縁台の十三夜
それから数日後の、よく晴れた深夜。
今、ボクは清悠と一緒に、天体望遠鏡を据えた二階の縁台に居る。
前に約束した通り、十三夜の月とその後のオリオン座流星群のピークを観察するのだ。
さすがにもう夜は冷えるから二人ともちゃんと着込んで、お菓子と保温ボトルに温かい焙じ茶を用意している。
雲はなくて、望遠鏡なしでも今夜の月はくっきりと、それは綺麗に見えた。
そして流星が見えやすくなる頃まで、真夜中のお茶会をしながらボクたちは、ひっそりと大事な話をしていた。
「今朝がた豊滝が、俺の夢で話しかけてきたんだ」
「なんて」
「三日後の夜中に、いよいよ結界を結び直しに行くって。正道も一緒に。だからまた安野も一緒に来てほしいんだ」
「それならボクも夢で正道に聞いたから大丈夫。それまでに準備しておくこと、何かあるかな」
「いや、特には。場所も豊滝が導くって。でも、それが終わったら、豊滝と正道は黄泉に旅立つそうだ。そう言ってた」
「黄泉ってあの世のことだよね。豊滝、それで本当にいいんだね」
「ああ、もう二人で決めたみたいだよ。結界を直して、そのまま行くって。やけにサバサバしてた」
「今度こそ正道と一緒だからかな。でも随分あっさり行っちゃうんだね」
「だな。その後からでも、うちの爺さんに頼んで ちゃんと送ってくれって言ってた。豊滝はうちの偉いご先祖で、守り神になってもらう人だし、正道も大事な親友だからね」
「そうか、清柾さんにお祈りして欲しいんだね。清柾さん、最初に豊滝から清悠のことを聞いたんだもんね」
「うん。豊滝は、うちの爺さんのことが好きで信頼しているみたいなんだ」
清柾さんは、まだ清悠が生まれる前に夢で豊滝に会っている。
孫が数え十三で陰陽師三門豊滝の生まれ変わりとして目覚め、妖魔退治を始めることを豊滝本人から告げられていた人だった。
「ボクね、夢で正道さんに会って色々なことを聞いたんだ」
「へえ、それはどんなこと」
「正道さんて、ボクの遠いご先祖にあたるみたい。でも直接の繋がりじゃなく、分家した親族だって言ってた」
「え、そうなの」
「うん。びっくりでしょ。正道さん、婚約者とは結婚できなかったし、お兄さんも早くに病気で亡くなったから、家を継ぐ人が居なくなって織戸の本家はもうないんだって」
「そうか。辛い話だな」
「辛いよね。直接繋がる子孫がいないし、生まれ変わるタイミングも豊滝とはずうっと別で、寂しいこともあったって」
「それは寂しいこともあった、どころじゃないよな」
「うん。ボクもそう思ったよ。でも、世の中の色んなことを見られたからいいって言うの。それと、緑園の姫様って、ボクの友達のユイにすごくそっくりだったって」
「正道の婚約者が倉見に?」
「そう。だから初めてユイを見た時にポーッとなって、それからずっと気に入ってるんだって」
清悠は微笑んだ。
「へえ、正道が倉見のことを。そうだったの」
清悠はきっと、正道がここでユイに出会った時に一目惚れしたと思ったろう。
でも、実はそうじゃない。
夢で正道はボクにこう言った。
「それはもう四年あまり前に遡る。俺がこうして現れる前から、お前の身の内で見つめてきた。俺はあの娘を見れば懐かしく、死に別れた許嫁を想った」
「正道さん……」
「結婚は互いの親が定めたことではあったが、実のところ密かに想い合う間柄だったからな」
「フフ、それって両想いってことでしょ。幸せな結婚になるはずだったんだね」
正道さん、好き同士だった人と結ばれる予定だったなんて。
そうなっていたら、何て素敵だっただろう。
なのに、そうなれずに終わってしまったんだ。
「今度は幸せになって欲しいなあ」
「どうかな。だが、一香に謝りたいことがある」
「何を謝るの」
正道さんは思いがけないことをボクに言った。
「この通り、俺とお前の魂は重なっている。だから一香、お前までも結菜に強く惹かれたことだろう」
「え、正道さん……」
言い当てられてボクは口ごもった。
「俺が結菜を想う気持ちに、お前の魂が引きずられ、俺と一緒に恋に落ちていたのだよ。さぞや苦しい日々だったろう」
ボクの初恋の人はユイ。
だから、ボクの心は男の子なんだ。
そしてこの四年間の恋は、誰にも打ち明けられないものだった。
「俺が去ればきっとお前の心も軽くなる。四年もの間、お前に苦しい恋をさせて、誠にすまなかった」
「正道さんのせい、だけじゃないよ。ボク、やっぱりユイが好きだったんだよ」
ボクは正道さんの前でちょっと泣いた。
人に言えない片想い、そう思い続けた日々が緩やかにほどけた。
「一香が俺になり変わって、結菜に想いを告げた時は、心から嬉しかったぞ」
正道さんは晴れやかに笑った。
「振られちゃったけど、ね」
ボクの気持ちも晴れていく。
そう言えばユイも、清悠に振られて、正道であるボクの前で泣いてたっけ。
「それできっと良かったのだ。俺にしてもあの娘は結菜であって、許嫁の生まれ変わりではないのだから」
「似ているけど、生まれ変わりじゃないの」
「ああ。俺と豊滝のこの姿も、千年以上も前に豊滝が施した術の力で保っている。本来、魂は俺たちのようにいつまでも姿形を留めるものではない」
「今、すごいこと聞いちゃった」
「ハハハ、喋りすぎたな。一香よ、人の命は短い。だから再び、女子に戻れたならば恐れることなく、また人を愛せよ」
そう正道さんは言った。
ボクと正道さんの四年間の恋と、失恋。
この恋バナは豊滝と、情緒に疎いマン清悠の二人には秘密にしておく。
二人の平安人の魂との別れの日まで、あと三日。
「三日後か。十六夜月の日だ」
ふと清悠が言った。
「十六夜月、素敵な響きだね。その日にボク、元に戻れるのかな」
「俺はきっとそうなると思う」
「ねえ、夜中に元の姿になってから、どうしたらいいの」
だってもう、ここへは帰れない、よね。
そう言うと清悠はちょっと考えて、
「安野を家に送るよ。そして、家にいる俺の式を呼び出して、そのまま入れ替わればいい」と言った。
「清悠の家族に、お礼も言えないよね」
ボクは正道、だから一香に戻ってお礼はできない。
「気にするな。それに父さん、母さんには正道のこと、忘れてもらわなきゃならない。でも、うちの爺さんにだけは本当のことを話せるよ」
こんなに、もう一ヶ月以上もお世話になっているのに。それはどうにもできないのかな。
皆さんにちゃんとお礼ができないなんて寂しい。
それに清悠は、またあの鈴を使って催眠術をかけるの。
いつも大切に思っている家族に。
清悠にそんな事、させたくないな。
何か方法はないかな、と思っても何も浮かばなくて。
「じゃあ清柾さんには、ご挨拶するね」とボクは言った。
「ああ、豊滝のこと、お願いするから明日にでも話しに行こう」
オリオン座流星群のピーク時間帯が来た。
ボクと清悠は望遠鏡をのぞいてみたり、あまたの星が瞬く夜空に目を凝らして、流星を探した。
「あっ、今」
「うん。見えたな」
一つ発見。
白く、ちょっと地味な流星の尾も見えた。
流れ星、なかなか簡単には現れてくれない。そして、よぎる光に願いをかける暇さえなく。
清悠とこんな事するのも、もうこれが最後、だよね。
だいたいクラスの男子と同居してるなんて事自体、あり得ないんだからさ。
ボクが男の子の正道になったからこそ、ここでお世話になって、こんな風に仲良く暮らして。
清悠の知らない面も見れた。
クラスの女子の間では、頭が良くて塩顔クールなイケメンとか言われてる清悠。
でも、ボクがここで見たのは、おじいちゃん子で、家族を大事にしてて、ちょっと渋い日常を過ごす不思議ちゃん。
そうそう、清悠は神楽の為に龍笛という笛も稽古していて、演奏できるんだよね。
これまでのあれこれを思い出すと、なんだか時間の経つのが惜しい。
「あ、また今見えたね」
「ボクは見逃した」
ボクらが日々一喜一憂する間にも、どこかで星が流れてる。
偶然が呼んだ、この縁側や縁台のある古風な家での日常が、もうじき終わるんだ。




