第5話「大きな背中」(後編)
大会を終えた夜。
池巣営業所の近くにある居酒屋。
そこには、川村健吾を囲むように同期四人と金城恒一の姿があった。
「改めて、お疲れ。」
金城がグラスを上げる。
「ベスト16。」
「十分立派な結果だ。」
「ありがとうございます。」
川村は頭を下げる。
「でも、悔しいです。」
その言葉に、金城は笑った。
「だからいいんだ。」
「悔しさがある奴は、まだ伸びる。」
---
「それにしても。」
山下が料理を取り分けながら言う。
「川村の試合、本当に別人だったな。」
「普段はあんなに優しいのに。」
「試合になった瞬間、目が変わってた。」
大森も頷く。
「集中力がすごかったです。」
「仕事でも活かせそうですね。」
「確かに。」
細野は笑う。
「運転中の川村も、あれくらい集中してるんだろうな。」
---
「そういえば。」
細野が金城を見る。
「金城さんも昔、大会とか出ていたんですか?」
「俺か?」
金城は少し笑う。
「昔はな。」
「でも、俺は柔道じゃなくて運転一本だ。」
「無事故無違反でな。」
金城は少し誇らしげに続ける。
「国土交通大臣賞ももらった。」
「え?」
四人が驚く。
「すごいじゃないですか!」
山下が声を上げる。
「そんな人が普段……。」
大森が考える。
「下ネタを言っているとは思いませんでした。」
「おい。」
金城が苦笑する。
「人間、真面目だけじゃ疲れるんだよ。」
「でもな。」
表情が変わる。
「安全だけは絶対にふざけるな。」
その一言だけは、全員が真剣に受け止めた。
---
しばらくして。
「さて。」
金城が時計を見る。
「帰るか。」
全員が立ち上がる。
……と思った。
「二次会行くぞ。」
「え?」
四人が固まる。
「まだ飲むんですか?」
細野が聞く。
「若いんだから大丈夫だ。」
「金城さん、59歳ですよね?」
山下が言う。
「心は29歳だ。」
「体は?」
「聞くな。」
いつものやり取りに、全員が笑った。
---
一方、その頃。
駅前の別の居酒屋。
藤崎彩と西園寺美月は、二人で食事をしていた。
「こうして二人で飲むの、初めてですね。」
西園寺が笑う。
「そうですね。」
藤崎も頷く。
営業所では見せない、少し柔らかい表情。
---
「藤崎さんって、休日は何してるんですか?」
西園寺が聞く。
「意外と普通ですよ。」
「家にいることが多いです。」
「何をしてるんですか?」
少し迷った後。
藤崎はスマホを取り出した。
「……これです。」
画面には、今流行しているアニメのキャラクター。
しかも待ち受け画面だった。
「え?」
西園寺が目を丸くする。
「藤崎さん……アニメ見るんですか?」
「見ます。」
「ゲームもします。」
「意外です。」
「よく言われます。」
二人は笑った。
---
「美月さんは?」
藤崎が聞く。
「私はカフェ巡りですね。」
西園寺は笑顔になる。
「あと、御朱印集めも好きです。」
「御朱印?」
「はい。」
スマホには、訪れた神社やお寺の写真。
「その場所の雰囲気とか歴史を知るのが好きなんです。」
「素敵ですね。」
藤崎は微笑んだ。
---
趣味の話。
休日の話。
仕事では知らなかった、お互いの一面。
気づけば時間は過ぎていた。
---
「……実は。」
西園寺が少し表情を変えた。
「相談したいことがあって。」
藤崎はグラスを置く。
「珍しいですね。」
「私が相談するの。」
西園寺は少し笑う。
「実は、気になる人がいるんです。」
藤崎は少し驚いた。
「そうなんですか。」
「はい。」
西園寺は少し照れる。
「その人のことを考える時間が増えて。」
「でも、どう接したらいいのか分からなくて。」
---
藤崎は静かに聞いていた。
「その人は……どんな人なんですか?」
西園寺は少し考える。
「真っ直ぐな人です。」
「何でも完璧にできるわけじゃないんですけど。」
「失敗しても諦めない人。」
「周りの人を明るくする人です。」
藤崎は頷く。
「美月さんにとっては、大切な人なんですね。」
「……はい。」
西園寺は小さく笑った。
---
「ところで。」
西園寺が聞く。
「藤崎さんは?」
「え?」
「そういう人、いないんですか?」
藤崎は少し黙った。
「……います。」
「どんな人ですか?」
藤崎は少し考える。
「不器用です。」
「でも。」
「周りをよく見ています。」
「失敗しても逃げない人です。」
---
二人は顔を見合わせる。
少しだけ笑った。
お互いの話の中に出てくる人物。
でも。
名前は出さなかった。
---
その時。
店の入口が開いた。
「いらっしゃいませ!」
「ここ空いてるな!」
聞き覚えのある声。
二人が振り向く。
「……。」
「……。」
そこには。
金城恒一。
細野孝太郎。
山下恒一。
大森恒一。
川村健吾。
二次会の店を探して入ってきた男性陣だった。
---
「え?」
山下が驚く。
「藤崎さんと西園寺さん?」
「偶然ですね!」
細野が笑う。
しかし。
二人の女性は少しだけ固まっていた。
ついさっきまで話していた内容。
その人物が、目の前にいる。
---
「まあ、いいじゃないか。」
金城が笑う。
「せっかくだ。」
「一緒に飲めばいい。」
「金城さん、勝手すぎます。」
藤崎が呆れる。
「いいじゃないか。」
「仲間だろ。」
---
結局。
別々だった二つの時間は、一つになった。
川村の挑戦。
同期の絆。
そして。
誰にも言えない小さな想い。
---
夏の夜。
池巣営業所の仲間たちは、また少しだけ近づいていた。
まだ誰も知らない。
この先、何年経っても思い出すことになる夜だった。
(第5話 完)




