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Wine・Red  作者: 雪白鴉
六章
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75、降下した低気圧

 夕方、だんだん雲行きが怪しくなって来たと思ったら、思いっきりの土砂降り。朝の天気予報で雨が降ると言われていたのか、多くの従業員は傘をさして帰って行った。しかし、朝からテンションの低かった白井はテレビをつけることも携帯で天気を調べることもしていなかった。


「傘・・・ない・・・」


 つまり、傘を持って来ていないのだ。仕方がないのでずぶ濡れになりながらやっとのことでバス停に着いた白井だが、いくら待ってもバスが来る気配が無いし、なんとなく車の通りも少ない。今の時間帯、退勤ラッシュで車がいっぱいだろうに、雨でゆっくり車が動こうが、渋滞することはなかった。


「なんでぇ・・・」


 バス停に椅子は無いし、かろうじて小さな屋根があるだけ。横から雨が降りかかってくる。しかも大雨だ。視界不良でしかない。

 服も体もずぶ濡れ。前髪から雨の雫が顔に落ちてくる。

 なんだか今日は悪いことばかり。恋敵が話に来るし、大雨は降るし、傘は持ってないし・・・。


「最悪の日・・・」


 そうため息をつくと、ふっと足元に大きな傘の影が現れる。


「大丈夫ですか?」


 そう言う声は、とても優しく、包容力のある短な言葉だった。


「み、水瀬さん・・・?」


 白井が見上げると、そこには傘をさしている水瀬が立っていた。水瀬も若干服と髪が濡れている。白井に傘を差し出した分、雨に当たっているのだろう。


「傘、持ってないんですか?」

「あ・・・はい、天気予報を見るのを忘れていまして・・・」

「それは大変ですね」


 ずぶ濡れの姿を見られた白井はパッと顔を隠した。


「バス、待ってるんですか?」

「はい。全然来ませんが・・・」


 そういう白井に目を向けた後、大雨の道を見て、今度は携帯を開いた。


「あ、バス、止まってますね」

「え!?」

「視界不良で危険だと判断されたようです」

「そんなぁ・・・」


 おかしいとは思っていたが、バスが運行ストップしていたとは。この待っている間は一体なんだったのだろうと落ち込んでいる白井は落ち込む一方だった。

 そんな白井はだんだん寒くなってきたのか、小さくくしゃみをした。


「本当に大丈夫ですか?」

「あぁ・・・えっと・・・ちょっと寒いかなぁくらいなので・・・」


 心配する水瀬に、渋い笑顔を見せながら白井は濡れている手で腕をさすっている。それを見た水瀬はこれでは風邪をひいてしまうと白井の手を取った。


「!!」

「このままでは風邪をひきますよ。このままいくら待っていてもバスは来ませんし、一旦うちに来てください」

「へ!?」


 驚く白井の手を引っ張る水瀬だが、白井は全力で抵抗した。


「だ、大丈夫です・・・!!三十分くらい経ったら沙彩・・・友達の仕事が終わるので、迎えをお願いしますから・・・大丈夫です!」

「三十分って・・・まだまだじゃないですか。このままずっと雨にさらされ続ける気ですか!?」

「だ、だって・・・」


 聞き分けのない白井にだんだん腹が立ってきた水瀬は、グッと白井の腕を引き寄せる。


「いいから私に従ってください」

「っ!!」


 ぼっと白井は耳の先まで顔を赤くした。それは無理もない。あまり聞くことのない低音ボイスで、しかも顔がものすごく近い。まるで従わせるためにそうされているようだ。


「・・・あなたに風邪ひかれると困るんですよ」

「・・・っ」


 それがどういう意味なのか都合よくしか捉えられない白井は、小さくこくりと頷いた。


 水瀬は傘を一本しか持っていないらしく、家が近くではあるがそこまで傘一本の下で歩いていた。


(あ・・・相合傘・・・!!)

 

 今日の嫌なことを全部忘れさせてくれるほどの破壊力を持つ相合傘。そしてその先に待っているのは水瀬の部屋。ドキドキしないわけがなかった。おかげで友人の寿に連絡をし忘れてしまったではないか。


「どうぞ」


 玄関を開けた水瀬は、先に白井を通してくれた。中は水瀬の匂いがしてなんだか暖かかった。

 けれど、びしょ濡れのまま部屋に上がるわけにはいかず、玄関先で立ち止まっていると先に水瀬が上がって大きめのタオルと足拭きマット、カゴを持ってきてくれた。


「カバンも濡れたでしょう。上着と鞄はこちらへ」

「あ、ありがとうございます・・・。ていうかすみません・・・」

「いえ、あの状態で三十分も待たせるわけにもいかなかったとはいえ、強制的に連れてきてしまってすみません」


 そう謝ってくる水瀬だが、白井にとってそんなことどうでも良い。好きな人の家に入れるなんてドキドキでしかない。しかも白井がいう前にタオルやら用意してくれるあたり、やはり水瀬は紳士である。ポニーテールの髪ゴムを取った白井は濡れた髪であからさまにときめく顔を隠した。


「・・・・・・大丈夫です、何もしませんから」


 そう言って水瀬は鞄と上着が入ったカゴを持ってリビングに向かった。白井も黒いストッキングを脱いで脚を拭いた後、なるべく床を濡らさないよう細心の注意をはらいながら水瀬を追いかけた。


「・・・あの、私、これからどうしたら・・・」

「体が濡れて冷えているでしょう。風呂場のシャワーを使ってください」

「シャ、シャワー・・・!?」

「シャワー、嫌いですか?あれなら時間はかかりますが湯船を張りますが・・・」

「あぁ、いえ!ありがたく使わせていただきます!!」


 水瀬が指を刺した方向に急いで向かった白井の心臓は今までになく激しく動いている。


「ついてきちゃったのは軽率だったかなぁ・・・・・・」   


 やはり恥ずかしさがある。男性の家でシャワーを借りることになるなんて思っていなかった。ここから出ればすぐに水瀬がいる。今、この空間には二人しかいない。

 そんなことを考えれば考えるほど顔が熱くなってくる。首を振って恥ずかしさをとっぱらった。



 その頃、水瀬は事の重大さにようやく気がついていた。

 自分でも何をやっているのかよくわからない。今、すぐそこに白井がいることを考えれば考えるほど思考が混乱してくる。


「・・・私、結構突飛なことしてる気が・・・」


 こうなったのはしょうがないと自分に言い聞かせながら水瀬はお湯を沸かそうとコーヒーケトルに水を入れようとしたとき、重大なことに気がついた。


(白井さんの着替えがない・・・!)


 そして、それとほぼ同時に、白井も着替えがないことに気がついたのであった。


                         


 これこそ恋愛ものですね!

 実際に起きるか起きないかの夢のない話は、物語の中ではただの生き遅れですね。水瀬のことはただの紳士で、どうするのが正解なのかわからない世間知らずだと思っておいてくださいね。

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