ミカエルと魔法の訓練
「はぁあっ!…っ!」
次々に現れる魔級生物。それをミカエルは迷いなく、次々と薙ぎ払っていく。私はそれを感心したように見ながら、次々と新たな魔級生物を生み出していく。正確にはそれに似せた人形なのだが。ミカエルの動きが鈍り、魔級生物に攻撃を受けたところで、私は魔級生物を消した。
「はぁはぁはぁ。…アウレイリア様、一体どれだけの魔力をお持ちなんですか…よくこのような生き物を作り出せますね…」
息を切らせながらそういうミカエルに、私は眉を下げながら言った。
「呪いの力ですよ。自分の魔力量が異常なことは自分でも理解しています。だからこそ、こうやって魔級生物の人形を生み出せるのですけれどね。迷宮に関して文献でいくつか読んだことがあるのです。それに書かれていた情報を基に、想像で動きのパターンを人形に組み込ませました」
私の言葉に、ミカエルは神妙な顔つきで言う。
「…迷宮ではこのような生物が沢山出てくるというわけですか」
「詳しくは分かりませんが、その可能性は高いです。でも文献を読んだ限り、全ての生物が攻撃的なわけではないようですし、生物にはそれぞれ弱点があって、それを狙うことで効率よく倒せると書かれていました。まぁ、最後の迷宮攻略者はもう百年以上前のことですから、今の状況は分からないのですけれどね…」
そう、問題はそこだ。どの迷宮も百年以上攻略されていないため、新しい情報がない。迷宮が以前と変わらぬ姿のままであればいいが、万が一変わっていた場合は対応ができないのだ。
視線を下げた私に、ミカエルは私の肩に優しく手を添えながらいった。
「それでも極端に変わっているわけではないでしょうし、このように迷宮の対策をして頂けるのはありがたいですよ。全く情報がないのとあるのでは大きく違いますから」
「そうですね。私はできる限り情報を集めて、ミカエルに伝えられるように頑張ります」
ミカエルの言葉に、私はそう意気込んだ。そうだ。出来ることをするしかない。仮に変わっていたとしても、ベースとなるものは変わらないはずだ。出来るだけ情報を集め、ミカエルに提供し、臨機応変に対応できるように協力をする。それが、今の私にできる最大限のことだ。
「ありがとうございます、アウレイリア様。私も実力を上げるために、鍛錬に励みます」
意気込む私に、ミカエルはふっと優しい笑みを浮かべそう言った。私はその笑顔に目を惹きつけられる。彼が笑うのは珍しい。それも何だか少し甘みのある笑顔だ。私は思わずそれに見惚れてしまった。ぼうっと惚けている私に、ミカエルが不思議そうな顔をして言った。
「…あの、アウレイリア様?私の顔に何か付いていましたか?」
私はその声にはっとして、視線をそらす。危ない。あまりにも綺麗な笑顔だったからつい…。心なしか顔が熱い気がする。私はそれがバレないように身体を横に向けながら言った。
「い、いえ、違います。…それよりもミカエルはこの生物を知っていますか?」
私は話を変えようと新たな魔級生物を生成して見せ、そう尋ねた。ミカエルはその生物を見て、顎に手を当てながら答える。
「…スライム、ですか?」
うにょうにょと地面を這うジェル状の生物。中身は透けていて、核のような物が見える。一見、スライムのように見えるこの生物はスライムとは別の生き物である。
「いいえ、これはヌルカートと言う生物です」
私は生成したヌルカートを見ながら、説明を続ける。
「ヌルカートはスライムに似ておりますが、スライムと異なり、核が分裂します。なので、切っただけでは増殖します。また、潰すと一気に増えるので注意してください。倒し方は、核に剣を刺したまま魔法で燃やします。ただ、基本的にヌルカートは目が悪く、よく見えていないそうです。匂いで獲物を見つけるなのだとか。空腹時の捕食目的以外で襲ってくることはないそうなので、襲われた時は匂いのするものでおびき寄せて、それを捕食させている間に逃げると良いそうです」
「なるほど…」
ふと、ミカエルは靴を脱ぎ自分の靴下を剥ぎ取ると、あろうことかヌルカートに向かって投げた。ヌルカートはそれに反応し、飛びつく。予想外の光景に、私は脳内の処理が追い付かなかった。
「本当ですね。かなりの勢いで飛びついてきました」
…え?今、ミカエルが靴下を投げた?あのいつも紳士なミカエルが?しかも、それにヌルカートが反応した?いや、まぁ、運動した後だし靴下が多少臭うのは仕方がないと思うんだけど、ってそうじゃなくて…。何だろう、見たくなかった。
「…ミ、ミカエル?紳士が靴下を投げるなど…」
私の声にミカエルは我に返ったように反応した。そして、罰が悪そうな顔で私を見た。
「し、失礼いたしました!いや、あの、これは…」
珍しく狼狽えるミカエルに、私は珍しいものを見たような気分になる。ミカエルにも人間らしい部分ってあるんだなと思った。先ほどは驚いたが、そんな人間らしい部分に親近感を覚える。ミカエルは視線を左右に揺らしながら、きまり悪そうに口を開いた。
「私、いや、俺、本当は紳士ではないんですよ。アウレイリア様の前ではその、出来るだけ紳士でいたくて気をつけているんですが…、こういう戦闘になると、素に戻ってしまって…すみません。幻滅しましたよね?」
その時、ふっと私から笑い声が漏れる。そんな私の様子をミカエルは目を丸くして見た。だって、面白かったのだ。必死に弁明しているミカエルが。いつも冷静で顔色一つ変えないのに、こうやってたかが靴下一つで、狼狽えるミカエルが何だか可愛く思えた。
「ふふふっ。そんなに慌てなくても、幻滅なんてしませんよ。寧ろ、親近感が湧きました。意外とミカエルにも人間らしい部分があるのですね。別にずっと紳士でいる必要はありませんよ。寧ろ、私はそっちの方が面白いと思います」
私の言葉に、ミカエルはきょとんとした表情で言った。
「面白い…ですか?」
「はい」
「…よく分かりませんが、アウレイリア様に嫌われたわけではなさそうなのでよかったです」
その言葉に、私はしっかりとミカエルの瞳を見て言う。
「嫌うわけがありませんよ。貴方はいつも私に寄り添い、私を救ってくれる恩人なのですから。感謝することはあれ、嫌うことなど決してありません。…いつもありがとう、ミカエル」
「アウレイリア様…。いえ、こちらこそ、側に置いて下さってありがとうございます。貴方にお会いして初めて、私は護衛としての本当の幸せを見つけることができたのです。本当に感謝しています」
真っすぐと視線を向けてそう言ってくるミカエル。私はなんだか照れくさくなって、微笑むとそっと視線をそらした。
* * * *
「…そう言えば、昨日リカルドと出かけられたんですか?」
訓練が終わって、王宮へ戻る帰り道。ふと、ミカエルがそう問いかけてきた。ちょうど逆光で彼の表情は見えない。私は前を向いたまま、それに答えた。
「ええ。少々買い出しに」
「そうですか…」
それがどうしたのだろう?何だか、心なしかミカエルの声がいつもと違う気がするのは気のせいだろうか?
「それがどうかしましたか?」
私が彼を見上げながらそう言うと、彼は静かに首を横に振りながら答えた。
「いえ、昨日リカルドからそう報告を受けたので…。楽しかったですか?」
「ええ。久しぶりに会えた人もいますし。それに、とてもいい布も見つかりましたから」
「…布ですか?」
ハッとこちらを見ながらそう問うミカエルに、私は頷いて言った。
「ええ。ミカエルに守護の魔法陣を刺繍したマントとハンカチを贈ると約束したでしょう?そのための、布を選びに行ったのですよ。ミカエルには完成したときのお楽しみにしたかったので、リカルドが護衛の時にと思ったのです」
「っ!…そうですか。ありがとうございます」
この時、ミカエルの頬が夕日のように赤く染まっていることには気づかなかった。ただ山に沈みゆく夕日を眺めながら、いつまでもこんな平和な時間が続けばいいのにと思うのだった。




