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人魚大戦  作者: 鮭さん
21/33

正義の青② 8⇔11

 何故かすんなりと、私はその言葉を飲み込んだ。


 時を止め、何も無い空間を自在に歩く目の前の老婆は魔女に違いないと。


 無数の星たちは呼吸をする様に私の周りを広がったり縮んだりしながらぐるぐる周る。まるで私とレオナを魔女から守る様に。


「その魔女が私になんの用?」


 私は魔女を睨みつける。


「おおっと、その目で私を睨むのはおよしよ。それに私を呼んだのはお前さんさ。お前さんが心から望んだから私は来た。もうじき船は海の底に。そうすればお前さんは魚のエサさ……なあ、助けて欲しいかい?」


 魔女は優しく笑う。心から私が安らぐ様な優しさ。


「何が望み?」


 だから解る。彼女はそれだけ欲しいものがあるのだ。


「……ああ、お前の瞳は美しいね。どうだい? お前が力を望むのなら、そのお前の加護、『正義の青』と引き換えに、お前に力をくれてやろうじゃないか」


 きっとこれにはそれだけの価値があるのだろう。王の資質。人々を導く力。何より星々に触れると流れ込む膨大な記憶の奔流。


 叔父の言う事も今なら解る。確かにこれは世界の中心だ。


 でも、


 目に浮かぶのは、私たちを押し退け我先にと逃げ出した醜い大人たち。


 遊ぶ様に船を沈めていった人魚。


 そして守りたいものを何一つ守れなかった私。この腕の中のレオナはもう起きない。出来たばかりの、最後まで私を守ってくれた大事な友達。


「……いらない」


 私は無力だ。


 正義などなんの役にも立たなかった。


「正義などいらない……私は『力』が欲しい!」


 その瞬間、私の目に激痛が走る。


「あ、うあ、ああああー!」


「契約は成立した。それは『ネメアの獅子』と言うもの。お前の手に入れた『力』だ。可愛がっておやり」


 それはすぐに分かった。暗闇でも見える獣の瞳、体から湧き出でる無尽蔵の力。


 そして、星々は私の周りから消え、誰もが美しいと褒めてくれた青い瞳が永遠に失われた事を。


 改めて新しい目で魔女を睨む。


「……これでいい?」


 私の問いに魔女が顔を訝しめる。


「おやおや、あんたは強情だね」


「?」


 魔女は一体何を言っているのだろう。


「いいや、こちらの話さ。お前は約束をちゃんと守った。お前の事じゃない。私としては万々歳さ」


 きっとこの取引に予想外の事があったのだろう。私にそれを伺い知る事は出来ない。きっと聞いても教えてくれないだろう。


「じゃあ、私はお暇するよ。お前の人生に心からの祝福を」


 そうして魔女はとびきりの優しさを私に向け、何も無い空間の扉を開けて去っていった。


 同時に時間と空間が戻る。


 真っ暗な闇の中。海の中に沈んだ船の子供部屋。


 でも私には解る。この暗闇でも私(・)の(・)獅(・)子(・)は明瞭に見せてくれる。


「下の名前も聞けば良かった」


 私はそっとレオナを床に寝かせ、ピアノを手に取ると壁を叩き割り脱出口を作る。


 そこから地上に向かおう。名前を変え戦う力を付けよう。


 サファイアの瞳の少女はもういない。ここにいるのは一匹の獣だ。


「それじゃあ、レオナ。おやすみなさい」


 こうして私は沈んだ船を後に地上へと向かう。


 全ての人魚を滅ぼす為に。あの時逃げた全ての大人達に報いを受けさせる為に。


 たった一筋、全て譲り渡した筈の星が煌めいた気がした。


 ϵ( 'Θ' )϶ϵ( 'Θ' )϶ϵ( 'Θ' )϶


 身体にまとわりつく蜘蛛の糸の様な不快な感触。


 巻き上げられた粉塵で朧げな視界。


 でも、何の問題もない。


「私は正義を捨てて力を手に入れた……力の名は『ネメアの獅子』。英雄12の功績の一つ」


 解るか? これは人魚を殺す為の力だ。理不尽な暴力に、それ以上の暴力で立ち向かう力だ。人々を導く事よりも復讐を望んだ力だ。


「私は正義などいらない」


 目の前の槍を構えた青い髪の彼女―シャオエンが軽口を叩く。


「コイツは飛んだ化け物だ」


 私は彼女に少しづつ詰め寄る。


「なら、私は化け物で構わない……降参する?」


「……逆巻け、『神の三叉』」


 彼女が手に持つ槍の穂先が回ると、今迄私が引きずっていた木々や銅像、ピアノ達が一斉に私に襲い掛かる。


 恐らく見えない紐の様な物で操作しているのだろう。私は引きずっていた瓦礫の中に埋もれる。


 それでも私には関係ない。埋もれた瓦礫の中からピアノを手に取り無造作に振り回せば瓦礫は一瞬で飛び散って行く。


 見渡せば彼女はいない。代わりに私の目の前には一匹の正座したトカゲ。


 王女の護衛の蜥蜴男(リザードマン)だ。


 いや、2階の窓を見ればちゃんと護衛のトカゲもいる。


 そう言えば私が撒き散らした中に脱皮したトカゲの皮があった。あの短い時間で出来る事など多くはない。


 つまりはそう言う事だ。


 私はピアノを肩に担ぎ目の前のトカゲの皮を被った者に話し掛ける。


「降参する?」


 彼女は無言のまま答えない。ならばやるべき事は一つ。


「獅子の牙は何物をも逃がさない」


 当たり所が良ければ大怪我で済むだろう。私はピアノを上段に構え撃ち下ろした。


「!!」


 トカゲの皮は手応え無くひしゃげ、中に詰められていたトウモロコシの粉が飛び散る。


「貫け、『神の三叉』」


 その、私の行動に合わせる様にどこからともなく声が聞こえ、遥か上空より彼女の槍が降ってくる。


 咄嗟にピアノでガードするも、狙いは私ではなく、私が引きずっていた銅像だった。


 辺りにはトウモロコシの粉が舞っている。その前に撒き散らした分を合わせれば結構な量だ。


「……ああ、やられたな」


 槍は銅像に当たり、ホンのわずかに火花を起こす。


 次の瞬間、屋敷の庭は炎に包まれた。

タイトルはタロットカードの『力』と『正義』。

マルセイユ版とウェイト版でナンバリングの交換の有った2枚のカード。

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