閑話 利毛根家藩士 太田秋刀の日記
本日3本目!
頑張りました!
親譲りの銘刀『無鉄砲』で子供の時から拵ばかりしている。
「太田の刀働きは鉄砲要らず也」
ご先祖様がそう称賛されこの『無鉄砲』を賜った。それが縁で代々太田家は利毛根家の領地で町道場をしている。
俺の名は太田秋刀。
「拵」とは「拵」とも読む。全ての事象を事前に想定しておく事。天候や体調、罠や不意打ち、物怪や天変地異にすら。
その為に文字通り死と隣り合わせの鍛錬を幼少よりして来たのだ。お陰で大体の事は体が勝手に動いてくれる。何も考えずに済む。隣藩との試合の時ですら昼に食べたドジョウの旨さを思い出していたら試合が終わっていた。
風雲が急を告げたのは2年前。
鹿狩りをしていた若殿が雨宿りに我が家を訪れた。町道場の師範の俺にとって若殿など雲上人だ。当然なんの持て成しも出来ない。あるのはせいぜい昼飯に取っておいたサンマ位。
下魚なれど「腹が減った」と言われれば出すしかない。
ならばと贅を尽くしサンマにうどん粉をまぶし、とっておきの油を使い精進料理の様に揚げていく。横にはこの領地の名産檸檬を添えてだ。
若殿の目の前で檸檬を縛り、俺が毒味をした上で若殿にお出しする。若殿も大層喜んでくれた。家臣の数人が「ひっ」っと声を出した様に聞こえたが気のせいだろう。後日登城の命を受ける。あの時のサンマの褒美だろう。贅を尽くした甲斐があったものだ。
城に向かうと島流しの沙汰を受けた。
「貴殿何故檸檬を絞った? 利毛根家の家紋を忘れた訳ではあるまい」
殿の前で檸檬は絶対に輪切りにしてはいけない。輪切りにしたものを絶対に絞ってはいけない。それは利毛根家の家紋、「柑橘紋」を潰す事になるから。
忘れたも何もない。城勤めの奴等なら常識なのだろうが下級武士の俺には初耳だった。
から揚げに 檸檬を絞って 島流し
太田家末代の恥だ。いっそのこと切腹して果ててしまいたい。
そして俺は流される。手持ちには当座の米と野菜、それに銘刀『無鉄砲』。
海は大時化。こんな時に船を出すなど正気の沙汰ではないが、大殿の命となれば断れない。生きる気力のない俺はともかく、寧ろ先導の船乗りが不憫でならない。
案の定船は転覆し俺は流される。
どの位の時が経ったのだろう。気が付けば俺は見知らぬ大陸にいた。言葉も通じず、誰も髷を結わず、人外の者すら平気で闊歩する。俺は確信した。
「ここは異世界に違いない」
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大事に少しづつ食っていた米が底を尽いた。
沖で目覚めた時に奇跡的に手元に有った一升程の米。
この異世界は恐ろしい。生き物や草木ですら全く未知のものだ。今までの食える草木の知識が全く役に立たない。お陰で毎日腹に詰めては腹を下しの繰り返しだ。
手元には食い尽くした米の糠があるだけ。ああ、米が食いたい。
頑張って生きて行く内に少しづつ色々な事がわかって来た。今いる所はなんでもハーキュリア大陸と呼ばれる獣人の住まう地であるとの事。人間たちもいるとの事で、もしかしたら俺の仲間もいるかも知れないとの事だ。今更帰れる身では無いがやはり人恋しい。
ある日、トカゲたちの集落でうどん粉を貰った。俺が腹を下した芋を持って行ったら交換して貰えた。恐らく彼らに腹を下さず食べられる知識でもあるのだろう。教えて貰いたかったが言葉が全く通じない。仕方ない、うどん粉でも貴重な食糧だ、大事に食わねばならない。これが実際うどん粉かは不明なので、ハーキュリア大陸で取れた粉と言う事でハキュリキ粉とでも名付けよう。持ち帰ったハキュリキ粉に米の糠を混ぜ、傷薬用の油を少々足し、煎餅状にして焼き上げる。糠の香りがする。ああ、これはきっと美味いぞ。そして焼き上げた煎餅を口にする。糠。糠の味しかしない。モソモソとして口の中の水分が持っていかれる。こんなもので満たされる自分が敗北している様で悔しい。
すると、頭に角を生やした童子がやって来た。すわ、小鬼か。童子はだらだら涎を流し俺を見つめる。頭をぶんぶん振ってくるので俺もお辞儀する。
それを二、三度繰り返しただろうか。「うがー」と童子が癇癪を起こし俺に頭突きしてくる。頭を小突くと「ぴゃー」と泣き出した。泣きながら「それ、それ」と俺の煎餅を指差す。泣かしたのは俺も悪かったので一枚やると童子は歓喜の余り踊り出す。
行儀の悪い童子だ。保護者はどうしたと聞くとお月さまを指差す。悪い事を聞いた。申し訳ない気分になったので一緒に暮らす事にする。名前を聞くと「ケリュネイアの鹿」と答えた。長ったらしいので「清さん」と呼ぶ事にする。時折消えたり現れたりするが、異世界ならば良くある事なのだろう。
それから暫く東の方に旅を続け、牛の国に来た。来て早々遠くで暴走した馬車が人の波にに突っ込もうとしていた。間に合いそうにないのでボーッと眺めていたら清さんに頭突きをされた。角が刺さって痛い。すると俺の足に青い靴が生え風神雷神もかくやと言わんばかりに馬車に追いつき両断出来た。お礼に「米が食いたい」と言ったが上手く伝わらずにみんな逃げ出した。助けてやったやつらもだ。荷積を置いて逃げて行ったので食糧だけ貰っていく。やった、米があるぞ。清さんにも久々に煎餅を焼いてやろう。
翌日、米を研ぎ、米が真っ白になった所で余った糠から煎餅を焼き上げる。すると寝ていた所に食糧が置いてある。誰かの忘れ物だろうか。腐って捨てた物だろうか。いや、こんな所に置いている方が悪い、腐った物を下す腹が悪い。久々のまともな食事を堪能していると人間の男がやってきて信じられない言葉を発する。「鬼は外」。
同郷の者だろうか? 俺は「福は内!」と返す。通じてない。残念だ。だが、男は鉄棒を構え俺に勝負を挑んで来た様だ。久々の手合いに心が昂ぶる。
ああ、勝負が一瞬で終わる。清さんが俺を刺すと俺にも角が生え疾風迅雷の速さになってしまう。折角の手合いだ。足を止めて堪能しよう。この男も楽しそうだ。手合いと言うのはこうでなくてはならない。
しかし、楽しい時間はここまでだった。胸をはだけ身体の線をわざと見せる様な服を来た破廉恥な女が乱入して来たのだ。くそ! 目のやり場をどこに持っていけばいい! 女が近づいて来たので遠くに逃げると見えない網の様な物に引っ掛かる。罠か! 刀も捨てられた! 俺は必死で逃げる、女はどんどん近付いてくる。
やめろ! そんなものを当てられたら俺は正気ではいられない! だが、そんな願いも虚しく女が俺に密着する。
クソッ……やわら……
俺の意識はそこで途切れた。時化の時の、海で溺れた時以来の感触を身体に残して。
登場人物、用語辞典
太田秋刀 東洋の島国で島流しに遭い遭難の末ハーキュリア大陸に流される。紆余曲折の上英雄12の功績の一つ「ケリュネイアの鹿」の所持者となるが本人に自覚はない。名前は坊ちゃんの祖先「多田満仲」+秋刀魚
清さん 英雄12の功績の一つ「ケリュネイアの鹿」。月の女神アルテミスの所有物であり金の角と青銅の蹄を持つと言われる。メス。5人姉妹。名前のモデルは「坊ちゃん」より
ハキュリキ粉 小麦粉、メリケン粉、薄力粉
糠で作った煎餅 現在日本の奈良公園で同等の物が売ってます




