れない熱量のようなものが渦巻いているのが指先から伝わってきた。それは魔力でも闘気でもない。人間の肉体という器に収まっているのが不思議なほど、異質で重い何かだった。


「この傷……」


 美沙の声のトーンが変わった。


「ただの戦闘の傷じゃない。治りきる前に次を重ねた跡だ。あんた、一体どんな地獄を歩いてきたんだい」

「地獄なんて大げさな」


 ドクは温厚な笑みを浮かべた。


「ちょっと運が悪くて、よく巻き込まれてただけだよ。俺は昔から、ただ頑丈なのが取り柄だからさ」


 屈託のない笑顔。その裏にどれだけの理不尽な蓄積があるのか、ドク自身も気付いていない。


 美沙は黙ってドクの腕を見つめ返し、小さく息を吐いた。


「……面白ぇ」


 美沙はドクの腕をガシッと掴んだ。


「ちょっとあんた、アタシの奥の作業場に来な。徹底的に調べさせてもらうよ」

「えっ、ちょ、ちょっと待って! どこに行くんだ!?」

「いいから来な!」


 ドローンが赤いランプを点滅させる中、職人の顔つきに変わった魔道具技師と、訳も分からず奥へと引きずり込まれる男の足音だけが、油臭い工房に響いていた。

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