第4話 「仲間だからこそ」(後編)
翌日。
池巣自動車営業所の朝は、いつも通り始まっていた。
「おはようございます!」
運転士たちの声。
無線の音。
出庫を知らせるチャイム。
忙しい一日の始まり。
その中に、山下恒一の姿もあった。
しかし、昨日までとは少し違った。
まだ緊張はある。
不安も消えていない。
それでも、逃げるような表情ではなかった。
午前の点呼。
矢野誠が前に立つ。
「おはようございます。」
「本日の注意事項です。」
矢野はホワイトボードを指差す。
「昨日の事故を踏まえ、狭い道路での右側確認について共有します。」
誰もが真剣に聞いている。
「事故は当事者だけのものではありません。」
「同じ営業所で働く全員が学ぶものです。」
山下はその言葉を聞き、少しだけ表情を緩めた。
その日の午後。
山下は事故を起こしたタクシー会社へ謝罪に向かった。
同行するのは矢野誠だった。
「緊張していますか?」
矢野が聞く。
「はい。」
山下は正直に答える。
「怒られると思うと……。」
矢野は首を横に振る。
「謝罪は怒られに行くことではありません。」
「相手に迷惑をかけたことを認め、同じことを繰り返さないと伝えることです。」
「それが運転士の責任です。」
山下は小さくうなずいた。
タクシー会社。
担当者へ頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。」
「私の確認不足で、車両を傷つけてしまいました。」
担当者は少し間を置いてから言った。
「けが人がいなかったことが何よりです。」
「お互い、運転の仕事ですからね。」
その言葉に、山下の肩の力が少し抜けた。
帰り道。
矢野が言う。
「今回のこと、忘れないでください。」
「はい。」
「でも、引きずりすぎてもいけません。」
「事故を経験した人間だからこそ、気づけることがあります。」
山下は窓の外を見る。
街を走るバス。
その中には、多くのお客様が乗っている。
「……はい。」
「次は、安全で信頼される運転士になります。」
夕方。
営業所へ戻ると、食堂から声が聞こえた。
「山下君!」
食堂のおばちゃんが大きな皿を置く。
「これ食べなさい。」
「え?」
「カツ丼。」
「勝つようにね。」
山下が笑う。
「ベタですね。」
「いいのよ。こういうのは気持ちだから。」
そこへ金城恒一が現れる。
「じゃあ俺にも。」
「金城さんは普通に食べたいだけですよね?」
藤崎彩が即答する。
「ばれたか。」
営業所に笑い声が広がった。
しばらくして。
細野は金城と二人になる時間があった。
「金城さん。」
「ん?」
「本当に、無事故無違反で国土交通大臣表彰を取ったんですよね?」
「失礼だなぁ。」
金城は笑う。
「本当だよ。」
「でもな。」
少し表情が変わる。
「表彰されたことより、大事なことがある。」
細野は聞く。
「毎日、営業所に帰ってくることだ。」
「それが一番だ。」
「どんなに運転技術があっても、安全に帰れなかったら意味がない。」
細野はその言葉を忘れなかった。
「金城さんは、どうしてそこまで続けられるんですか?」
細野が聞く。
金城は少し考える。
「好きだからだよ。」
「この仕事が。」
「お客様を乗せて、目的地まで届ける。」
「当たり前だけど、それってすごいことなんだ。」
そして笑う。
「まぁ、腰はそろそろ限界だけどな。」
「感動を返してください。」
細野は思わず笑った。
夜。
終業点呼。
矢野が全員を見る。
「本日の運行、お疲れさまでした。」
「事故、ありませんでした。」
その報告に、営業所の空気が少し和らぐ。
「明日も安全運行をお願いします。」
「はい!」
営業所を出る前。
山下が4人に言った。
「昨日まで、辞めようかと思った。」
細野たちは黙って聞く。
「でも……。」
「ここで逃げたら、助けてくれた人たちに申し訳ない。」
山下は笑う。
「俺、もっとちゃんとした運転士になる。」
川村が笑う。
「最初から完璧な奴なんていないって。」
大森も頷く。
「失敗を記録して、改善する。それが大事です。」
「大森、相変わらず真面目だな。」
4人は笑った。
少し離れた場所。
金城、矢野、寺島、藤崎がその様子を見ていた。
「成長しましたね。」
藤崎が言う。
金城は笑う。
「まだまだこれからだ。」
「でも。」
営業所の灯りを見る。
「いい仲間になりそうだ。」
細野は帰り道、振り返った。
池巣自動車営業所。
まだ働いている人たちの灯りが見える。
厳しい仕事。
責任の重い仕事。
でも。
ここには支えてくれる人がいる。
笑わせてくれる人がいる。
教えてくれる人がいる。
細野は思った。
――いつか、自分も誰かを支えられる運転士になりたい。
その目標は、もう決まっていた。
金城恒一のような。
安全を守り、人に信頼される運転士に。
(第4話 完)




