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Wine・Red  作者: 雪白鴉
六章
76/78

74、恋って

 今日は特別な日。そうなるはずの日だった。だけれど、白井にとって今日は特別憂鬱な日だった。


「休憩入ります」

「はーい」


 スタッフ用休憩室に入った白井は用意していた即席サンドイッチをすぐに平らげ、時計を見た後、一階に降りてカフェに入った。まさかそこで待ち伏せをされるとは思わずに。


「白井さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です。今日も珈琲を頂いてもいいですか?」

「はい。少々お待ちください」


 カウンターに座ってようやく落ち着けると思った白井だったが、後ろから誰かに声をかけられた。


「あのお、白井さんですか?」


 驚いて後ろを向くと、そこには若い女性三人組がいた。声をかけてきたであろう一人は気が強そうで、一人は申し訳なさそうに、もう一人はなぜか悲しそうに。どの人も白井の記憶には無い人で、混乱はしたが、ここにきているということは客だ。椅子から立ち上がり、白井は丁寧に挨拶をした。


「はい、当ホテルのホテリエ、白井と申します」


 いつもの営業スマイルで卒なく対応する。そして、一番オドオドと悲しそうにしていた子が前に出てきて白井に言った。


「すみません、少し、お話いいですか?」


 カウンターから離れた白井は元々三人が座っていた場所に連れていかれ、三人の反対側に座った。ちょうど頼んでいた珈琲もやってきて、まるで三対一の合コンである。この前、沙彩から誘われた合コンの話を思い出す。


(ほんと・・・もうすぐ吹っ切らなきゃ・・・)


 白井は出てきそうな涙をあくびをして誤魔化した。


「その、すみません、せっかくの休憩時間を・・・」

「いえ、構いません」


 にっこりと笑顔で取り繕っているが、これでも結構限界である。


「それで、何か私にお話が?」


 思い切って白井から聞いてみると、椎名真知と名乗る女性が勇気を振り絞ったかのように白井に言った。


「み、水瀬暁さんについてのお話をさせてください」

「・・・水瀬さんの・・・?」


 思いもよらない内容が飛び出てきて、あからさまに白井は驚いた。

 そういえば、この椎名という女性はなんとなく記憶にある。そうだ、おそらく水瀬と一緒に図書館にいた人だろう。つまり、白井の中で、水瀬の彼女説が浮上している女性である。

 なぜ、自分の名前を知っているのだろうかと最初は驚いたが、水瀬が絡んでくるとなると何かしらで自分の話が出てきたのだろう。


(当てつけにでもきたのかしら・・・)


 白井は彼女が水瀬と付き合っているものだと思っている。まだ付き合っていなかったとしても、付き合う寸前までに発展しているだろう。あの水瀬のことだ。白井の好意など既にわかっているはずだ。もしかして水瀬にとってその好意が迷惑で、それを知った彼女がわざわざ言いにきたのかもしれない。

 こんな根拠もない空想を白井は頭の中で広げていた。何を言われるのかドキドキしていた白井だが、またもや驚かされることになった。


「・・・白井さんは、水瀬さんのことが好きですか?」

「・・・え?」


 一瞬、白井の思考が停止する。何を言われるのかドキドキはしていたがそれなりの覚悟はできてた。しかし、まさかこんな唐突で予想外の質問をされるとは思っていなかった。


「え、えっと・・・それはどういう・・・」

「恋愛的な意味です。水瀬さんのことを異性として見ていますか、という質問です」

「いや・・・ちょっと待ってください!」


 やはり椎名が聞いてきたことは恋愛的な意味での「好き」かどうか。しかし、なぜそんなことを自分に聞いてくるのか全くわからない。これで馬鹿正直に「好きです!」なんて答えて、「御愁傷様」なんてことになったら白井は耐えられないだろう。


「椎名さんは水瀬さんと・・・その、お付き合いを・・・・」


 回らない頭でなんとか質問を回避しようとして出てきた言葉はこれだった。なんてこと聞いているのかと自分でも驚いていたが、実際、これは白井が椎名に一番聞きたかった本音だ。そんな白井の本音をどう聞いたのかは知らないが、小さく椎名が寂しげに笑った気がした。


「いえ、お付き合いしてません」


 目を丸くする白井に椎名がふわっと笑う。


「私と水瀬さんがお付き合いしていると思われていたんですか?あの合コンの時、私、フられてたじゃないですか。覚えてないんですか?」


 椎名に先ほどまでのオドオドした様子はなく、どこか吹っ切れたような表情をしていた。白井の方がお姉さんのはずなのに、ずっとドギマギして話を逸らしながらじゃないと話せない。


「・・・やっぱり、白井さんも水瀬さんのことが好きなんですね」


 そういう椎名の表情は儚げで美しさまで見えた。ここで頬を赤らめてあたふたするのはお門違いだと、白井は背筋を伸ばして椎名に目を合わせた。


「はい。大好きです」

「・・・」


 数秒後、椎名は意図的に白井から目を逸らした。椎名の両側に座っている友人二人は椎名を心配そうに見ていた。友人たちの目の先の椎名は、少量だが涙を流していた。まるで、失恋したかのように。


「水瀬さんは素敵な人だもの。誰だって好きになっちゃいますもんね」


 悲しげな顔を見せないよう精一杯に笑顔を作る椎名。その作り笑顔がいかに辛いものなのか、白井にはよく理解できた。自分を推し殺してまで、他人に弱みを見せたくないという笑顔。営業スマイルとは違う自分じゃない笑顔。白井は椎名と自分を重ねた。さっきまで自分はこんな表情をしていたのだと。


「・・・ありがとうございます。ようやく吹っ切れました」

「え?」

「ちょっと真知!?」


 白井に一礼した椎名は即座に立ち上がり、自分と友人分の会計を済ませてカフェを出た。

 続いて椎名を追いかけ、友人二人がカフェを出る。取り残された白井は複雑な気持ちでいっぱいだった。


 椎名という女性が水瀬の彼女ではなかったこと。それはとても嬉しいことだったが、あの椎名の表情。本当に彼女は水瀬のことが好きだったのだろう。最後に「吹っ切れた」と言っていたが、あれはつまり、水瀬を諦めるということ。白井にとっては好都合だが、それでも同じ人を好きになった恋仲間。素直に喜べるわけがなかった。


(どうして今日が誕生日なの・・・)


 冷め切った珈琲を飲み干し、仕事に戻ったのだった。



 

 私は誰かを好きになったことがないので二人に共感はできません。ただ、恋愛とは複雑に絡み合うものなのですね。そんな痴情のもつれを引き起こしてしまう水瀬はなんて罪深い男なのでしょう・・・。

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