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星空の向こう  作者: RION


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第四話

九月

夏休みが終わり、今日は始業式だ。

教室の窓から差し込む日差しは、まだ夏の名残を残していた。

廊下を走る生徒、久しぶりに会う友人とし合う近況報告の声、そんな騒がしさが学校中に溢れていた。

「澪、夏休みどうだった?」

「んー。星、見てた」

自分の席で鞄の整理をしていた私も例外ではなかったようで、隣の席の友人に声を掛けられた。

「やっぱりね!私は部活三昧よ」

そう言った友人は、夏休み前に比べてこんがりと焼けているのがすぐ分かった。

「そういえばさ、人気者の三年の先輩いるじゃん?また休みらしいよ」

「…そうなんだ」

「黒瀬先輩でしょ?噂だと休学したって話だよ〜ん」

後ろから話に加わってきたのは、ゴシップネタが大好きな友人だった。

「なんか前から休みがちだったよね?人気ある人なのにもったいなーい」

「そう、だね」

それだけ答えて私は教科書を机の中に入れた。

それ以上は何も言わなかった。

彼女たちは知らないから。

病気のことも。

アメリカでの手術のことも。

いつ戻ってくるのかも分からないことも。


私が屋上で先輩と会っていたことも。

星の話をしたことも。

誰にも言っていない。

友達も知らない。

天文学部の部員だって知らない。

知っているのは、部長だけ。

だから学校では、何も変わらない。

私はいつも通り、ただの星好きな、高校一年生だけ。


放課後、天文学部の活動が始まる。

幽霊部員の多いこの部活で、まともに活動しているのは、部長と三年の高梨星奈先輩と私の三人だけだ。

「今日、金星見えるかな?」

「まだ明るいから厳しいんじゃないか?」

「じゃあ、今日は月かな?」

部長達が望遠鏡を準備する。

私は星図を広げながら、窓の外を見た。

夏の空から、少しずつ秋の空へと変わってきていて、陽が落ちるのもほんの少し早くなっていた。

「最近、日が落ちるのも早くなりましたよね」

「もう秋だしな」

「秋…、秋の大四辺形」

秋といえば、アンドロメダ座の2等星・アルフェラッツとペガスス座の3つを結んでできる秋の大四辺形が有名だなぁ。

「……あいつも、言いそうだな」

私の耳が拾ったのは部長の小さな声だった。

私は思わず顔を上げるが、それ以上部長が何か言うことはなかった。

私はただ黙って星図へと視線を戻す。

何気ない星の話をするだけで、先輩のことがチラつく。まるでそこに先輩がいるかのように。

部長も、そうだったのかもしれない。


学校が始まってしばらくすると、文化祭の準備で忙しくなった。

「ねぇ、文化祭はどうするの?」

友人に聞かれ、私は即答する。

「天文学部で星の展示」

「やっぱりね、この星オタク」

友人は答えなど分かりきっていたようで、呆れたように笑った。

「ほんとに好きなんだね」

「うん、大好き」

そう答えると、友人は楽しそうに笑った。

「文化祭の日、絶対見にいくわ」

「楽しみにしてて」

そんな会話をしながら、私は写真を机に広げる。展示に使う写真を選ぶ為だ。

季節の星座ごとに分別し、より綺麗に写っているものだけにする。

「え、この写真すっごく綺麗」

友人が手に取ったのは、冬の星座の写真だった。

「冬の星座だね」

「これ知ってる。オリオン座だっけ?三つ並んでるやつ」

「ふふ、そうだね」

友人の言い方に思わず笑ってしまった。

「冬の星座ってこんなに見えるんだね」

「冬は空気が澄んでて、綺麗に見えるんだよ」

ああ、あの人もそう言って笑っていたな。

私は写真から目を離した。

冬は、まだ遠い。


十月

文化祭も成功を納め、十月になると朝晩が少し寒くなってきた。

リビングへ向かえば、食卓に温かいスープを叔母が用意してくれる。

「最近、朝寒いわよね」

「そうだね」

一口スープを飲む。じんわりと体が温まっていく。

「日が落ちるのも早くなってきたから、帰りは気をつけなさい」

そう言ったのは新聞を広げる叔父だ。

「はーい」

なんでもない、いつも通りの朝だった。


十一月

十一月になり、天文学部では冬の観測についての話になった。

「ふたご座流星群、今年はかなり条件いいらしいぞ」

部長はそう言った。

「そうなの?」

「あぁ、月明かりも少ないし」

高梨先輩が広げてくれた星図を覗き込む。

「…綺麗に、見えますかね」

「たぶんな」

私の小さく呟いた声を、部長は拾ってくれた。

その日の帰り、部室を出た私は屋上へ続く階段へと向かった。

夏休みが終わるまでは毎日のように屋上へ行っていた。

何も知らずに、ただ先輩がいるかもしれないと思って。今は部活で用のある時にしか、行かない。

行っても、いないことを確認するだけだから。

それでも、ここまで足を運んでしまう。

私は小さく息を吐き、階段から目を逸らす。

「…私は、待ってますよ」

誰にも聞こえないくらいの、小さな声が廊下に落ちた。


十二月

一段と寒くなり、起床時に布団から出るのが嫌になる時期がやってきた。

部屋の中でも、吐いた息が白い。窓を少しだけ開けると、冷たい空気が頬に触れる。

まだ薄暗い空には、星が残っていた。しばらくの間、眺めていた。


「寒いっ!」

早めに登校し教室で一時限目の準備をしていると、友人が手を擦りながら走ってくる。

「手袋くらいしなよ」

「忘れた」

「風邪ひくよ」

「平気平気!子どもは風の子って言うじゃん」

「まったくも〜」

いつも通りの会話。

授業を受けて、昼休みには友人と楽しく話をして、部活に行って、帰ったら叔母のご飯を叔父と三人で食べる。

そんな普通の日々の繰り返し。

ただ、その中に先輩はいない。

私は毎日、空を見上げる。

まだ時間は早いが日が沈み、冬の星座が見え始めていた。

あの一番明るく見えるのは、シリウス(おおいぬ座)か。時間が遅ければ、冬の大三角が綺麗に見れただろうな。

冬の星座は一番好きだ。先輩も好きだと言った星座。

シリウス(おおいぬ座)、ペテルギウス(オリオン座)、プロキオン(こいぬ座)からできている冬の大三角。

そして、ふたご座流星群。

約束の日まで、あと少し。


部活の観測の為、屋上へと上がった。

部活としての流星群の観測は、ピーク予想の前日となった。

「天城、今日の観測は俺と高梨がやるから帰っていいぞ」

そう言い出した部長に、手に持っていた記録用紙を落としてしまう。

「え、でも…」

「部活最後の観測になると思うのよ。三年に任せてくれるかしら?」

高梨先輩にまで言われてしまうと、引き下がるしかない。

「…分かりました」

「君は明日、来るんだろ?」

部長の真剣な目が私を射抜く。

「…もちろんです」

部長に頷き、落とした記録用紙をまとめ手渡す。

観測を前日にしたのも部長なりの優しさだったのかもしれない。

私はこの日の観測を、部長達に任せて屋上を後にした。


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