正義の青③ 勇無き獅子
びっくりした。
私は槍を空に放ち、爆風の及ばぬ屋敷の裏手側へ退避していた。
ほどなく槍が銅像にぶつかり、起こした火花で大爆発を起こす。
その予定だった。
その瞬間、地面から湧き立つ庭全体を覆う様な青い炎。間違いない、これはサンフラワーの仕業だ。
なるほど、炎の中にいるのに全く熱さを感じない。この炎で爆発する炎を焼いてしまったのだろう。正直規格外の力だな。
そして、サンフラワーの介入が入ったのならこの戦いはおしまいだ。一対一ではなくなってしまうのだから。
程なく炎は消え、私は庭の正面に戻り転がった槍を拾い髪留めに戻す。
アストリアは信じられないものを見た様に呆然と立っている。どうだ、うちのひまわり頭は凄いだろう。
「シャオエン、熱くなかった?」
サンフラワーが屋敷から駆け出してくる。フェンやシゲミも一緒だ。ここで怒るのも野暮だろう。屋敷自体が吹っ飛んでいたかもしれないのだから。
「まったく……お前には驚かされてばかりだ」
「へへー、お母様の指示。誰も怪我しなかったでしょ」
遠くを見れば時計台で女王が眺めている。後でお小言を食らいそうだ。
「……まだ終わってない」
独り言の様にアストリアが呟いた。
「いや、終わりだ。サンフラワーの介入が無ければお前は大火傷をしていた」
「私はまだ戦える」
話を聞かない奴だな。どうしたものか―
と、サンフラワーがアストリアの前に立った。いつもの人懐っこい笑顔で。
「レオーネさん、あなたにとって、人魚は敵ですか?」
「敵」
「なら、あなたにとって、この国の牛たちも敵ですか?」
「どうしてそうなるの?」
「私のお爺ちゃん―先代の牛の王は、人魚の王と無二の友でした。あなたは私の祖父の友も殺しますか?」
「……多分殺す」
「その事に私たちが怒ったら、私や国の牛たちも殺しますか?」
「……」
「レオーネさん、あなたにとって、この国の牛たちは人ですか? 魔物ですか?」
「考えた事もない」
「あなたが牛たちを、人魚を魔物と言うのなら、あなたは私の敵です。今ここで、あなたと戦います」
サンフラワーの手に持つ宝石が赤く光り、髪が黄金色に変化していく。それは彼女の感情を表わす様に。
「……人魚は魔物、牛は違う」
「一緒です!」
サンフラワーが私の手を握る。続いてフェンやシゲミも抱き寄せる。
「フェンもシゲミもシャオエンも牛の国のみんなも!」
宝石は輝きを増し今にも暴発しそうだ。
「レオーネさん、あなたが人魚を魔物と言うなら私はあなたと戦います!」
サンフラワーが怒るのを初めて見た。
そうだよな。サンフラワーはずっと戦っていたんだ。牛たちを魔物と呼び人とは認めぬ者たちと。
私はたまたま同じ道の上にいただけだ。
でもな、サンフラワー、お前の怒りは人魚の為に使うものじゃない。牛の国のみんなの為に取っておいてくれ。
人魚の事は、私の仕事だ。
「……知らないもの」
長い沈黙の後にアストリアが口を開く。
「いい人魚なんて知らないもの。海で会った人魚はみんな船を襲ってきた」
私はサンフラワーの肩を叩く。
私の目を見てきたので「私に任せろ」って感じで軽くうなずく。
サンフラワーはいつもの様にニッコリと微笑むと私の背中をバシッと叩いた。宝石は輝きを止め、サンフラワーの髪もいつものオレンジ色に戻っていく。
正直上手くやれる気はしない。でも、私は見てしまった。私とサンフラワーが手を握った時に、アストリアが泣きそうな顔をしていたのを。
覚悟は決めた。私はアストリアの前に歩み寄る。でもうまく言葉が出ない。こんな時になんて声を掛ければいいんだろう。
(お前なら出来る! 何故ならお前は―)
……懐かしい声が聞こえてきた。遠い昔の記憶。参ったな、感情がぐちゃぐちゃだ。
「なあ、アストリア……その……私は……紅茶が好きだ……海で飲む紅茶と違って地上で飲む紅茶は海水の味がしないんだ……私はこんなにも美味しいものはないと思った……何を言ってるんだろう私は」
「続けて」
「それからスパゲッティも好きだ……麺とトマトのソースだけでいくらでも食べられる……でもあの辛い悪魔のソースは大嫌いだ」
「続けて」
「サンフラワーが今度はクレープと言うものを作ろうとしている。調理はさせたくないが、本当は楽しみで仕方がない」
なんだろう、涙が出てきた。人魚のいいところを話そうと思ったのに、気付けばこの一月のことばかり話している。サンフラワーと会ってからの事ばかりを話している。
「ちゃんと聞いてる。続けて」
「今日の朝はあの炎でオムレツを作った。私も槍で卵をかき混ぜたんだ。初めて料理をした。さっきと同じ様な炎が出たのに出来たのはプルプルのオムレツだった!」
「……」
「そのサンフラワーと約束したんだ。私は人魚と人間の、サンフラワーは牛たちと人間の、それぞれの架け橋になりたいって」
「……」
「お前の乗っていた船を沈めた奴は私も探す。罪を償わせる。だから信じてくれないか? 全ての人魚が悪い奴じゃないって」
言える事は言い切った。
上手く言えた気は全然しない。それでも、私の持てる言葉は尽くした。
私はアストリアを見つめる。
そして、アストリアが口を開いた。
「悔しかったのは、信じていた正しさが何の役にも立たなかった事……信じていた人が自分の為だけに動いた事……身勝手な大人たちが好き勝手に動いた事……私に力が無かった事……今は違う、その力がある」
そう言うとアストリアは再びピアノを持ち上げる。
「負けるのは勇気の無い獅子……弱い獅子はいない」
そして、そのままピアノを遠くへ放り投げる。
「だから、私の負けだ」
アストリアの縦に伸びていた瞳が元に戻る。
「私には、もう戦う勇気は残っていない」
こうして私とアストリアの戦いは終わった。
次回温泉回!




