牛の国② 食堂の女
その夜。船の中の食堂でささやかな食事会が開かれる。
長い航海を終え明日には大陸に着く、その慰労会だ。サンフラワーはもうスヤスヤ眠っている。お子様め。
「うえーん! 怖かったよう!」
「シャオエン、恩にきる!」
「お陰で冥土に行かずに済んだのじゃ」
乗組員達から何度もお礼を言われもみくちゃにされる。
『英雄の海峡』を抜けて二週間、都合三人の人魚を追い払った。
しかし思ったより自由だなあいつら。みんな大きな魚を狩りにでも行くつもりで船を襲ってくる。
だから私はあいつらの法で答える。狩る覚悟があるのなら同時に狩られる覚悟もなければいけない。
「シャオエン、あなた強いのね、感心しちゃう!」
この船の食堂の女が料理を手にやって来た。女性の少ない船内に於いて船員の人気を独り占めにする彼女。気安い態度で私に話しかけてくる。
「折角仲良くなれたのに明日でお別れなんて残念だわ。はい、大盛りのスパゲッティ」
スパゲッティ。細長く伸ばした小麦粉を茹で、トマトと具材のソースを載せたもの。
私はそれにフォークを突き刺しグルグル回す。
「次の船が出ればまた私も乗る。その時にまた会えるだろ?」
程よく麺が取れると思ったが、フォークはどこまでも麺を絡めていく。
「私は今回限り。船を降りたら仲間たちと北の方へ向かうわ。私はこの自由の大陸ハーキュリアで生きていくの」
フォークに絡めた麺の塊はどんどん巨大になる。なんて事だ。
「ねえ、良かったらアナタも私たちと一緒に北へ行かない? あなた『訳あり』でしょ? 私たちとなら自由に生きていけるわ。どう? 悪い話じゃないと思う」
困った。流石の私でも、これを一口では食べられない。
「……なあ、このスパゲッティはどこからが始まりでどこが終わりだ?」
重いフォークを持ち上げれば、そこには全ての麺が絡め取られた丸い塊。
彼女は目をぱちくりさせている。これがそんなに驚く事だろうか。そして気を取り直した様にフフッと微笑む。
「……麺がちゃんと切れてないわね。ちょっと貸しなさい」
一度スパゲッティを皿に戻し、彼女が手早くナイフを動かせば、スパゲッティは一口大に切り分けられる。まさに神技だ。
そしてとどめとばかりにスパゲッティに粉のチーズを振りかけてくれる。
「はい、召しあがれ」
「ありがとう、お前のお陰で美味しくご飯が食べられる。そう言えば、さっき私に話しかけなかったか?」
私は程よく切り分けられたスパゲッティを口に運ぶ。トマトとチーズ、そして麺の絶妙なバランスがたまらない。
「……ううん、大した用じゃないわ」
「うん。本当に美味しい。料理とは凄いな」
「どういたしまして。私の名前はブランカ。それじゃ、縁が有ればまた会いましょう」
そう言うと彼女は厨房の中に消えていった。
しかしこのトマトのソースは本当に美味しい。いくらあってもいい位だ。半分程食べた後、私は更に備え付けの赤いソースをたっぷり振り掛ける。
そして一口、私は悲鳴をあげた。
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翌朝、船の中は慌ただしく動いている。港に着けば荷運びは現地の牛獣人達の仕事らしい。
今はその為の整理だ。
「おはよう、シャオエン」
サンフラワーとその一行がやってくる。
皆荷物をまとめ、あとは降りるばかりといった装いだ。
「昨日は大変な目に遭った。あれは恐ろしい」
「うん、昨日の人魚、とても大きかったもんね」
「違う! このトマトの振りをした赤い悪魔だ! お陰で私のご飯は台無しだ!」
私は赤い悪魔の入った瓶をサンフラワーに見せつける。何故こんなものが地上に存在するのか、これでは美味しくご飯が食べられない。
「あー……シャオエンは辛いのは苦手かー。少しなら美味しいんだけどねー」
「サン様ー、俺も辛いのだめー」
「キュー」
どうやらこれは少量なら味に刺激を与えるものらしい。サンフラワーの隣にいたシゲミが私からその瓶を手に取る。
「ヴァー!」
そして大きく口を開け、瓶の中身を全て口の中に流し込む。まるで「俺はそんなの平気だぜ」と言わんばかりに。
「ヴァ……」
全然平気ではなかった。ヨタヨタと歩き、お腹を抑えてうずくまる。何故飲んだ。
そんなことをしていると遠くに陸地が見えてくる。この船旅もおしまいだ。
「みんなー、長旅お疲れ様ー。もうすぐ着くよ、私の故郷、ハーキュリアに」
やがて港が近づくと、そこは一面褐色の人だかり。いや、正確には人間ではない。
牛。牛。牛。
溢れんばかりの牛獣人達がこの船を出迎えている。
「みんなー! ただいまー!」
サンフラワーが大きく声を掛ける。
「「「お嬢ー!」」」
牛獣人達からの歓声が返ってきた。その歓声はいつまでも止む事はなく私たちに降り注いだ。
獣人の大陸ハーキュリア。大小三十三の国々に分かれ、その国々は互いに手を繋ぎ一つの大国として世界に君臨する。
ハーキュリア連合国。
私たちはその大陸に足を踏み入れる。




