牛の国のサンフラワー② 英雄の海峡
「シャオエン! こっちに来てテーブルを並べておくれ!」
船内で給仕をしている女性が私に話しかける。
あれから数日、私は船の中で様々な雑用をこなしている。船にペンキを塗ったり、掃除や荷物運びをしたり。
そして今日は甲板の上でささやかな催し物をするらしく、皆でテーブルや料理を並べている。
「ククク、テーブルクロスのシワは心のシワ。シャオエン、やり直しです」
どうやらこの船は貨物船らしい。
船にはオリアナ大陸で取れた茶やコメ、その他様々な作物が載せられハーキュリア大陸まで運ばれる。
「のう、シャオエン。ソーセージじゃ、もっとつまんでいいからワシの娘になれ」
対してミーノス王国の主要輸出品は竜の鱗。
数年前、ミーノス王国の大地で竜の鱗が大量に出土するかつての竜の墓場、竜鉱が見つかった。
俗に言うドラゴンラッシュが起きて以来農業国だったミーノス王国に富をもたらす事になったらしい。
「シャオエン、後でいくらでも食べられるからつまみ食いはよしておくれよ?」
意外な事に乗船しているのは全員人間の乗組員だ。ミーノス王国の国民である牛はいない。噂ではボイラー室で石炭を焚べている牛が一人いるらしいが表には出て来ない。
「ククク、甲板の水たまりは心の水たまり……床の掃除をしたのは誰でしょうね?」
今日はその乗組員全員でのパーティーだ。
「なんならワシの嫁でもいいぞ、ほれ、紅茶を飲め」
その為に甲板にテーブルを並べ、順次酒や料理を並べていく。
それにしても船に乗って初めて知った。紅茶がこんなにも美味しいものだと。
「エレ爺! あまりシャオエンを甘やかさない様に!」
働く事は大変だ。働かなければご飯が食べられない。
この姿をあいつらにも見せてやりたい。
私はここで頑張っているぞ。
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「シャオエン! 仕事には慣れた?」
先端が金色に光るオレンジの髪、胸に輝く「新鮮だよっ!」って感じのニッコニコした牛の紋章の少女が護衛達を引き付けやってきた。
「サンフラワー、下見か?」
仮にも一国の第一王女に対する態度ではない。だが彼女がそう言った事を嫌がる素振りを見せたので敢えて普通に接する様にしている。フェンやシゲミ、ロウゼキ達へも同様だ。
「へへへ、船長たる者、船の巡回は大切なのです! みんなー、頑張ってるー?」
「船長! お疲れ様です!」
「お疲れ様ー、サンフラワーでいいよう」
そう、彼女はこの船の責任者だ。
「お、あんたたちハムの切れっ端食うかい?」
「食うよ! 俺!」
「ヴァー!」
「カァーッ!」
そして彼らはその護衛だ。いざとなれば人間が到底及ばぬ力で彼女を守るのだろう。そう、相手が人間ならば。
「毎日がパーティーならこんなにも美味しいものを食べられるのに」
「今日は特別。航海は危険が一杯だからねー、安全の為にみんなでお祈りするの。そのパーティーだよ」
「ああ、確かに海は危険で一杯だ。嵐に海賊―」
「それにねー、人魚」
やはりそうだよな。
「……人魚は、怖いか?」
「ふふん、シャオエンは知らないでしょ。ここ数年、何隻もの船が人魚に襲われてるの」
知ってる。
「私たちみたいな商業船だけじゃない、時には軍艦も襲われるのよ」
それも知ってる。
「だからなるべく人魚に出会いません様にってお祈りするんだ」
「それでもたまには人魚に会うんだろ? その時はどうするんだ?」
「その時はねー、この紋章を渡して海に帰って貰ってた」
笑み牛。彼女の胸に輝く「お肉新鮮だよっ!」って感じにニッコニコ顔な牛さんの紋章。
「成る程、人魚は光る物や宝石が大好きだからな」
そのお値打ち感とは裏腹に純金で施されミーノス王国の国章として権威を奮っている。大概の奴ならこれに満足して帰っていくだろう。
「でね、今まではいなかったけど、もしこれじゃ足りないって言った人魚にはこう言うの。『お前は牛の国と人魚の王の仲を切り裂くつもりか』って」
「成る程な、そいつは―」
命知らずだ。
「私が出来るのはその位、名ばかりの船長だけど私はみんなを安全に新大陸に運ぶ為にこの船に乗ってるんだ」
牛の国の王と人魚の王の仲などもう存在しないのに。
「そうしないと、みんな人魚に船を沈められるから」
人間が安全に渡れる海などもう存在しないのに。
「成る程。でも、それじゃあ足りないな。私がもし人魚なら……紅茶を要求する」
「紅茶?」
「ああ、船の上の紅茶は美味しい。海の中で飲む紅茶は何故か塩の味しかしない。別格だ」
「あはははは! そりゃそうだね」
笑われた。私は真面目に話しているのに。
「おい姫様、あれを見ろい!」
おつまみをくれた見張り番のじいさんがサンフラワーに呼び掛ける。
「エレ爺、どうしたのー?」
ここは内海。船を進めれば海を囲う陸地は船の行手を阻むよう並び立つ。まるでここが世界の行き止まりだと告げるかの様に。
「ようやく目的地についたぞい」
だがその中央、私たちの進む先に船の通り道がある。一つの山を左右に押し広げた様な海の裂け目が。
「こここそが大海原への入り口」
かつて地上に英雄有り。二人の女神の争う世界の果ての大地を二つに割り、二人の女神を遠ざける。
その時に出来た海の通り道。それがこの、
「英雄の海峡じゃ」
そして世界は開かれる。世界の果てのその先へと。
作中用語辞典
英雄の海峡 広大な内海より大海へと続く海峡。モデルはジブラルタル海峡。
追記 前半パート、サボってる感じだったのを真面目に働く感じに改めました。




