初めてのギルドの仕事と牛モンスター
王都ハンターギルド北門支部で依頼の確認をした一行は、北門をくぐり、一路牛モンスターのいる平原まで河沿いを移動する。門の出入りは☆6ギルドカードのおかげで非常にスピーディーだった。
「こんなところにも妖精の木があるんだね」
「ああ、この河沿いにぽつぽつと生えてるんだよ。王都はたまたま密集して生えていた場所に、人が集まって出来たって話だぜ。王都の外の妖精の木には、今は誰も住んじゃいないが、軍の外回りの連中が、街道ごと整備だけはしてるからな。休憩するときの安全地帯として利用できるぜ」
その後も河沿いの道をどんどん進んでいく。道といっても石畳のような道ではない。土を魔法で固めただけの簡易舗装の道路だ。とはいえ、この土を固める魔法のおかげで、雨でもぬかるんだりしないため、かなり便利ということだそうだ。この北に向かう街道は、エルフの国にまで続いている主要街道のひとつということもあり、軍によって整備されていた。自然界の復元力が極めて強いメイクンでは、定期的に手入れしないと、街の外の街道なんかはすぐに自然に還ってしまうのだ。ただ、この河沿いの北街道、道路以外には基本的に何も無い。ところどころに妖精の木をはじめとする木々が生えてはいるものの、それ以外はすべて花畑だ。もっとも、北側だけの話ではない、ゴブリンを倒して大森林を抜けてきた東側もそうだったように、妖精の国は基本的に花畑だらけの国であった。
そんな北街道をしばらく進んでいると、牛モンスター狩場こっちという看板が道路の左側、つまり、西側に出ていた。その看板の先の道路は、管理者がちがうのか、北街道の道路よりはワンランク落ちた舗装になっていた。いや、舗装というより、ただ荷馬車などのわだちがあるだけだ。
そんな道なき道を看板に従ってどんどん進んでいくと、周囲の景色が変わりだした。木がまばらなのは今までと同じだが、花はどんどんすくなくなって、草だらけになっていく。なるほど、これほど草が生えていれば、牛モンスターにとっては、食事に困ることはないのだろう。
そんな草原を走っていくと、さっそく牛モンスターを発見した。10匹くらいの群れで、おいしそうにもしゃもしゃと草を食べている。時折草を食べずにくちゃくちゃとしているので、反芻もしているのだろう。まさに牛の姿、牛の動作だ。ただ、これぞ牛という姿ではあるものの、2ヶ所だけ普通の牛とは違う部分があった。1つ目は頭部の角だ。これが非常に大きく、顔と同じ位の大きな角が左右に2本、正面に先端が向いて付いている。そして2つ目は大きさだ。大型トラック並みの大きさだった。
「これが牛モンスター?」
「おう、そうだぜ、正式名称はビッグホーンなんとかって名前だ」
「名前の通り、大きな角が付いてるんだね」
「ああ、あの角で外敵を攻撃したり、ケンカしたりするんだ。下位と呼ばれてる☆2~3のモンスターは突進したりするくらいなんだが、☆4以上の上位と呼ばれる牛は角から魔法を飛ばしてくることもあるぜ」
「へ~、アオイは倒したことあるの?」
「前にな。確か☆4のやつだったかな。基本的には牛モンスターはハンターが狩ってくれるんだが、ここは街道が近いからな、時々街道に迷子なのか、出没するんだよ。それで、街道の巡回警備中に群れからはぐれたのか、単独でいた牛モンスターに出会ってな。さくっと倒したぜ。肉は持ち帰ってみんなで食ったんだが、上手かったぜ。なにせ☆4の高級肉食べ放題だからな。あ~、思い出しただけで涎出てきた」
「ちなみにこれはどのランクなの?」
「ん~、そうだな。この群れのやつらは、全長6~8mくらいか。この大きさだと、☆3ってところじゃねえか。確か、全長が10mを超えると☆4になって、20mクラスで☆5だったかな。ちょっと細かいところはわからねえ。前に俺がやったのは、13mくらいだったかな」
「じゃあこいつはどうするの? おいしくないならスルーしちゃう?」
「いやいや、一応モンスターだからな、倒して持って返ろう。間引くのも大事だし、不味いわけじゃねからな」
「わかった」
ぴぴは一瞬で牛モンスターの首をはねると、収納魔法に回収した。
「相変わらずすげえな。ギルマスとやりあってた時も思ったが、まったく見えねえ」
「ぴぴは速いからね~、スピード勝負で負けたとこ、あんまり見たこと無いかな」
「そうか、まあ、ボス牛を探そうぜ」
「そうだね」
さらに草原地帯を奥に進んでいくと、まばらな木と草しかなかった草原に、黒い小山のようなものが現れた。しかもその小山の周辺は、時折ぴかぴかと光っていた。
「ねえアオイ、あれなに~?」
「俺も見たことねえ、そういやギルドのやつがでかいからすぐわかるっていってたよな?」
「うん、言ってたね」
「もしかして、あれがそのボス牛ってやつなのか? はは、でか過ぎるだろ」
はるか遠くに見えるそれは、めちゃくちゃでかそうだった。☆5の牛モンスターで全長20mとか言ってたのに、ボス牛はどう見ても100mはありそうだった。ちなみに厳密にはボス牛ではない。なにせこの巨大牛モンスターは、群れてない。群れていないのにボスというのも、よく考えればおかしな名称だ。だが、これだけ大きいと、他のサイズの牛モンスターと群れを作るのは至難の技だろう。踏まれたりごろんってされただけで、他の牛がぺっちゃんこになりそうだ。
「とりあえず、戦闘中っぽいか?」
「うん、あれは魔法の光だね」
「ということは、早い者勝ちでもう取られちゃった?」
「いや、ぴぴ、その必要は無いはずだ。ギルドのやつが言うには、手に負えねえってことみたいだからな。勝てる可能性は低いんだろ。そばでバトルを見て、負けそうになったら援護するか。どのくらい強いか試したいから、まず俺がひと当てしていいか?」
「「うん、もちろん」」
「じゃ、バトルが見えるくらいそばまで一気に行くか」
「「うん」」
一行はすばやくボス牛とハンター達の戦いが見えるちょっと大きめな木まで移動した。ここでしばらく見学だ。道中に何匹か牛モンスターがいたが、すべて倒して空間収納に回収してある。ここからならハンター18人対ボス牛の戦いがよく見える。
「確か、3パーティーだったよね」
「ああ、そうだ。連携の取り方からして、空にいる連中で1パーティー。ボス牛の正面にいるのが1パーティー、後ろから攻撃してるのが1パーティーってかんじだな」
「そうだね、魔力の多さとかからして、一番強そうな空のパーティーが☆6かな」
「ああ、そうっぽいな。妖精族2人に猛禽類が3人か。☆6パーティーならそこそこ有名なはずなんだけどな、思い出せねえぜ。正面に構えてるのは、熊オンリーの6人パーティーみたいだな。後ろの7人パーティーはバラエティ豊かだな。犬、狐、豹、モグラ、イタチってところか。まあ、地上部隊は泥まみれでよく分からんな」
「しばらくは見学かな?」
「うん、そうだね~」
18人の合同パーティーはボス牛に全力で攻撃をしていたが、まったく効いている様子が無い。ボス牛は何事も無いかのように、もしゃもしゃと草を食べている。熊パ-ティーは顔に張り付いて攻撃を繰り返しているが、毛皮の部分はおろか、鼻にすらまともにダメージを与えられていないようだ。もう一方の後ろから攻撃しているパーティーは、右後ろ足に攻撃を集中して倒そうとしているようだが、こちらもダメージを与えられている様子がない。空から攻撃をしているパーティーは、動物でもっともダメージを与えやすいであろう目を狙っているが、これも迷惑そうにしているものの、効いている様子はない。
「はあ、他の連中の狩りを邪魔しないってルールはわかるんだがよ、暇だな」
「うん、本当だね。もう飽きちゃった」
「まあまあぴぴもアオイも、よく見てよ。後ろ足組みはともかく、顔に張り付いている2パーティーは、なんか誘導してるかのような攻撃方法だよ。進行先の地面に、あのパーティーが細工したと思う場所があるから、罠を仕掛けてるっぽくない?」
「お、まじか。それは楽しみだぜ」
「それはわかってるけど、それ込みでも倒すのは難しそうだよ」
普段の戦い方的にも待ち伏せが好きなぷうは、罠も大好きだ。そしてアオイは、罠に興味津々だった。実はアオイは罠が発動する瞬間を見た経験がほとんどないのだ。軍隊でももちろん罠は使うが、近衛師団の場合、そういうのは完璧な連携が取れる第1部隊の仕事で、他の部隊は罠発動後の好きに暴れていいよってなってからの参戦だった。そのため、アオイは発動前の罠とか、罠にはまった瞬間なんかは、ほとんど見た事がなかったのだ。
そしてぴぴは、罠にまったく興味が無い。これはぴぴがからめ手を好まないとかそういう問題ではなく、猫達がそういう傾向にあるというだけの話だ。実際猫の狩りの仕方は隠れて近づいて、必殺の間合いから一気に仕留めるというやり方だ。ぴぴもそんな猫っぽい戦い方を得意としているため、罠に興味が無いのだ。罠に興味のあるぷうの方が、猫としては変わり者だった。
そして、ボス牛を罠に誘い込んでいくハンター達を、気長に見ながら待っていると、ついに罠が発動した。
どどど~ん!
「ぶも!?」
激しい爆発音と共に、突然ボス牛の下の地面が抜けた。そして、ボス牛の姿が地面へと吸い込まれた。これには流石のボス牛もびっくりしたようだ。いままでハンター達の攻撃なんか完全に無視して、草をもしゃもしゃしていたボス牛が、初めて声を上げた。
「うおお、落とし穴か。シンプルだが面白いな」
「うん、こういうシンプルな罠って、意外と優秀な罠だよね」
「う~ん 効果は無さそうだよ」
「でもね、意外とシンプルなようで、考え抜かれた罠なんだよ」
「へ~、そうなのか?」
「うん、例えば落とし穴の蓋。普通は獲物の重さで勝手に落ちるタイプが多いんだけど、この落とし穴は万全の体勢で落とし穴にはめるために、ボス牛の重さだけで落ちるんじゃなくて、ボス牛の重さプラス爆発の衝撃で落ちるようにしてあったっぽいね。深さは、ボス牛の全高の2倍くらいあるから、深さも十分。大きい体を4本足で支える関係で、足は丈夫だけど弱点なんだよね。いくらハンターの攻撃が効かなかった強靭な足とはいえ、この穴に落ちれば足にかかる負担は桁違いだよ。しかも、穴の底に巨大な槍を数本設置してあるみたいだから、ボス牛は自分の重量で、防御の弱いお腹に大ダメージを負うっていう作戦だったんだと思うよ」
「おお~、そうなのか、すげえな」
「でも、ぷうも気づいているでしょ。穴の底の槍によるダメージも、落下の足へのダメージも、ほとんどないよ」
「うん・・・・・・、それは、気づいてた。でも、罠としては優秀な使い方だったんだって~」
「ふむ、そうなのか」
「あう、ハピがいれば、絶対そう言ってくれるのに~」
「ハピは罠に関しては実用性云々よりも、ロマンだって言ってなかった?」
「あうう、確かにそうだけど~」
そんな事をのんきに話している間にも、18人パーティーによるボス牛討伐は佳境に入ろうとしていた。落とし穴に落ちて大ダメージを負った予定のボス牛に、落とし穴の上から18人全員参加の全力の攻撃が始まった。
どっかんがらがらぴっしゃ~ん!
周辺に様々な魔法の炸裂音などが鳴り響く。いままでの攻撃はあくまでもボス牛を罠へ誘引するためのもので、ここからが本番のようである。ハンター達の攻撃の威力は、先ほどまでとはぜんぜん違う。魔法攻撃が得意な妖精族や小動物達に負けじと、物理攻撃が得意な熊や豹達も、ボス牛の背中に飛び乗り執拗に攻撃する。なかには猛禽類に空高くへ運んでもらい、そこから急降下攻撃をする猛者までいた。これには流石のボス牛も怒り出す。
「ぶもおおおお!」
苛立ちを隠すことなく、不愉快だといわんばかりの鳴き声を上げる。そして、その巨大な角と共に全身が光ったかと思うと、強烈な電気をボス牛が纏った。そう、ハンター達は落とし穴の下の巨大な槍で腹を刺され、重傷を負ったボス牛に止めを刺そうと一斉攻撃を始めたわけだが、ボス牛はぴぴとぷうが気づいたように、ろくにダメージを負っていなかった。にもかかわらず全力で狭い穴に降り、追撃をしてしまったため、むしろ逃げ場が無い。
そんな状況でボス牛は思いっきりジャンプした。当然逃げ場のないハンター達は、雷を纏ったボス牛のジャンプに巻き込まれる。カリンの見立てでは攻撃力は低めとのことだが、それでも☆6ランクの威力があるとカリンが言っていたのだ。☆5と☆6のハンター達には、大ダメージだった。ボス牛のジャンプに巻き込まれ、ハンター達は宙を舞った。
こんな愚策とも思える作戦になったのにはちょっとした理由があった。カリンはこのボス牛の攻撃力と素早さを、☆6相当と言っていた。だが、それはカリンのフルパワー攻撃を食らって、怒り出してからの話であった。怒る前は、落とし穴に落とす以前のように、そんなすごい攻撃をしてくるわけでも、そんな素早く動くわけでもなかったのだ。そのため、ハンター達は見誤った。カリンが☆6相当と評価したその力を、その素早さを。逆に言えば、この落とし穴作戦は、ボス牛を怒らせる程度には効いたようである。
「ジャンプ一回で、完全に形成逆転って感じだな」
ぴぴ達のほうにも、何人か吹き飛ばされてきた。
「ちょっと助けてくる」
「わたしも」
「ああ、俺も行くぜ」
そして、ぴぴとぷうとアオイは、近くに飛ばされた3人を助けた。すぐさま3人を回復魔法で回復させる。こっちに飛んできたのは、妖精族1人、熊2人だった。
妖精族をはじめ、魔法使い達は穴に入ることなく攻撃していたため、ボス牛の体を纏う雷の影響は受けただろうが、ボス牛の体が直接当たったわけではない。そのため、そこまで重傷でもないようだ。この妖精族も、ボス牛のジャンプの際の風圧で吹き飛んだだけだろう。回復魔法を掛けるとすぐに目を覚ました。ただ、熊の2人は攻撃手段的に穴の中に飛び込み、直接攻撃していたっぽい。雷の怪我も妖精とは比べ物にならないほどひどければ、ジャンプに巻き込まれた時にできたであろう怪我もかなりひどかった。回復魔法でいちおう治ったとはいえ、かなりの重傷だった。すぐには目を覚まさないだろう。
「大丈夫か?」
「うう、あなたは?」
「アオイってもんだ。ランク6のハンターだ」
「う、ここは? 仲間は?」
妖精は飛び起きてアオイを問い詰める。
「ここはお前らの戦ってた場所のすぐそばだ。とりあえずお前と一緒に吹っ飛んできた2人は助けた。一応ルールだから聞くが、介入していいか?」
「すみません、お願いします。お礼は必ずします。どうか仲間を助けて下さい」
泣きながら助けを求める女の子へのアオイの返答はもちろん。
「ああ、まかせとけ。お前は安心して寝てな。というか、変に動くなよ。かえって邪魔になる。ぴぴ、ぷう、怪我人の救助、頼めるか?」
「うん、怪我人は私とぷうでなんとかするから、アオイは思う存分ボス牛と遊んできなよ」
「うん、まかせといて」
「へへ、さんきゅー」
こうしてアオイはボス牛狩りに、ぴぴとぷうは人命救助に向かうのだった。




