第5話 「大きな背中」(前編)
夏真っ盛り。
池巣自動車営業所の朝は、蝉の声とともに始まっていた。
車庫に並ぶ青と白のバス。
照りつける太陽の下、運転士たちはいつも通り出庫準備に追われている。
「暑い……。」
細野孝太郎は、車庫の屋根の下で空を見上げた。
「まだ朝ですよ。」
隣で大森恒一が淡々と言う。
「朝でこの暑さだぞ?」
「昼になれば、さらに気温は上がると思います。」
「それを聞くと余計に疲れるな……。」
二人が話していると。
「おはようございます!」
大きな声が響いた。
振り向くと、川村健吾が汗を拭きながら歩いてくる。
「川村、朝から元気だな。」
山下恒一が笑う。
「はい!」
川村はいつもの優しい笑顔を見せる。
「少し体を動かしてきました。」
「また柔道か?」
細野が聞く。
「はい。」
川村は照れながら頷いた。
「昔から続けているので。」
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「そういえば。」
山下が思い出したように言った。
「川村って、どれくらい強いんだ?」
「いや、大したことないですよ。」
川村は謙遜する。
「その体格で言われても説得力ないぞ。」
山下が笑う。
その時だった。
「川村は今年も出るぞ。」
後ろから声がした。
振り向くと、金城恒一が立っていた。
「出るって?」
細野が聞く。
「柔道大会だ。」
金城は腕を組む。
「東都交通局全20営業所が参加する大会だ。」
「今年は70名参加。」
「代表選手は全員男だ。」
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「そんな大会があるんですね。」
大森が言う。
「毎年やってる。」
金城は頷く。
「普段はハンドルを握っている連中が、別の場所で競うんだ。」
「営業所の看板を背負ってな。」
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「川村、出るんだな。」
細野が言う。
「はい。」
川村は少し真剣な表情になる。
「池巣営業所の代表として。」
「負けたくないです。」
その言葉に、同期三人は少し驚いた。
いつもの穏やかな川村とは違う。
強い意志を感じた。
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大会当日。
会場には各営業所から選ばれた選手たちが集まっていた。
普段はバスを運転している人。
整備を担当している人。
事務職員。
それぞれが営業所の名前を背負っている。
「すごい雰囲気だな……。」
細野が呟く。
「川村、本当に大丈夫か?」
山下が聞く。
川村は笑った。
「緊張しています。」
「でも。」
「楽しみです。」
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「川村さん!」
声が聞こえた。
振り向く。
そこには藤崎彩と西園寺美月がいた。
「応援に来てくれたんですか?」
川村が驚く。
藤崎は頷いた。
「池巣営業所の代表ですから。」
「応援するのは当然です。」
西園寺も笑顔を見せる。
「頑張ってくださいね。」
「ありがとうございます!」
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「川村。」
山下がニヤニヤする。
「女性二人が応援に来るなんて人気者だな。」
「違いますよ!」
川村が慌てる。
「山下さん。」
大森が冷静に言う。
「試合前です。」
「選手を集中させてください。」
「はい。」
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試合開始。
川村の雰囲気が変わった。
普段の優しい表情ではない。
相手を見る。
間合いを測る。
そして――。
一本。
「勝った……。」
細野が呟く。
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一回戦。
勝利。
二回戦。
勝利。
三回戦。
勝利。
気づけば川村はベスト16まで勝ち上がっていた。
「すごいですね。」
西園寺が驚く。
「普段とは別人です。」
藤崎も頷く。
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しかし。
ベスト8をかけた試合。
相手は優勝候補。
激しい攻防。
川村は何度倒されても立ち上がる。
最後まで諦めなかった。
だが。
試合終了。
結果は敗北。
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「ありがとうございました。」
川村は深く礼をした。
悔しさはある。
でも、逃げなかった。
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「川村。」
細野が声をかける。
「すごかったぞ。」
「ありがとうございます。」
川村は笑う。
「でも……悔しいです。」
「もっとできたと思います。」
その言葉に。
金城は頷いた。
「それでいい。」
「悔しいと思えるなら、まだ伸びる。」
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「運転も同じだ。」
金城は続ける。
「自分は完璧だと思った瞬間、人は止まる。」
「反省して、次につなげる。」
「それが大事だ。」
細野はその言葉を聞き、胸に刻んだ。
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大会を終え、池巣営業所へ戻る。
そこには矢野誠が待っていた。
「お疲れ様でした。」
矢野は全員を見る。
「結果も大切です。」
「ですが、挑戦して無事に戻ってきたこと。」
「それが一番です。」
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川村は頭を下げる。
「ありがとうございます。」
矢野は笑った。
「明日からまた仕事です。」
「安全第一でお願いします。」
「はい!」
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その夜。
金城が言った。
「今日は俺が飯を奢る。」
「頑張った祝いだ。」
「本当ですか?」
山下がすぐ反応する。
「俺たちもいいですか?」
金城は呆れる。
「お前らは応援だろ。」
「応援も大事ですよ!」
大森がため息をつく。
「山下さんは食事目的に聞こえます。」
「否定できない。」
全員が笑った。
(第5話・前編 つづく)ん




