閑話 自由の大陸ハーキュリア
「さてと……」
賑やかな船だった。王女の意向もあるのだろう。あの船では皆が平等で、皆が一つの家族の様に接してくれた。考えられるか? この私をだ。
「ククク……名残り惜しいかね?」
航海士のヴォーテが私に話しかける。
「全然。あんなもの全部見せかけさ。私の正体がバレたらみんな逃げていく。それに―」
最悪の奴隷国家ミーノス王国。
全ての牛が人間の王に奴隷の様にこき使われる国家だ。私たちの安全の保証などありはしない。
「優しいのは人間だけにだろ?」
そんな所に一秒だっていたくはない。
目の前ではトンボが飛んでいる。オリアナのトンボもハーキュリアのトンボも変わらない、違うのはそれを眺める種族だけだ。
「……アンタこそよっぽど人間の真似が巧かったじゃないか」
「ククク……白銀のブランカさんに褒めて頂けるとは光栄です……これがハーキュリアのトンボ、中々に美味ですな」
「おい。人前でその長い舌を出すのはよせ。バレたら面倒だ」
「ブランカさん、バレたからなんだと言うのです。ここは魔物の大陸ハーキュリア。少なくともこの大陸には、魔物と言うだけで私達を殺そうとする者など誰もいません。オリアナとは違うのです」
そう、人間の大陸オリアナに魔物は殆どいない。
昔は沢山いたらしい。
でも、長い時間を掛けて少しずつ数を減らしていった。今ではほんの少しの奴らが隠れて暮らしているだけ。
私たちも同じ。そこにいれば、それだけで駆除の対象になる。
だから乗った。
ハーキュリア行きのこの船に。
人間のふりをして。
「で、依頼主は?」
「ここから北に。『最悪の魔物』も既にこの大陸で待っています。暫く歩きますが平気ですか?」
「徒歩は慣れてる。馬車になんか乗った事はないからね。でも私たちはいいとして―」
もう一人。身体程の荷物を抱えた大男。人間の真似が出来ないこいつはフードを被りその全身を隠している。
「ゴードン、あんたはその荷物じゃ大変じゃないのかい?」
「……問題ない」
こいつはボイラー室でずっと石炭を焚べる仕事をしていた。その身を隠す為に食堂にも出ずに、ずっと高温のボイラー室に籠りっきり。私が食事を運んだお陰で他の奴にはバレなかった。なのに感謝の一つも言わない。
イラついたヴォーテが捲し立てる。
「オイ、グズグズするな、ウスノロ!」
「フン……人殺しどもが」
ご挨拶だね。躾がなっちゃいない。だから私はとびきりの笑顔でゴードンに囁く。
「そうね、私たちは人殺し。そしてアンタもその仲間さ。じきに慣れる。仲良く行こう」
「……フン」
カタブツめ。
「だからその荷物をみせな。足手纏いはごめんだよ?」
暫く推し黙った後、観念した様に背中の荷物を拡げる。
そこには予想外のものがあった。
「……知らなかった。こんなモノを船に乗せてたのかい。ヴォーテ、アンタは?」
「ククク……生憎ボイラー室には行く機会が有りませんでしたので」
「……足手纏いにはならない。俺は約束の物を手に入れる為ならばなんでもする」
クソが。どいつもこいつもクソッタレだ。
「遅れそうになったら置いていく。アンタの目的も叶わない。ゴードン、それでいいね?」
「ああ、それで充分だ」
ならばいい。
「それにしても、シャオエン、人間の足を持った人魚。彼女も仲間にした方が良かったので?」
「それとなく声を掛けたけどね―」
実は彼女がスパゲッティに四苦八苦している時に手を掛けようとした。秘密を話した以上そのままにする訳にもいかないから。
でもやめた。アレは違う。人間でも魔物でもない。
私に制御出来ない。
彼女の首にナイフを突きつけようとした時に恐ろしい悪寒がしたのだ。
あの姫様の時と同じ様に。
恐らくはあの『最悪の魔物』でしか対処出来ないだろう。
「私の直感がやめておけって」
「ククク……貴女の直感は当たりますからな。では行きましょう。私たちの自由の為に」
まあいいさ。人間ども、依頼が終われば晴れて自由だ。
全部奪ってやる。全部取り返してやる。
私たちがかつて奪われたものをこの手に。
ここは魔物の大陸ハーキュリア。
いつか、人間を一人残らず追い出してやる。




