24話 「受け継がれる背中」(前編)
四月。
池巣自動車営業所の朝は、いつもより少しだけ明るく感じられた。
冬の冷たい空気は消え。
車庫の隅には、春の風が吹いている。
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青と白のバスが並ぶ車庫。
運転士たちは、いつものように一日の準備を始めていた。
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「春ですね。」
川村健吾が空を見上げる。
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「本当に早いな。」
細野孝太郎が笑う。
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数年前。
自分たちも、この場所に立っていた。
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右も左も分からない新人。
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点呼で緊張して。
運転席に座るだけで手に汗を握った。
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失敗して。
悩んで。
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それでも。
先輩たちが支えてくれた。
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「細野。」
後ろから声がした。
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振り向く。
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「寺島主任。」
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「今日から新人が来る。」
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細野は頷いた。
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「はい。」
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その言葉を聞いた瞬間。
少し不思議な気持ちになった。
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以前なら。
自分が迎えられる側だった。
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今は。
迎える側になっている。
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「顔つきが変わったな。」
寺島が笑う。
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「そうですか?」
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「ああ。」
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「新人だった頃のお前は、真面目すぎて全部一人で背負おうとしていた。」
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細野は苦笑する。
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「今も変わってないかもしれません。」
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「いや。」
寺島は首を振る。
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「今は仲間を頼れる顔になった。」
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その言葉に。
細野は少し照れた。
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その日の朝。
事務所には、新しく配属される新人運転士たちが集まっていた。
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「紹介する。」
所長が言う。
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「今年度から池巣営業所で勤務する5名だ。」
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前に並ぶ新人たち。
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一人目。
佐藤健介。
中途採用で入った新人。
前職では物流会社で働いていた。
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二人目。
田村翔。
接客業の経験を持つ。
人と接する仕事にやりがいを感じ、バス運転士を目指した。
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三人目。
井上大地。
大型車両の運転経験があり、さらなる成長を求めて入社した。
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そして。
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新卒の二人。
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木村悠真。
小林蓮。
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まだ少し緊張した表情。
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自分たちが数年前にしていた表情と同じだった。
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「よろしくお願いします!」
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5人が頭を下げる。
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「よろしく。」
細野たちも頭を下げた。
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その様子を見ていた山下恒一が笑う。
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「なんか変な感じだな。」
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「何がですか?」
大森恒一が聞く。
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「昔は俺たちが怒られる側だったのに。」
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「今は新人を見る側だ。」
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大森は頷く。
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「時間が経ったということですね。」
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「それ言われると年を感じるな。」
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いつものやり取りに、細野も笑った。
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しかし。
すぐに表情を引き締める。
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新人たちは。
これから運転士になるために、この場所へ来た。
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自分たちが先輩から受け取ったものを。
今度は伝える番だった。
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「最初の2か月間。」
所長が説明する。
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「教習担当は金城さんだ。」
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新人5人が金城を見る。
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金城恒一。
池巣営業所を長く支えてきたベテラン。
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「よろしくお願いします。」
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新人たちが頭を下げる。
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金城は腕を組む。
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「よろしく。」
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「ただ。」
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少し表情を変える。
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「覚えておいてほしいことがある。」
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新人たちは姿勢を正す。
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「運転士の仕事は。」
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「バスを動かすことじゃない。」
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「人の命と時間を預かる仕事だ。」
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静かな声。
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でも。
その言葉には重みがあった。
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「技術は教える。」
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「知識も教える。」
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「でも。」
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「最後に大切なのは、人を見ることだ。」
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新人たちは真剣に頷いた。
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細野はその姿を見ながら思った。
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自分も。
金城に同じような言葉をもらった。
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安全。
責任。
仲間。
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それが今、自分たちの中に残っている。
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そして。
いつか。
この新人たちも誰かに背中を見せる日が来る。
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春の池巣自動車営業所。
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新しい世代の物語が。
静かに始まろうとしていた。
(第24話・後編へ続く)




