第6話 夏の夜、特別な運行」(前編)
夏真っ盛り。
池巣自動車営業所では、いつもとは違う一日を迎えていた。
今日は沿線で夏祭り。
そして夜には花火大会が開催される。
毎年多くの人が集まる、地域の大きなイベントだ。
しかし。
バス運転士にとっては、いつも通りの一日ではない。
交通規制による迂回運行。
臨時停留所の設置。
道路状況による遅延。
普段とは違う対応が求められる。
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「本日は特殊運行になります。」
朝の点呼室。
矢野は運行表を確認しながら話す。
「いつもと違う道路を走る便があります。」
「歩行者も増えます。」
「イベントだからこそ、普段以上に安全確認をお願いします。」
運転士たちは真剣に耳を傾ける。
「焦らないこと。」
「基本を崩さないこと。」
「よろしくお願いします。」
「はい!」
力強い返事が響いた。
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「特殊運行か。」
細野孝太郎は掲示された運行表を見る。
「同じ路線でも、今日は別物ですね。」
大森恒一が言う。
「そうですね。」
川村健吾も頷く。
「道が変わるだけで、注意する場所も変わります。」
「そこがイベント輸送の難しいところだ。」
金城恒一が後ろから声をかける。
「いつもの道だから大丈夫。」
「その考えが一番危ない。」
金城は運行表を指差す。
「道路も違う。」
「乗ってくるお客様も違う。」
「だからこそ、いつも以上に基本を見る。」
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「まあ。」
金城は少し笑う。
「仕事が終わったら花火でも見ればいい。」
「金城さん、見るんですか?」
山下恒一が聞く。
「もちろん。」
全員が驚く。
「……録画でな。」
「そっちですか。」
営業所に笑いが起きる。
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午後。
街は少しずつ夏祭りの雰囲気に包まれていく。
浴衣姿の人。
屋台へ向かう家族。
花火大会を楽しみにする人たち。
いつもの街が、少し特別な場所に変わっていた。
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夕方。
細野は臨時待機場所で出庫時間を待っていた。
バスの外を見る。
楽しそうに歩く人たち。
笑顔の家族。
友人同士で写真を撮る人。
「いいなぁ……。」
細野は思わず呟いた。
その瞬間。
「何を羨ましそうに見てるんだよ。」
後ろから声がした。
「うわっ。」
振り向くと、山下が笑いながら立っていた。
「山下かよ。」
「そんなに花火見たいなら、休みの日に行けばいいだろ。」
「簡単に言うなよ。」
細野は苦笑する。
「仕事だろ。」
「分かってるって。」
山下は笑う。
「でも、こういう雰囲気を見ると少しくらい思うだろ。」
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山下も街を見る。
そこには、小さな子どもが父親と手をつないで歩いていた。
「……。」
山下は少しだけ目を細める。
「本当なら。」
「連れてきてやりたかったけどな。」
「ん?」
細野が振り向く。
「いや。」
山下はいつもの笑顔に戻る。
「今日は仕事だから仕方ないってこと。」
「山下、意外と優しいこと言うな。」
「失礼だな。」
山下が笑う。
「俺だってそういう時くらいある。」
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そこへ大森がやってくる。
「お疲れ様です。」
「お疲れ。」
三人はバスの横で少し休憩する。
「大森さんは、こういうイベント好きですか?」
細野が聞く。
「嫌いではないですね。」
大森は答える。
「ただ、人が多い場所は準備して行く方が安心です。」
「大森さんらしいですね。」
山下が笑う。
「帰りが遅くなることは伝えてありますから。」
「そこまで考えてるんですね。」
細野が感心する。
「普通ですよ。」
大森は淡々と言う。
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三人はしばらく街を見る。
花火を待つ人たち。
その時間を楽しみにする人たち。
そして。
その時間を支えるために働く人たち。
「……。」
細野は少し考える。
ただ運転するだけではない。
誰かの一日を支える仕事なのだと。
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その時。
細野は運行表を取り出した。
時間を確認する。
「……そろそろだな。」
「出庫時間ですか?」
大森が聞く。
「ああ。」
細野は頷く。
「行ってくる。」
「気をつけて。」
山下が声をかける。
「安全運転で。」
大森も続ける。
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細野は運転席へ向かう。
外では、花火を待つ人たちの笑顔。
そして。
その笑顔を支えるために走るバス。
夏の夜の特別運行が始まった。
(第6話・前編 つづく)




