繋がる心
「アハハハ!…可哀そうな、アウレイリア。どうやら君の父親は君を見捨てたようだよ。君を助けることもせず、君が国境に赴けば兵に殺させるつもりらしい。君はあんなにあの国に尽くしていたのに、彼らはそんな君を裏切るつもりみたいだ。どうだい?彼らが憎いと思わないかい?」
「……」
朦朧とする意識の中で聞こえる王子の声。狂気に満ちたその声に、私はぼんやりと考える。
(少しも心が痛まないと言ったら嘘になるけど、憎くなんかない。メルベルトシュタイン相手に戦えるような戦力は、あの国にはないのだから…。王としての判断は間違っていない…)
でも、今の私は口を動かすことができない。今の私は彼の操り人形。彼の望んだ通りにしか、動くことができない。王子は私の頭を撫でながら、歪んだ顔で私に囁く。
「さぁ、憎むんだ、アウレイリア。君を裏切ったあの国の者たちを。あの国を。そして、ボクと一緒にあの国を滅ぼしに行こう。ザビーニアの恨みとボクの恨み、そして君の恨み。その全てを報復するために」
「憎い、国、滅ぼす…」
(ダメだ。口が勝手に動く…)
憎みたくないのに、滅ぼしたくないのに、不思議と心が黒いものに染められていく。そして、何かに操られているように、口から思ってもいない言葉が零れていく…。体の奥底から今までに味わったことのない不思議な力が溢れていた。
私の言葉に王子はほくそ笑む。
「よしよし。いい子だね、アウレイリア。さて、復讐をはじめようか」
もう、王子の暴走は止められない。私は意志とは反対に動く身体に引きずられながら、ただただ心の中で助けを叫び求めることしかできなかった。
***
「まさか、これほど兵が集まるとは嬉しい誤算だね」
「全てはアウレイリア様の人徳のなせる業でしょうね」
アウレイリアを救うために、ハルセインの町までやって来たミカエルとリカルドの一行は、列を連なって馬で町を歩いていた。いくらシェードバルト王国が小国とは言え、端のこの町まで来るのにはかなり時間がかかっている。それでもできるだけ馬を飛ばして、最速で町までやってきたのだ。
「ここで合流を伝えてある。正直、俺も誰が来るのか分からない」
「とりあえず、町の外れにある国境側の平野に向かいましょう。先に拠点を設けないと」
「そうだな」
ミカエル達は町の外れにある国境沿いの平野へとやってきた。ここにそびえ建つ壁の向こう側が、メルベルトシュタイン帝国である。まずは拠点をしっかりとさせるため、引き連れてきた部下たちにテントを立てるように命じた。
拠点の準備をしていると、町の方から荷馬車を牽く団体がこちらに向かってくるのを馬上からミカエルは見た。急いでリカルドの元に行き耳打ちする。二人は荷馬車の前を馬で歩く男性に注目した。
「…あれは何の団体でしょうか?商団?」
「ぽいな。でも、服がこの国のものじゃない」
ミカエル達の視線に気づいたのか、馬に乗った男性は二人に向かって大きく手を振りながら近づいてきた。
「お~い!あんたらがアウレイリアを救助する騎士か?」
かなりいい服に身を包んだ大柄な男。見るからに豪商のようだ。
「ああ、そうだ。あなた方は?」
ミカエルがそう尋ねると、男性はニッと笑って言った。
「俺たちゃあ、ホルトバルトから来た商人でさぁ。アウレイリア様には色々と世話になったんでね。戦いには協力できねぇが、物資なら協力できるってもんで。おい、お前ら」
「「はいっ」」
男の掛け声で、その部下らしき男たちが一斉に木箱荷馬車から降ろしていく。リカルドとミカエルは馬から降りてそれを眺めた。
「これは……」
「魔力を回復させるポーションと、体力を回復できるポーションでさぁ。あとは非常食と水」
男から貰った箱の中身を見て、リカルドは嬉しそうに顔をほころばせる。
「こりゃあ、ありがたい。俺はリカルド。で、こっちがミカエル。アウレイリア様の護衛騎士だ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」
「俺はブロトール商団の代表、グスタフでさぁ。こいつらは俺の部下でせぇ」
男の自己紹介にミカエルはハッとした表情を浮かべた。
「ブロトール、聞いたことがある。かなり珍しいものを売っている商団として有名な」
ミカエルがそう言うと、グスタフはヘヘッと照れ臭そうに笑った。
「そりゃあ、ありがてぇ。商売してるかいがありましたわ。んじゃ、俺らはここで失礼しますさぁ。これ以上は足手まといになるんでね」
一礼して、そう踵を返したグスタフにミカエルは声をかける。
「礼を言う。アウレイリア様を救出した際には、貴方たちのことも伝えておこう」
その声に、グスタフは振り返ると二っと笑って言った。
「日頃のアウレイリア様への恩を返したぁだけでさぁ。んま、後で暇ができた時にでも、うちの商団に買いに来てくだせぇ。特別安くしときますんで。じゃ」
手を軽く振って荷馬車に乗って去っていったグスタフ一行を、リカルドと共にミカエルは見送る。
「凄いですね。まさか、有名な商団にも繋がりがあったとは…、流石はアウレイリア様」
「だよなぁ。俺も驚いたわ、…っておわ!」
突然、リカルドの前に強大な魔法陣が現れる。反射的にリカルドとミカエルは飛びのき、剣を手に取った。しかし、魔法陣から出てきたのは意外な人物だった。
「よう、お前らは確かアウレイリアの護衛だな。息災か?」
こちらを見て笑顔でよっと手を振るその人物。ミカエルはその人物を見て確信した。明らかに高貴な身分であろうことが分かる衣装を身にまとったその姿に似合わず、下の身分の者にも気さくに声をかけるこの人物。間違いない、この人は―
「ホルバルト王国第二王子ハンクレイン様…」
「ええ!?」
ミカエルの言葉にリカルドは驚きの声を上げる。まさか一国の王子が来るとは思ってもいなかったのだ。
「俺もアウレイリア奪還に手を貸すぜ。…たく、あのメルベルトの王子め。アウレイリアに傷をつけやがっていたら、ぜってぇ許さねぇ」
「全くですわぁ。私の可愛いレイリアちゃんを独り占めしようとするなんて、本当に許せませんわぁ。あの子を独占していいのは私だけですのよぉ」
突然背後から聞こえてきた声。リカルドとミカエルはそれにハッと声の方を振り向く。そこには、これまた高価な着物を身にまとった女性がいた。
「おー、シャサリク皇国の第三王女様のお出ましとは驚きだぜ」
シャサリク皇国。メルベルトシュタイン帝国に匹敵する大国。その独自の文化で異色の文明を創り上げた国。そして、目の前の人物はそのシャサリク皇国の第三王女リ・メイシャン。傾国の美女とも称されるその美しい容姿とは裏腹に、気が強く、好戦的な王女として有名な人物だった。
「あんたは確か、ホルトバルト王国の第二王子じゃない。相変わらずのチャラさね」
気高くそう言い放ったメイシャン王女に、ハンクレインはあざけわらうように言葉を返す。
「はっ、あんたも相変わらずだな。全然、可愛くねぇ」
「はぁ!?失礼ね!?私はかわいいわよ!」
突如始まった他国の王族同士の言い争いに、ミカエルとリカルドはどうしたらいいかわからず戸惑う。介入するとよけいにこじれそうだったので大人しく傍観を決め込んだ。
「あのな、可愛いって言うのはアウレイリアみたいに、おしとやかで可憐な女のことを言うんだよ!あんたみたいに厚化粧の高飛車な女ことじゃねぇ」
「なんですってぇ?張り倒すわよぉお!?」
「上等だ。やってみろ、あぁん?」
この二人、どうやら馬が合わないらしい。ミカエルは行く先が少し不安になった。リカルドもあちゃーという顔をしている。
「まさか、メイシャン王女殿下にまでお越しいただけると思いもよりませんでした。ご協力感謝いたします」
その場を立て直そうとミカエルがメイシャンに声をかけると、彼女はハンクレインを睨むのをやめて得意げな顔で言った。
「当たり前でしょう?アウレイリアちゃんは私のお気に入りなんだからぁ。このメイシャン様があの腹黒陰険王子の鼻をへし折ってやりますわぁ」
次々と現れる大物の存在に、ミカエルは改めてアウレイリアの人脈の広さを実感した。リカルドも関心したように息を漏らしている。ふと、ハンクレインがミカエルの腰に視線を移しながら言った。
「しかし、アウレイリアから報告は受けていたが、本当にお前にあげたんだな」
「あら、本当ね」
「は?」
ハンクレインの言葉に、メイシャンも同じようにミカエルの腰に視線をよこす。ミカエルは意味が分からず疑問の声を漏らした。
「その剣よ。その精霊石、私が彼女へのお礼にあげたものだもの。本当はもっとお礼がしたかったのに、彼女要らないっていうから」
メイシャンの言葉に続けて、ハンクレインも言う。
「それ、ゲルタリスで作ったやつだろう?俺がやったんだよ。それがとれる鉱山で原因不明の病が流行って困っていたときに、偶然話を聞いて貰って解決してもらったんだ。その礼さ」
ミカエルはその言葉を聞いて目を丸くする。確かにゲルタリスで作った剣だとアウレイリア様から来た時、そんな希少なものをどうやって手に入れたのかと疑問には思っていたが、まさかそんな入手経路だったとは…。
凄まじいアウレイリアの過去の功績にミカエルが感慨にふけっていると、突然耳元で声がした。
「うふふふ。そのイヤリングとても似合っているワ」
急な接近に一瞬硬直したミカエルは咄嗟に相手から距離とり、声の主を確認した。すると、そこには綺麗な服を身にまとった女性?がいた。
「げ、ハゲ」
メイシャンの言葉に、その女性は眉間にしわを寄せ、メイシャンを睨む。
「あ゛?誰がハゲじゃ!!」
美しい容姿には見合わない、どす黒い声がその人から放たれる。どうやら女性の服を身にまとった男性だったらしい。脳内の処理が追い付かず、ミカエルとリカルドはぽかんと口を開けた。
「ったく、男に戻ってんぞ。アンドリアス」
「あら、嫌だわ。これは失礼」
ハンクレインの指摘にアンドリアスと呼ばれたその人はうふふと再び綺麗な笑顔を浮かべながらこちらに謝罪する。メイシャンはうろんな目を彼に向け、彼に尋ねた。
「なぁんで、あんたがここにいるのよ」
「それは勿論、姫ちゃんを助けるためヨ」
そうやらこの人もアウレイリア様の知り合いのようだ。それにしても随分と個性豊かなのが集まったなとミカエルは思った。
「まさか、お前とも知り合いだったとはな。アウレイリアの奴、一体どんだけ人脈広いんだ…」
肩をすくめてそう言うハンクレインにリカルドは内心激しく同意した。色々と彼女の凄い過去は聞いていたがここまでのことは聞いていなかった。
「…ああ、お前らは知らないか。こいつはテュマポロの第三王子だ。こんななりだけどな」
「ちょっと。こんなって何ヨ、こんなって」
「テュマポロの第三王子……」
テュマポロ。ここシェードバルト王国から遥か西にある国。かなり高度な文明を持つことで有名な国だが、ここから離れているため詳しい情報はあまり入ってこない。勿論、この国との交流もなかった…はずだ。
「どうも~。貴方たちが姫ちゃんの護衛騎士ね。姫ちゃんの救出、ワタシも協力させてもらうワ。ちなみに貴方のそのイヤリングについてるその石。ワタシがお礼にあげた物よ。その石の意味はね―あなたに心臓を捧げる―」
「…え」
「ほぉー、そんな意味が……」
意味深な視線を横から送ってくるリカルドをよそに、ミカエルはその言葉に固まった。いつしかのアウレイリアに言われた言葉が脳裏に響く。自然と服越しに左胸に忍ばせた短剣に手を添える。
「うちでは求婚に使うのヨ、その石。互いにその石で作ったネックレスを贈り合うの。ほら、赤くて鮮血のような色をしているから心臓みたいでしょ?命を捧げたいと思うくらい貴方を愛していますって意味で送るのヨ」
「よっぽどあんたの事を大切に思ってたんだな、あいつ。毎月送られてくる手紙にも、あんたの事書かれてたよ。心強い仲間ができたって、すんげぇ嬉しそうに」
「ほんと、妬けますわぁ」
ミカエルは心の奥底にじんと温かいものが広がるのを感じた。それと同時に、なんとしてもアウレイリアを救いださなければいけないという想いが湧き上がる。ミカエルは目の前にいる各国の重鎮たちを見据えて言った。
「必ずアウレイリア様を助けます。どうか、皆様のお力をお貸しください」
そんなミカエルの言葉に、彼ら力強く頷いた。
「おう、あったりまえだ。任せとけ」
「全力でいきますわぁ。レイリアちゃんを攫った罪は重いのよぉ」
「勿論ヨ。あの王子、痛い目を見るとイイワ」
ふと、ポンとミカエルの肩に誰かの手が置かれた。手の主を振り向くと、それはリカルドだった。
「俺のことも忘れんなよ。アウレイリア様を救いたいのはお前一人じゃない。ここにいる皆、アウレイリア様を助けたくてここにいるんだ。…こんだけ戦力が集まったんだ。この機会を逃すわけにはいかない。絶対、助けるぞ」
「はい」
ミカエルは静かに剣を天に掲げた。そして、渾身の力を込めて言った。
「皆で必ずしやアウレイリア様をお助けするぞ!」
「「「おぉぉおお!!」」」
辺り一帯に響き渡る勇ましい声。アウレイリアの人徳が身分や国境を越えて、人々の心を結び付けた瞬間だった。




