閑話 海の底の話④
今日は子供たちを集めて魚のお勉強会。
子が親の後を追い掛ける様に、みんな私の言葉を復唱する。
「ツバス」
「「「「つばすー」」」」
「ハマチ」
「「「「はまちー」」」」
「メジロ」
「「「「めじろー」」」」
「ブリ」
「「「「ぶりっ!」」」」
「はい、よく出来ました。いいかい、遥か遠くの海ではね、魚が大きくなると名前を変える。これを出世魚って言うのさ」
「「「「しゅっせうお」」」」
「そう。海で大きくなるのは大変だからね。大きく育った魚はそれだけで偉いんだ。だから出世魚って言うのさ」
海で大きくなるのはそれだけで奇跡みたいに大事な事だよ。この子たちも大分大きくなった。そろそろ独り立ちの頃合いかね。
おや? アプリコットが何か言いたそうじゃないか。
「ねえ、ママ、人魚は出世したらなんになる?」
「大体の人魚は人魚のままさ……でもね、ごく稀に途方もなく強い力を持った人魚が現れる事がある」
私も見た事はない。伝説の域だ。
「その歌で世界を変える力を持った人魚が現れる事がある。私たちはその人魚を畏敬を持ってこう呼ぶのさ」
神の理に手を伸ばした人魚。
「唄人魚、『うたいにんぎょ』とね」
それはこの海のみならず、地上にまで影響を及ぼし得る存在。
「……ああ、そうだね。人魚は出世したら『唄人魚』になる。でもね、そんなものにならなくたっていい。私はお前たちが普通の人魚として大きくなるだけで満足さ」
もしそんな者が現れたら、私はそれと命を賭けて戦う事になるのだろう。
「……ママは出世しない?」
ニケが心配そうに私を見つめる。
「ん? ああ、私はただの人魚さ。平人魚とでもお呼び」
「ヒラメみたい!」
そう言う事を言うもんじゃないよ、オリカオルカ。
「ヒラメヒラマサ平人魚!」
おやおやシャオエン。
平人魚の語感が良かったのか、子供たちが次々と囃し立てる。
「「「「わーい、わーい、平人魚。ヒラメ、ヒラマサ、平人魚。三百年間平人魚!」」」」
まったくもう、この子たちは……
「かき混ぜろ、『神の三叉』」
「「「「うわー!」」」」
全力で吹き飛ばした。後悔はしていない。多少遠くは飛ばされても戻って来れるだろうしね。
いい機会だ。外の世界を見てきておいで。空に飛ばさなかったのは私の愛情さね。
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「ああ、腹が減った……」
川を眺めても魚が取れる訳でなし。ポケットにはパンを買う小銭も無し。僕は腹ペコ紛れに即興で曲を作り、それを口ずさむ。歌で腹は膨れないけど、その間は空腹を忘れられるから。
僕の名前はステリオン・フォレスト。こう言っちゃなんだが売れっ子の作曲家だ。
このハーキュリアで皆んなが僕の作った歌を歌う。誰も僕の曲を知らない奴はいない。
ん? そんなに売れっ子なのになんで小銭も無いのかって?
皆んなが僕の曲をタダで歌うからさ。
楽譜を買ってくれなきゃ僕の懐は暖まらない。
海の向こうオリアナじゃ「著作権」なんてものが有って、演奏毎に金が入る。でもハーキュリアにはそれが無い。オリアナに渡る金もコネもない。
僕に出来る事は街から街に渡り歩き、曲を作ってなけなしの金を手に入れる。
今度は南の方、獣人たちの国にでも行ってみようかな。
「全くママったら大人気ないんだから……どこまで流されたんだろう」
そんな事を考えていたら下流から子供が泳いでくる。地元の子かな? あの子に頼んで魚でも取って貰おうかな。
「ねえ、そこの君! 泳ぎは得意かい!?」
「うわっ!」
いきなり話しかけてビックリさせたみたいだ。その子はそのまま川に潜る。
……ヒレみたいなのが見えたけど見間違いだよな?
そしてすぐに顔だけを水の上に出す。青く短めの髪に青い目。まるでお人形さんみたいだ。
「お前、人間か?」
そう言うと川からグルグル転がりながら陸地に上がってくる。
「は?」
見間違いじゃなかった。人間の上半身に魚の足。
「え? ちょっと待って……君は人魚かい?」
「いかにも私は海の眷族、名をシャオエンと言う!」
そう、ゴロゴロ転がりながら近づいて来て僕の足を眺める。
「これが噂に聞いた人間の足……これでは自由に泳げないだろ? 人間とは不便なものだな!」
いや、僕から見たらゴロゴロ転がる君の方がよっぽど不便そうなんだけど……
海の話⑤に続く
登場人物辞典
ステリオン・フォレスト ハーキュリア大陸全土に名を響かせる作曲家。但し、ハーキュリアでこの当時著作権が成立していない為、本人は極貧である。モデルはスティーブン・フォスター。




