息子と過去を眺める母
息子が手ひどく捨てた元婚約者が出てきます。
息子は「ざまぁ」される、おバカさんポジションの人でした。
水桶を抱えて息子の部屋に戻ると、人影が立っていた。
あの「恋人」ができたとき、息子が捨てた元婚約者だ。
互いに言葉を探すような、一瞬の沈黙。
「・・・顔を見に来てくれたの?」
「・・・ええ、まあ・・・」
義娘になったかもしれない女性。
並んで息子を見下ろした。
「・・・彼女はなんと?」
私が聖女に治療を頼んだことを知っているのね。
「あれは、しないのではなく、できないんだわ」
「・・・確かですか?」
元婚約者が嘘は許さないという、強い眼差しを向けてきた。
「上級聖女が使う『贄』を知らなかった。ありえない」
「そうですか・・・」
実力に見合わない地位を得た聖女・・・それは、不正を許した上層部の人間がいるということだ。
女性神官として勤めている中で、なんとなく不自然なものを感じていたのだろう。
「・・・わたくしに願わないのですか?」
神官には『癒やし』の儀式をする力がある。
「あなたを傷つけ侮辱した、この愚息を救ってと? ・・・頭をよぎったけれど、できなかったわ」
過去形で話した自分に気付き、身震いした。
何かを紛らわすように、布を桶にひたして絞り、息子の額に置いた布と取り替える。
「母として、救って欲しい気持ちはあります。
ですが、一人の女として、あなたへの仕打ちを許してはいけないと思う。
そして、竜騎士団の副団長の妻としては、救うどころか罰を与えるべきだと主張しなければいけないでしょう」
何度も自問自答した考えは、まるでお芝居の台詞のように滑らかに口から出た。
数多くの答えの中からキレイなものを選んだのだから、取り繕ったキレイゴトである。
神官の癒やしは、簡単にできるものではない。
暦を読み、数名の神官が何日もかけて準備するものだ。
竜の体を故意に傷つけた罪人には与えられまい。
回復したとて、罪をあがなうために、再び体を損ねる未来が待っているかもしれない。
あの「恋人」に治療を願ったのは・・・万が一という希望と、母として息子を心から心配しているというポーズであった・・・ような気もするのだ。
俗っぽい自分を認めたくないが、無条件で無尽蔵に愛を注げるほど、慈愛に満ちた人間ではない。
王都に連絡を取って上級聖女を呼び寄せる、伝手は・・・ある。
昔の、聖女時代の同僚がいるのだから。
だが、情に訴えて順を守らない輩を、誰よりも私が嫌悪していた。
潔癖すぎると言われても、権力を振りかざす卑怯者は許せなかった。
夫と離縁して、残りの人生を王都の神殿に捧げるなら、可能かもしれない。
・・・そこまでして息子を生かしたいとは思えない、私は鬼だろうか。
むしろ、本人がもはや生きていたくないと思っているかもしれない。
そんな風に考えるのは、自分を正当化するための言い訳だろうか。
子どもを看取ることになった母たちは、こんなふうに迷うことはなかったのだろうか。
静かに立ち去る女性神官の背中を見送りながら、彼女は許せたのかしらと埒もなく思うのだった。
母性あふれる人やひどいことをされても許せる人を見ると、「心が広いな、私には無理だ」と思ってしまいます。
皆もキレイゴトを口にしつつ、内心では迷ってるよね?・・・と同意を求めたい気分。




