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トランスポーター✕サービス  作者: カバクラ


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第3話 初めての一人乗務(後編)

代替車両で営業所を出発した細野だったが、すでに予定時刻を数分過ぎていた。


「落ち着け……。」


 ハンドルを握る手に力が入る。


 焦れば事故につながる。


 所長の言葉が頭の中で何度も繰り返された。


『時間は取り戻せても、事故は取り戻せない。』


 最初の停留所に到着すると、数人のお客様が待っていた。


 ドアを開けた瞬間だった。


「遅いよ!」


 スーツ姿の男性が少し強い口調で言った。


「何分待たせるんだ。」


 細野の胸がドキッと鳴る。


 しかし表情は崩さない。


「申し訳ございません。安全確認のため、出庫が遅れました。」


 男性は小さくため息をつきながら車内へ入っていく。


 細野は頭を下げ、ドアを閉めた。


「焦るな……。」


 自分に言い聞かせるように、ゆっくりとアクセルを踏む。


 朝の道路は交通量も多い。


 信号。


 右左折。


 停留所への幅寄せ。


 一つひとつ確認しながら運転を続けた。


 数か所先の停留所で、一人の高齢女性が杖をつきながら乗車してきた。


「おはようございます。」


 細野は笑顔で迎える。


 女性はゆっくりと料金箱を通り、手すりにつかまりながら席へ向かう。


 細野はすぐには発車しなかった。


 女性が座るまで静かに待つ。


 その様子を見ていた乗客の一人が、小さくうなずいた。


 女性が席に腰を下ろしたのを確認してから、細野はゆっくりとバスを発進させた。


「ありがとうね。」


 バックミラー越しに女性が笑顔を向ける。


「ありがとうございます。」


 細野も自然と笑顔になった。


 その後も慎重な運転を続け、終点へ到着する。


 お客様が次々と降りていく。


 すると、最初の停留所で怒っていたスーツ姿の男性が運転席の前で立ち止まった。


「さっきはきつく言って悪かった。」


 細野は驚いて顔を上げる。


「安全確認だったんだな。」


「はい。」


「遅れるより、事故のほうが困る。」


 男性は少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう。」


 そう言い残して降りていった。


 細野は深く一礼する。


「ありがとうございました。」


 その一言だけで、今日一日の緊張が少し報われた気がした。


 営業所へ戻ると、いつもなら聞こえる笑い声がなかった。


「……あれ?」


 妙な静けさが広がっている。


 細野は車両を車庫へ入れ、事務所へ向かった。


 そこで大森と目が合う。


「お疲れ。」


「お疲れ……どうした?」


 大森は少しだけ視線を落とした。


「山下が。」


「山下が?」


「……事故だ。」


 その一言に、細野の表情が固まる。


「え……。」


 事務所の奥を見ると、山下がうつむいたまま椅子に座っていた。


 制服の袖には、まだ運転席でついた汚れが残っている。


 寺島主任が何も言わず、缶コーヒーを一本机に置いた。


「飲め。」


 山下は小さく頭を下げる。


「……すみません。」


「謝る相手は俺じゃない。」


 寺島の声はいつもより静かだった。


 その時、会議室の扉が開く。


「山下。」


 所長だった。


「はい……。」


「来い。」


 山下はゆっくり立ち上がり、所長の後ろを歩いていく。


 扉が静かに閉まった。


 営業所には重たい沈黙が流れる。


 細野は胸の奥が締めつけられるような思いだった。


 朝まで笑い合っていた同期。


 ほんの数時間で、こんなにも空気は変わるのか。


 大森が静かに口を開く。


「相手はタクシーだったそうだ。」


 川村も不安そうな表情を浮かべる。


「けが人は……?」


「いない。」


 その言葉に、三人は小さく息をついた。


 しかし、事故が起きた事実は変わらない。


 細野は今日、寺島から言われた言葉を思い出していた。


『お前が今日一番最初にやった仕事は、お客様を危険から守ったことだ。』


 安全を守ること。


 それが運転士の仕事。


 その重みを、同期四人は今日初めて本当の意味で知ったのだった。


 ――山下が接触した相手は、一台のタクシーだった。


 バスの左側ボディと、タクシーのドアミラー。


 幸い、けが人はいなかった。


 しかし、この出来事は同期四人に「事故は決して他人事ではない」という現実を突きつけることになる。


(第3話 完)

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