第5話 黒の鬼① 霧の国の人魚討伐
絶望が支配していた。
我々は海の上から顔を出し沈む軍艦を眺めている。
一体どこで間違えたのだろう。
先日のハーキュリアの連合国会議で人魚討伐への半年の猶予が決まった。
それは我が「霧の国」からすればハーキュリアの国々を出し抜く好機だったのだ。人魚たちを殲滅すれば良し、人魚を捕え我が国の海軍に組み込む事が出来れば尚良し。
そして、結果は無惨だった。
船の襲撃情報を頼りに航海を続ける事数日。最初に見つけたのは楽譜―楽譜としか言いようのない物が空に光を放ち浮かんでいた。
次に声が聞こえた。我々全ての乗組員にくっきりと。
―はじめに歌ありき
怒りを、呪いを含んだ様なその声が聞こえると歌が聞こえてきた。
古来より人魚はその歌声で人を惑わし船を迷わせてきた。どうせこれもその類だろう。ならば恐るるに足らず、我々は最新鋭の武装船だ。機雷の一つでも水中で爆発させれば、その爆圧で哀れな人魚はプカプカと浮かんでくるだろう。水中に逃げ場などないのだから。我々の叡智の前に並び立つもの無し!
そう、タカを括っていた我々の目の前で信じがたい事が起こる。
空に刻まれた楽譜が光を放つと、目の前の海が前後二つに裂け出したのだ。
裂け目は広がりを見せ断崖を作る。
我々の先を行く船は、何の対抗も出来ず次々と海の裂け目に落ちていく。
なんだ!? 何が起きた!
「海が……割れました!」
「旋回出来るか!?」
「出来ません! 我々の船もこのまま海の裂け目に飲み込まれます!」
この時点で決まりだ。我々は恐らく、たった一人の人魚になす術もなく敗北したのだ。それも、姿を見付ける事すら出来ずに。我々が恐れを抱く時間すら与えられずに。
「総員船外に脱出せよ!」
間を置いて船員がわっと駆け出す。
助かる見込みなど毛程も無いだろう。だが、船内に残っていれば確実な死だ。船から救命ボートが次々と打ち上げられ、乗組員達か乗り込んで行く。
私もボートに乗り込んだ所で軍艦は海の割れ目に姿を消した。皆無事に脱出出来ただろうか。この絶望の光景に一人の乗組員が呟いた。
「我々人類はオリアナの外に出てはいけなかったんだ……」
英雄の海峡に刻まれた文字を思い出す。
none plus ultra―ここが世界の行き止まり―か。
ああ、目の前に広がるのは文字通り行き止まりだ。ハーキュリアへの海路を阻む、お前たちの世界はここまでだと区切る様な断崖だ。
そんな我々を嘲笑う様に高波が起こり、ボートは転覆して我々は海に投げ出される。
―終わりだ。
我々に出来る事はもう祈る事だけだ。我々は誰からともなく両手を合わせ天に祈りを捧げる。
……
海の裂け目から、丸い泡に包まれ人魚が浮かんでくる。人魚は泡と共に宙に浮かび、見下ろす様に我々を見つめ微笑んでいる。
人魚は恐ろしい。我々はただ一人の人魚に何も出来なかった。
人魚は恐ろしい。この地獄の様な光景を目の前にして尚、彼女は優しく微笑んでいる。
人魚は恐ろしい。そして、人魚は美しい。我々は、彼女を前に目を背ける事が出来なかった。
そして、目の前の人魚は歌を歌い始めた。
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「全滅じゃあ?」
「グゲゲ! 先走った霧の国の軍艦が全てやられた! ざまあないね!」
クレープにがぶりつく女王が素っ頓狂な声を上げる。そしてこの鳥はなんだ? 何故我々が作ったクレープを食べている。
今日はクレープパーティーだ。私がかき混ぜた生地をサンフラワーが焼き、アストリアが作った生クリームを乗せフルーツやジャム、甘い木のシロップをお好みで乗せていく。
業火に包まれるサンフラワーにアストリアが「神具の無駄遣い」と冷静に言っていた。
フェンはハムをたっぷり、シゲミは卵の殻と庭の雑草をたっぷり入れ、それぞれお好みのクレープを作っていく。私は食べた事がないのでサンフラワーにお任せしたらアストリアも同じものを食べたいと言い出した。
最後にロウゼキ用の小さなクレープを作りみんなで食べようとした所で女王がやってきた。
「ワシの分はないのか!?」
「あ! お母様! 材料そこにあるので適当に作ってください!」
サンフラワーは強いな。そして、意外にも一番上品で美しいクレープを作り上げていく。肉を大量に入れたクレープとは呼べない何かを作ると思っていた。
そして漸くみんな食べようと言った所で鳥が空から降りてきた。
「ようチビ! 大ニュースだ!」
「ヒョロガリか? ワシゃクレープで忙しい。後にせい!」
私よりも身長の高い女王をチビと呼ぶ鳥男。この男は何者だ? 女王はあからさまに面倒そうな顔をしている。
「ワキン様、ご無沙汰しています!」
サンフラワーが元気よく挨拶した。敬語を使っているから恐らくはどこかの国の要人なのだろうか。
「サンフラワー! 大きくなったな! 性格もいい!」
「ワキン様! これ、私たちが作ったクレープです! お口に合えば!」
「サンフラワーが俺の為にか! 是非頂こう! うむ、最高だ!」
「ヒョロガリ、要を済ませたら、はよ帰れ」
私も同じ事を思っていた。なんだ、この馴れ馴れしい鳥は。
「霧の国が独断で人魚討伐に向かい全滅した」
そして話は冒頭に戻る。
「図らずもお前の言った通りになった。相手は人魚一人だったそうだ」
「海を割るか……まるで天変地異じゃの」
「俺たちは空を飛んで逃げられるが、ただの人間じゃどうしようもない……デイジー、お前の策は順調か?」
策とはつまり私たちの事だろう。私に人魚をまとめろと言ったあの事だ。
「サンフラワーが頑張っておる」
「はい! ワキン様! 毎日川や海で人魚に向かって『仲良くしましょう!』って呼びかけています!」
鳥男が小さく「グゲ」と鳴いた。
「下駄はサンフラワーに預けた。なるようにしかならん。話はそれで終わりか?」
自身を落ち着かせる様に鳥男はクレープを飲み込み紅茶を飲むとため息をついて一言。
「『最悪の魔物』に気を付けろ」
「なんじゃ、そいつは?」
「オリアナ大陸からそんな魔物が忍び込んだそうだ。詳しい事は分からない。俺たちの目にも届いていない。だが大陸の各所で被害が出ているそうだ。真っ黒な化け物の噂を聞いたら俺に情報を寄越せ……それから『神の三叉』の所持者と『ネメアの獅子』の加護の所持者!」
こいつは私やアストリアの事を知っているのか? さしずめ情報屋か? 油断のならない奴だ。アストリアは何ら同様する事なくクレープを摘んでいる。私もそうしよう。
「鳥の目からは決して逃れられない。覚えていろ、お前らがデイジーやサンフラワーを裏切ったり見捨てたりしたら俺はすぐにでも飛んでくる」
「「ままめめもめ」」
口の中がクレープで一杯だ。私もアストリアも上手く喋れない。それでも言いたい事は伝わった筈だ。
鳥男は「グゲッ!」と一言言うと空の彼方に飛んで行く。全く騒騒しい奴だった。
「最悪の魔物か……この辺をうろついてなきゃいいのう」
折角のクレープパーティーが鳥男のせいで楽しめなかった。仕方ないのでもう一つ作る事にしよう。アストリアは早くも3つ目だ。負ける訳にはいかない。
その夜、ミーノス王国の離れにある人間街を通る行商の馬車が何者かに襲われた。
商人の話では、頭に二本の金色の角を生やし、反った刀を持った漆黒の大男だったそうだ。
「コォーッ……メガァー!」
「ひぃぃっ! 化け物!」
最悪の魔物。
海も陸も問題は一杯だ。
第5話開幕です!
第1話、第2話をブラッシュアップしました。大筋では変わっていませんが多少読みやすくなったとは思います。
パラレルスピンオフ作りました。前話海の底の話④からの分岐エピソードです! ちょいちょいスピンオフ短篇を(本編宣伝の為に)作れたらなと思っています。引き続き宜しくお願いします。




