第6話 「始まりの唄人魚」と「誰でもない唄人魚」① 吹雪の人魚
なんとなく、いつもの日常はいつものままでいる気がした。
みんなそうだろう?今日がいい日なら明日もいい日だと。
だがそんなものは一瞬で崩れさるんだ。なんの予感も無しに。
「キュー」
ロウゼキが器用におにぎりを握っている。
今日の朝食はみんなでおにぎりだ。
先日が塩だけだったので、今日はいろんな具を試す事にした。オータの故郷では海草などを具材にしていたらしいが、馴染みのない食材との事で肉や魚がメインだ。まあ、私は海草でも全然構わないのだが。
「俺ねー、ハム入れたの沢山握るよ!」
フェンが毛まみれのおにぎりを作っていく。
「うん、フェンは自分で握ったやつは自分で食べてねー」
当然だ。さすがに私もあれは食べたくない。
「ヴァー!」
シゲミの作ったおにぎりは石の様に硬そうで、まるで亀の卵の様だ。
「シゲミ、それ埋めちゃダメだよー、今食べるやつだから」
こっそり砂浜にでも埋めるつもりだったのだろうか。カチカチのおにぎりが大量に出来上がっている。
「おにぎりには焼いた魚を入れると聞いた」
大きなおにぎりの両端からマスの頭と尻尾が飛び出ている。
「アストリアさん、それはおにぎりでない別の何かです」
前から気になっていたがアストリアは結構食べる。あの力を支えるにはそれだけ食料が必要なのだろう。それにしてもやりすぎだ。
「はい、キヨちゃん。これはオータさんの分ね。オータさんのは中にお魚入れたよ。そしてこれはキヨちゃんが今ここで食べる分!」
「ぴゃー!」
そして頭をブンブンさせている鹿娘。彼女の名前は「キヨサン」ではなく、「キヨ」が正しいらしい。ちなみにオータは屋敷には近付かない。やつの女嫌いにも限度がある。やつの故郷には男しかいないのだろうか?
そうそう、オータは、我々に新しい食文化をもたらしてくれた。
オータの故郷では檸檬の栽培が盛んであり、魚の臭みを消す為に檸檬の果汁と卵黄を混ぜた物を日頃から使っていたらしい。それを魚のほぐし身と混ぜ合わせ食べると言う。一体どんな味になるのか楽しみだ。それはアストリアも同様なのだろう。アストリアの魚にもオータのソースがたっぷり乗っている。
「お母様もお魚でいいですか?」
「ん? ああ、適当に作ってくれ」
女王の顔が少し暗い。昨日は掘り返した木の板の通信具でずっとワキンと話していたらしい。私たちにはまだ何も話さない。恐らく話すタイミングを測っているのだろう。要はそれだけ悪い話と言う事だ。
その話は後でじっくり聞こう。今はこのおにぎりに集中しなければならない。
「出来た……」
私の前に綺麗な三角形が一つ。中にはオータのソースを混ぜた魚を入れたもの。
「ふふーん、私も!」
そしてサンフラワーも同じものを作る。私と違ってまん丸なおにぎりだ。
「じゃあみんなー! 第二回おにぎり試食会始めるよー! いただきます!」
「「「「いただきます」」」」「ヴァー」「キュー」
オータの故郷の作法に則った言葉を交わし私たちはおにぎりを食べる。
……檸檬を使っているからどれだけ酸っぱいものかと覚悟をしていた。
これはいい。
魚とオータのソース、そしてお米。この三つが混ざり合い、これだけで一つの完成品だ。この場にはいないが私はオータに感謝しなければならない。
オータよ、海に流されてくれてありがとう。
「美味しいねー」
「オータも喜ぶかなー」
「私はもっとソースが欲しい」
「ヴァー」
「牛の奴らにも食わせてみようかの」
「俺はもっと肉があるといいなー」
皆和気藹々とおにぎりを食べている。皆んなで食べる食事は美味しいものだな。私はまた一つ新しい事を学んだ気がする。
そして、それは突然に起こった。
「ねえ、サン様ー、空に何か浮かんでるー」
ふと、フェンが港の方を指差す。
「あー、本当だー。あれなんだろ?」
「どうしたサンフラワー、また変な鳥でも―」
……
「……は?」
血が巡る。身体中の血が沸騰する。
「どうしたの、シャオエン?」
「……港にいる奴らを全員非難させろ……今すぐ!」
サンフラワーにそう言い残し私は走り出す。
「ねえ、ちょっとシャオエン!」
あり得ない、あり得ない!
空に浮かぶ物。あれは『人魚の譜面』だ! 歌の届く範囲の世界を変える。
使う奴次第では、港が地獄に変わる。
ニケか? アプリコットか? オリカオルカか? それとも……
「逆巻け、『神の三叉』!」
私は『アマソーンの腰帯』を伸ばしては引き寄せ全速力で港に向かう。建物から建物へ。街を歩くよりも何倍も速い。
歌声が聞こえる。私は道を行く牛たちに大声で叫ぶ。
「今すぐ歌の聞こえない範囲へ!」
空気が肌寒い。牛の国は穏やかな気候だ。これは『歌』の効果だ。
港に近づくにつれ『人魚の譜面』がハッキリと見え、それと共にどんどん温度が下がっている。雪が降り始めた。
そして港につけば一人の人魚が宙に浮かんで歌を歌っていた。大勢の人だかりがその一人の人魚を眺めている。人だかりは全て人間。港の海面は厚い氷に覆われていた。
「これはこれはお嬢さん」
暑苦しい男ワトソン!
「住人たちは全て非難させました。今ここにいるのは我々船の乗組員だけです」
「お前たちも全て非難しろ!」
彼らがいなければ港は大惨事になっていただろう。だが。それとこれとは話は別だ。あれはただの人間にどうこう出来るものじゃない。
「彼にも同じ様な事を言われました。ゼスチャーで。ですので私たちは彼の戦いを見守っています」
「彼?」
見れば人魚に近づこうと必死に剣を振るっている男がいる。だが、氷の壁や縦横無尽に降ってくるつらら状のものに阻まれて一向に前に進めないでいる。
あれはオータだ。いち早くここに来てくれたのか。だがキヨの加護がないせいか今一動きは鈍い。
「分かった。私が人魚と話をする。だが、空に浮かぶあの『人魚の譜面』が強く輝き出したら全力で逃げてくれ」
そして私は人魚に近づく。
「オータ! 私が話をする! 一先ずワトソンたちの所へ!」
オータも私に気付いたのだろう。だが彼はそこを離れない。私を守る様に剣を構え私の前に立つ。
「私を守ってくれるのか? 分かった。そこにいてくれ」
人魚も私に気付いた様だ。彼女も『歌』を止め、私を見つめる。
ニケでも、アプリコットでも、オリカオルカでも、そしてアイツでもない人魚がそこにいる。
「お前は誰だ?」
「初めましてシャオエン。そうね、私の名前は『吹雪の人魚』。いえ、『吹雪の唄人魚』と、もうすぐそう名乗れるわ。ねえ、一緒に歌わない? 私はあなたに会うのを楽しみにしていたわ」
「私はお前の事なんか知らない」
「私はあなたの事を良く知っているわ。いえ、人魚の誰もがあなたの事を良く知っている。誰もがあなたの事を畏れ、敬いこう呼んでいる」
言葉とは裏腹にこいつからは敬意のカケラも感じない。嘲笑にも似た濁った目で私を見つめこう言った。
「始まりの唄人魚。フフフ」
雪は身体を貫く様に寒く、心臓は更に熱く高鳴りを続ける。
用語解説
オータのソース 檸檬の果汁と卵黄を混ぜたもので彼の故郷では日常的に使用しているらしい。これを使うと沢山のご飯がすぐに無くなる事から「増米居ず(まよねいず)」と呼ぶとか呼ばないとか。
第6話開幕します!
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