牛の国のサンフラワー① プロローグ
この作品に出会ってくれてありがとうございます
もし人魚が人間の足を手に入れたら何をするか分かるか?
答えは簡単。いつの時代でも変わらない。
会いたい人間に会いにいくんだ。
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足音が聞こえる。
ここは牢獄の中、隣人はいない。
足音に続いて話し声だ。
「フェン、シゲミ、ロウゼキ。早く早く」
「俺は朝は苦手だよサン様ー」
「ヴァー」
「キュー」
薄暗い部屋に足音が近づいてくる。
なんで私がこんな所にいるかって? 理由は単純、私がこの船の……そう、大陸行きへの船の密航者だからだ。
「ぐへへーサン様、俺が口を割らせたらお肉くれる〜?」
「頑張ったらねー」
そして私は今から尋問を受ける。この船の、新大陸への安全な航海の為の尋問を。
「入ります!」
ドアが勢いよく開く。薄暗い部屋に光が差し込み、そこに一人の少女が立っていた。
「あなたが密航者ね!」
オレンジ色のその髪は陽の光に照らされて先端が黄金に輝く。
「私の名前はサンフラワー・ミーノス。ハーキュリア大陸にあるミーノス王国の第一王女です!」
私の目の前で胸を張る少女。年は私より二つ三つ下だろうか。その胸にはミーノス王国の紋章である「笑み牛」―美味しいよ!って感じのニッコニコした牛の顔の紋章―が輝いている。
紛れもない本物の王女だ。
「一介の密航者に王族とは大袈裟だな」
「はあー綺麗! 青い髪に青い目! まるで海そのもの! この髪留めも素敵!」
なんだか調子が狂う。この小さな少女はこれまた小さな部屋の中で私の体をペタペタと触る。
「貨物の中に入り込んだのは悪かった。なあ、私はハーキュリア大陸に行きたいんだ。なんとかここで働かせて貰えないだろうか」
ならば余計な会話は無用だ。私は密航者。貨物に紛れ船の中に乗り込んだ。あらかじめ用意した筋書きを伝え私は彼女に懇願する。
「んー、正直仕事は沢山あるから密航者なら一人や二人どうでもいいんだって。密航者なら……でもね、」
急に私の顔をまじまじと見つめる。
「あなたはいつこの船に乗り込んだの?」
蒸し暑い筈の部屋の空気が乾いた気がした。
「……そりゃあ、出航時に港でこっそり」
「うちのフェンは鼻が効くから。昨日になって船に新しい匂いが増えたって。」
自分の名前が呼ばれたことが嬉しいのかフェンと呼ばれる男が部屋に入ってきた。
「ぐへへーサン様俺の事呼んだ〜?」
全身を黒い体毛に覆われ鋭い牙を生やしダラダラとよだれを垂らしながら少女に話しかける男。
間違いない、こいつは人狼だ。新大陸の魔物の中でも特に狡猾で平気で人間を騙すと言われる俗悪な化け物。
「呼んでないよー」
「サン様コイツ! 昨日から増えたニオイ! 海のど真ん中でいきなり増えた!」
そう言う事か。たとえ食糧庫や酒樽の中に隠れようと、彼の鼻は誤魔化せない。
陸を離れて数日経った船に新たに乗り込む事が出来る者など存在しないのだ。ただの人間ならば。
「成る程。ならば急に船の中に現れた私は一体なんなんだろうな」
「それを今から確かめるの。その為に色々用意してきたんだ。シゲミー、例の物を持ってきてー」
「ヴァー」
爬虫類の冷徹な目と鋼の様な皮膚の大柄な男が部屋に入ってくる。
新大陸の中でもとりわけ悪食で人でも山羊でもひと飲みにすると言われる貪欲な化け物。
「どう?初めて獣人たちを見た感想は」
すなわちトカゲ男だ。
「……私は大した美味くないぞ」
尋問? いや、拷問だろうか。荒事は構わない。多分私一人でなんとかなる。だがそうなればこの船に乗ると言う目的が果たせなくなる。新大陸へ向かうこの船に。
「シゲミ、例の物を出して」
「ヴァ」
両手に短めの棍棒の様な物を握りしめ冷徹な目で私を見る。
「……」
覚悟を決めよう。あの男が棍棒を振りかぶったら私も槍を出す。後の事は後で考えよう。
「先に言うわ、もしあなたが私の予想通りなら、あなたはこれに耐えられない。だから、あまり我慢しないでね」
「解った」
大丈夫、槍はいつでも出せる。
「それじゃー今から始めるよー。ロウゼキー!」
三人目の魔物か。まずはどいつから仕留めよう。いや、先に少女を人質に―
「キュー」
そしてタヌキがやってきた。これも狸人間?いや違う、ただのタヌキだ。
タヌキは金属が付いた円状の物を器用に掴み、私の前までトコトコと歩くと、それをバシバシと地面に叩きつける。
その度にシャンシャンと金属がなる。
それが一瞬の油断だった。タヌキに目を奪われている間にトカゲ男が私の目の前で棍棒を振りかぶっていた。
しまった、槍を先に出しておくべきだった、この距離では間に合わない。
「ヴァー!」
トカゲ男は明後日の方向に棍棒を打ち下ろし、そのまま踊りなら棍棒を振り回す。棍棒はシャカシャカシャカといい音がする。
「ん?」
「アオーン!」
そして人狼もいつの間にか構えた弦楽器を弾き鳴らし音楽を奏でる。
「ララー♪」
とどめとばかりに少女が歌い出した。あまり上手とは言えない。それでも彼女は楽しそうに歌う。
……成る程これはうまい手だ。もし、私が彼女の予想通りのものならば、我慢出来ずに一緒に歌っていた事だろう。
もしも私が人魚ならば。
いつだって人魚は歌が大好きなのだから。
やがて歌は終わり少女は小さく礼をする。私は立ち上がり拍手をする。
「楽しいひと時をありがとう。で、今の演奏にどんな意味が?」
素知らぬ振りをして私は彼女に質問する。
「ふふん、あなたは知らない間に私の尋問を受けていたのです! なんの尋問かは秘密です!」
全部知っているが言わないでおこう。
「じゃあお前最初から船に乗ってたのかー」
狼男がシュンとした感じで話しかけてくる。いいや、お前の鼻は確かだよ。
「ヴァー」
「キュー」
この辺はもう何を言いたいのかすら分からない。
「ですのであなたを船の密航者と認めましょう! ハーキュリアに連れて行く代わりに、船の中でこき使うので覚悟してください!」
こうして私は晴れてこの船の乗組員と認められた。
「そう言えばまだ名前聞いてなかった。あなたの名前は?」
私はそのオレンジの髪、オレンジの瞳の少女を見つめる。
「シャオエン……遠くの方の海で『小さな燕』と言う意味らしい」
そう、私の名はシャオエン。
自身の『歌』と引き換えに人間の足を手に入れた―元人魚だ。
登場する用語辞典
笑み牛
ハーキュリア大陸に於ける国家の一つ「ミーノス王国」の国章。
国章の意味は「万世不朽」。当然某食肉チェーン店とは無関係である。
登場しない用語辞典
アライグマ
アメリカ大陸北部に生息するタヌキ科の生物。凶暴であり、室内での飼育は困難と言われる。
ちなみに「ロウゼキ」とは「荒くれ者」「乱暴者」と言う現地の言葉を翻訳したものである。未翻訳だと日本一有名なアライグマの名前になるので翻訳必須。




