牛の国⑤ プロメテウスの篝火
パスタの固まりの様なまん丸から頭だけを出した女王は一言、「ワシの負けじゃ」と言葉を残し戦いは終わった。
そして私たちは城の中、王の個室に招かれた。
オリアナの国々にある城とは違い、ハーキュリアの国々は、いわゆる城を持たない。これは国々で戦う事がなく、防衛拠点としての城を持つ必要が無かった事によるものなんだろう。
城と言ってもせいぜい少し大きめの屋敷程度である。
入り口にはフェンの家(犬小屋)もあった。
「楽にせい。牛の国は強い者が王になる。そんな国に堅苦しい礼儀など不要じゃ」
シゲミが各々にお茶を入れ、菓子を用意する。王自らポリポリと菓子を齧り始め、サンフラワー達もそれに続いた。
「シャオエンとか言ったの。改めてワシがサンフラワーの母、デイジー・ミーノスじゃ」
王とは名乗らない。あくまでサンフラワーの母親としての自己紹介だ。
「早速だが、そこのひまわり頭」
「なんですかお母様」
「お前は私との決闘に勝った。だから約束は守る。ミーノス王国は人魚討伐に不参加の立場を取ろう」
牛の王は意外にもすんなりと私たちの要求を受け入れた。
「だが、それは今後人魚達が海の航海を脅かさない事が条件だ。それが出来るか?」
「私には出来ません! でも、シャオエンは凄いんです! シャオエンに任せれば大丈夫です!」
シャオエンが私の肩を掴みハキハキと答える。うむ、私に丸投げか。
「と、言ってるがどうだ?」
無理だ。
現状人魚たちは各々好き勝手に船を襲っている。いわば無法状態だ。人魚たちをまとめる者が現れない限りこの状況は続くだろう。
「……私は、目の前の人魚を追い払う事しか出来ない」
「それでは弱いな」
船は無数に行き来する。目の前の一隻を守ったところで所詮は焼け石に水だ。
「半年やる。その間に人魚たちをまとめてみろ。『神の三叉』を持つお前がだ」
人魚の王になれ。その槍を持った者がたとえ何者であろうと。
目の前の牛の王は、暗に私にそう言っている。
そんな約束は出来ない。
私にはそんな資格がない。
「……私には無理―」
「わかりました! 半年で人魚と仲良くなってみせます!」
「こいつは今無理と言いかけたぞ?」
「はい! シャオエンひとりじゃ無理です! 私も自分じゃ無理だと思いました!」
そう言うとサンフラワーが私の手を握りしめ―
「だから二人でやってみせます!」
自分の母親、牛の王にそう宣言した。
「成る程のう、二人でか。だがお前は足手纏いじゃのう……」
そう言うと、大きな赤い宝石の様なものを目の前に置く。
「それは一体、」
「おイモさんだあ!」
「違う、よう見とれ」
牛の王は、その石ころを手に、暖炉に向かって呟く。
「暖を灯せ、『プロメテウス』」
石は仄かに光り、小さな火種がゆらゆらと暖炉に向かう。やがて火種がたどり着くと暖炉の薪が燃え始める。
「つっ! どうも上手くいかんの」
火傷でもしたのだろうか。先程迄石を持っていた手をパタパタさせながら無造作に投げ渡す。
「やる。お前なら上手く使えるじゃろ」
「お母様、これはなんですか?」
「火は明かり無き夜に光をもたらし、凍える冬に暖をもたらし、飢える民に新たな糧をもたらす―これは力無き哀れな人間に神が与え賜いし人類最初の炎―名を『プロメテウスの篝火』……どうじゃ、お前にピッタリじゃろう」
サンフラワーはたった今貰った神具に目をキラキラさせ、
「ありがとうございますお母様!練習も兼ねて今からポップコーンを作ってきます!フェン、シゲミもおいでー!」
「サンフラワー、まずは少しずつだからな。余り無茶はするなよ?」
「分かりました!」
「絶対無茶はするなよ?」
「分かりました!」
そう言うと護衛を連れ部屋を出て行った。
いやいや待て。王と二人は気まずいだろう。
「……なあ、あいつは船の中でうまくやれとるか?」
そう思っていると意外にも女王の方から話しかけてきた。
「人の事は言えんが、あいつは牛の中で育った。人間のいないこの牛の国で」
「それは、母親としての心配か?」
「あいつは王にはなれん。この国はいずれ牛の誰かが継ぐじゃろう。あいつはこの先人間の中で生きていく事になる。それを望もうと望むまいと」
だから人間だけの船に乗せたのだろう。少しでも人間に慣れさせる為に。
でも、
「サンフラワーは人間と獣人の架け橋になりたいと言っていたぞ」
サンフラワーの心は人間よりも牛寄りだ。その心を抱えてこれからも生きていくのだろう。
「なら、この国を潰す訳にはいかんの」
私が人間の姿でありながら人魚の心を抱えている様に。
王女は私を見つめ、
「人間の足を持つ人魚の娘よ。どうかサンフラワーを頼む」
そう、私に向かって頭を下げた。
人間のフリがちゃんと出来てるとも思わない。まあ、バレバレなんだろうな。
と、部屋にフェンが駆け込んできた。
「デイジー様! サン様がポップコーン作ったら穀物庫の屋根が吹っ飛んだ!」
「……もう一度言ってみろ」
「空から沢山ポップコーンが降ってる!」
「あんのひまわりあたまがぁー!」
窓を開ければ大勢の牛達が騒いでいる。
「塩じゃ! 塩の用意じゃ!」
「バターも忘れるな!」
ああ、部屋の中にもポップコーンがパラパラと降ってきた。
「フェンよ、ワシはキャラメルじゃ!」
空はどこまでも青く、ポップコーンがどこまでも降り注ぐ。
雲一つなき空に、晴れときどきポップコーン。
人魚大戦第二話 牛の国 了
登場用語辞典
プロメテウスの篝火 無尽蔵の炎を巻き起こす神具。使用者に必ず炎のフィードバックが起きる為用途が限られる。
爆発オチなんて最低!
この後閑話「海の底の話②」を経て第三話の執筆に入ります。
同時に第一話の編集作業も行いたいです。
感想、いいね等を頂ければ凄く嬉しいです。




