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三門戻り橋 魔封じの銀鈴  作者: のすけ
22/22

十六夜月は微笑んで

 翌日学校から戻った清悠と、ボクは清柾さんの離れを訪ねた。

「おやこれは、二人揃って密談に来たね」

 と笑顔で言う清柾さん。

「お爺さん、もしかして聞きましたか」

「ああ、豊滝がまた夢枕に現れてねえ。安野さん、これでやっと家に戻れますね」

「はい、ありがとうございます」

 清悠から豊滝の頼みのことを聞くと、

「豊滝はもう千二百年あまりも、この家を守ってくれているのです。礼を尽くして執り行いましょう。夢でそう約束しました」と清柾さんは請け合ってくれた。

「いいお酒とお餅を少々、それに炒った栗と甘い柿が特に好物だから供えるように、と言われました」

「それって豊滝のリクエスト?」

「そうだよ」と清悠。

 魂なのに食いしん坊だなあ、豊滝。ちょっと誰かさんに似てるね。

 でも、いいお酒って。

 正道と同い年くらいにしか見えないけど、豊滝って幾つなのかなあ。

「四十歳位で亡くなったらしいが。現れる時は、今の清悠と同じ数え十五の姿だねえ」と清柾さん。

「え、じゃあ同い年……」

 大人っぽい、すごく。あの床ドンの夜の光景が頭をよぎって、ボクはブンブン首を振った。

 それからボクは清柾さんに、これまでのお礼とお別れを伝えた。

「これまで優しくしていただいて、ここの生活のことも色々教えていただいて、ありがとうございました。私は本当に、このことを一生忘れません」

「一香さん、もう一人孫ができたようで私も楽しかった。元に戻ってからも、ぜひ遊びに来てください」

「本当はご家族皆さんにお礼が言いたかったんですけど。それは無理で、ごめんなさい」ボクが清柾さんに頭を下げた時だった。

「無理ではないぞ、安野一香」

 あれ、この声。それにまた、あのドキドキさせる妖しの香りが漂う。

 湧き上がる白い煙が人型となり、ボクたちの前に三門豊滝の魂が現れた。

「わわっ、豊滝さんっ」

 驚くボク、ニコニコしている清柾さん。清悠は胸を押さえて呼吸を整えている。突然、霊に体を通り抜けられると、どうしても気持ちが悪いんだよね。

「よう清柾、清悠。おい一香、素っ頓狂な顔をして、お前を驚かすと面白いな」

「ひどい。それにこれ、ボクの顔じゃないし」

「ハハハ、そう変わらん。一香。お前、女子(おなご)にしては嫉妬羨望にとらわれず、心(なお)く、義理を心得ている。俺は気に入ったぞ」

 腕組みした豊滝は口角を上げてボクに言った。

「一香さん、豊滝があなたを褒めていますよ」と清柾さんが言う。

 え、そうなの。褒められ感、あまりないけど。

「正道の魂が宿るお前をこの場に導いたのは俺だ。だから、お前の力になろう」

 一応これまでのことに責任を感じてる、ってことかな。

 それにしては、すごーく偉そうだけどー。

「それは嬉しいけれど、どうするの」

「夢を使う。お前がここを立ち去る夜に、家族皆に同じ夢を見せてやろう。織戸正道はめでたくこの家を去ることになり、別れの宴を開いて見送った、という夢だ」

「そうか」「名案です」清悠と清柾さんが同意の声をあげた。それならハッピーな感じ。

「ふん、だろう。俺がやれば、清悠が術を使う必要もない」

 もう、ほんとに上からだねっ。

 でも良かった。ボクにとっても清悠にとっても嬉しい。

 怖い時はすごく怖い人なのに、ボクの小さな気がかりを解決しに来てくれたなんて。

「豊滝さん、ありがとうございます」とボクは頭を下げた。

「ではな」それだけ言うと、豊滝はまた煙のように消えた。

 優しいんだな、豊滝って。

 と思ったらボクは突然、清悠の手に両頬をつかまれヒョットコ顔にされた。

「やっ、もう清悠っ」攻撃する清悠と目が合った。

 でもその目が一瞬だけ妖艶な光を帯び、意地悪でいたずらな笑みに変わってふっと消えると、困り顔の清悠が手を離した。

「ちがっ、今のは俺じゃないから」

 ボクも気づいた。消えるついでの通りすがりに、豊滝がボクと清悠をからかっていったんだ。

 見ていた清柾さんは、それがツボに入ったみたいで笑いが止まらなかった。



 豊滝との約束の夜が更けて。

 住み慣れた縁側の部屋を整頓し、布団をたたんで着替えも済ませたボクはその時を待った。

 午前二時、足音を忍ばせ清悠が来た。「行こう、安野」

 そうして三門戻り橋までボクらは並んで走った。

 けど橋の中に飛び込む直前で、清悠が立ち止まった。

「そうだ。安野、手を貸して。あのまじない、俺が切ってしまったから、ごめん。今だけ、手つないで。はぐれないように」

 小声でそう言うと、手をさし出した。

 最後の闘いの前に言い合いになり、その時清悠は二人の右の小指に光る青い糸の呪を断ち切ったんだ。

「はい」ボクは素直にその手を取った。

 清悠と手をつないで、橋の向こうに暗く渦巻く空間を渡り、別の場所へ向かった。

 出たところはまたボクの全然知らない場所で、明かりもなく寂しい森の中だ。

 枯れて倒れた木や大きな石がゴロゴロとある。

「ずいぶん(さび)れてるなあ。でも、ここはかつて都があった場所の鬼門の方角だよ」と清悠。

「着いたな。一香、通るから気をしっかり持てよ」

 頭の中で正道の声が聞こえて、ボクはちょっとフラッとしたけど、持ち堪えた。

 気がつくと、半透明にほの明るく見える正道と豊滝の魂が現れていた。

 今夜の豊滝は烏帽子に白装束の袴姿で、手に大幣(おおぬさ)を持っている。

「絶えぬ栄華の追求が、歴史ある都も人の絆も破壊する。それが結界を衰退させ、妖魔が付け入る隙となる」と豊滝が言うと、

「噂の流布に踊らされ、人を羨み攻撃し。知らぬが幸福ということもあるものよ」と正道が応えた。

「いつの世も変わらぬなあ」「ああ、変わらぬよ」と二人は言い交わした。

 持ってきた供え物を並べると、豊滝が「では、一度鈴を振ってくれ」と清悠に言った。

 リーン。

 あの清涼な音色とともに、清悠の魔封鈴が空気を震わせた。豊滝が祝詞をあげ始めて、正道とボクたちはお祈りをした。

 神様、私たちが住まうこの大地をどうか末長くお護りください。

 途中で、あたりが急に明るくなった気がしてボクは顔を上げた。

 豊滝の祝詞が金色の雨になって降り注ぐ。

 その下に、人に似た姿や鳥や動物の姿、白く輝く大小の数えきれない何ものかが集まっていた。

 あたりを歩き回ったり飛び跳ねたり踊ったりしながら、音もなく笑いさざめいている。

 やがて全ての姿が手を取り合って、眩しい一本の長い鎖となり、それはどこまでもどこまでも、視界の果てに見えなくなるまで続いていた。

 美しく幸せに満ちたその姿に見とれていたら、祝詞は終わった。

 パッと明かりが消えたように、再びあたりが闇に包まれる。

「これでよし。整った」と豊滝。

「正道さん、さっき見えた綺麗なのって何」

「見たか一香。八百万の神が手を携え、それが結界となるのだ」

 そうか、ボクはしめ縄とか御神木とか、いかつい感じで考えていたけど。

「美しいな。あれが護りの力の本体なのか」清悠もすごく感動したみたい。

 豊滝は、しばらくの間、ただ黙って微笑んでいた。

 でも、一つ伸びをすると「さあ正道。今宵こそ、ともに黄泉路を渡ろう」と言った。

「やれやれ、(せわ)しいヤツめ」正道が苦笑いする。

「清悠、妖魔を封じた手帳があるな。それは今宵限り俺が預かる、黄泉への手土産だ」

 清悠は、あの黒い表紙の和綴じの手帳を取り出すと豊滝に渡した。

「お返しします。それと、これもあなたから預かったものです」と、青い根付けの鈴を差し出した。

「それはお前の護りとして授ける。持っていろ」豊滝は清悠に言って、ボクに視線を流し「一香の持つ、俺を祓った魔封鈴(まふうれい)夫婦(めおと)のようだしな」と笑った。

「また、からかわないで下さい」と清悠は顔をしかめた。

「次は正道。さあ、来てくれ。これもお役御免だ」

 豊滝は正道に向かって右手を挙げた。正道も。

 二人の右手の小指には、細い繋がる金色の糸が光っている。

 豊滝は小さく呪文を唱えると手で刀を作り、正道との間に結んだその糸をはらりと断ち切った。

「長かったな。でも俺は、こうしてともに旅立てることが嬉しいよ」

 正道は豊滝の肩に手を置いた。

「俺もこれで報われた。またお前に会えたのだから。もう、思い残すこともない」

 豊滝も正道の背に手を回し、二人の平安人は微笑みあった。初めて目にする穏やかな豊滝の表情。

「ではな清悠、一香。達者で暮らせ。恐れることなく、人を愛せよ」

 正道がそう言って、二人の魂は煙のように儚く消え去った。


 清悠と()()()は、静まり返った夜の森に残された。

「あ、戻った。戻ってる」

「本当だ。戻ってるよ安野、良かったな。もう大丈夫」

「ありがとう清悠。嬉しいよー」

「俺たちも帰ろうな。ここから安野の家の前に出るよ。家に帰れるんだよ」

「え、戻り橋のところには行かないの」

「ああ、これで三門戻り橋ももう必要ない。今日限りでお役御免だ」

 じゃあもう、清悠とあの橋を抜けることは二度とないんだ。

 魔封鈴に呼ばれて初めて戻り橋を越え、未知の場所へ向かった日。一緒に妖魔と闘った日。

 そして清悠と暮らした日々。

 心細かった時に勇気付けられた記憶が蘇って、涙が出てきた。

 元に戻れた、帰れる、それはすごく嬉しい。でも。

 縁側から降りて、庭で見た綺麗な土星。

 急にすごく寂しくなって、涙をぬぐいながら小さくため息がでた。

 わたしは、今はっきりと自分の心を知った。

 離れたくないんだ、清悠と。

 そう思った時清悠が言った。

「落ち着いたか。やっと帰れるし、安心したの」

「うん、ごめん。今まで本当にありがとう清悠。あ、清悠って呼ぶの、癖になっちゃったね」

「いや、……そのままでいい。俺の方こそ、正道って呼んじゃったらごめん」

 二人顔を見合わせて笑い合う。

 ずっと笑っていたいのに、また寂しくなってくる。

「安野、これまで楽しかった。随分助けてもらったしな。俺も、ありがとう」

「楽しかったね。やっと元に戻れたのに、帰るのがすごく寂しいの。これでさよなら、なんだね」

「そうだね。でもそれなら、さよならじゃなくて、おやすみ、にすればいいだろ」

 目をそらし、落ち着かない様子の清悠。

 おやすみ、か。

 それならわたしも言えそう。

「あのさ安野。俺、やっぱり今、言いたいことがある。だから聞いて」

「うん」

「安野、俺はお前のことが好きになった。もう一緒にいられないのが、寂しい」

 顔を上げた清悠が、そう言った。

 月明かりが頬に睫毛の影を落として。

 思い出すよ。その影は、豊滝に床ドンされて声を失ったあの夜、ほぼゼロ距離で見たのと、同じ。

 ドキドキするよ、清悠に。

「清悠……わたしも、好きだよ」

「本当か。嬉しい、すごく」清悠が少し照れたように右手を出した。

「え、また何かのおまじない」

「そうじゃない、けど指切りして。今夜離れても、心は一緒だから。その証しがほしい」

「証し、わたしもほしい」

 清悠と、また指切りした。絡んだ指に鼓動はおさまらなくて、新しい想いの糸が確かに結ばれた気がする。

 それは何色なんだろう。

 十六夜月が高く微笑んでいた。


 完

十六夜月は「ためらう月」。

ためらいながらも近づく二人を描きたかったのです。

百合展開からのBL臭もしますが、人を愛する気持ちに垣根はない、と考えてこうなりました。


※ なお本作は神社や神道について詳しく述べたいという主旨のものではありませぬ。あしからずご了承ください。




<参考文献>

カラー版 イチから知りたい!神道の本 三橋 健 西東社 2017

別冊サンガジャパン4 死と輪廻 仏教から死を見つめ直す 株式会社サンガ 2018

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