23話 「それぞれの想い」(第4編 答えを探して)
三月も終わりに近づいていた。
池巣自動車営業所。
桜のつぼみが膨らみ始め、春の訪れを感じる季節。
しかし。
細野孝太郎の心の中には、まだ整理しきれないものがあった。
---
西園寺美月。
藤崎彩。
---
二人から伝えられた想い。
---
どちらも。
軽い気持ちではなかった。
---
仕事中は、いつも通りだった。
ハンドルを握る。
お客様を安全に届ける。
仲間と笑う。
---
しかし。
ふとした瞬間。
二人の言葉が頭をよぎる。
---
『私は、細野さんが好きです。』
---
『私も、もう逃げません。』
---
細野は小さく息を吐いた。
---
「難しい顔してるな。」
---
声を掛けたのは山下恒一だった。
---
「山下さん。」
---
山下は缶コーヒーを差し出す。
---
「飲め。」
---
「ありがとうございます。」
---
細野は受け取る。
---
「悩み事か?」
---
「……。」
---
細野は少し迷った。
---
しかし。
山下は長く一緒に働いてきた先輩でもあり、同期のような存在でもある。
---
「大切な人から。」
「気持ちを伝えられました。」
---
山下は驚かない。
---
「そうか。」
---
「二人とも。」
---
細野は続ける。
---
「どちらも大事な人です。」
---
「だから。」
「簡単に答えを出したくないんです。」
---
山下は静かに頷いた。
---
「それでいい。」
---
「適当に決める方が失礼だ。」
---
その言葉に、細野は顔を上げる。
---
「結婚して長いけどな。」
---
「相手を選ぶっていうのは。」
「好きって気持ちだけじゃない。」
---
「一緒にいて安心できるか。」
「支え合えるか。」
---
「そういうことも大事だ。」
---
細野は黙って聞いていた。
---
「山下さん。」
---
「はい。」
---
「ありがとうございます。」
---
山下は笑う。
---
「同期だからな。」
---
「困った時くらい相談に乗るよ。」
---
少し離れた場所では。
大森恒一がその様子を見ていた。
---
「山下さん。」
---
「何だ?」
---
「珍しく良いことを言いましたね。」
---
「珍しくは余計だろ。」
---
二人のやり取りに。
細野は思わず笑った。
---
その日の帰り。
---
細野は一人、駅まで歩いていた。
---
春の風。
---
街灯に照らされる道。
---
考える。
---
西園寺と過ごした時間。
---
初めて会った時。
熱海で笑った夏。
台風の日に一緒に働いたこと。
---
藤崎と過ごした時間。
---
新人だった頃から見守ってくれたこと。
自分の弱さを理解してくれていたこと。
---
どちらにも。
大切な思い出がある。
---
「俺は……。」
---
答えを急ぐことはできない。
---
でも。
---
逃げることもできない。
---
翌日。
営業所。
---
「細野さん。」
---
声を掛けたのは川村健吾だった。
---
「はい。」
---
「大丈夫ですか?」
---
細野は少し驚く。
---
「何がですか?」
---
川村は笑う。
---
「分かります。」
---
「僕も。」
「大切な人のことを考える時間が増えたので。」
---
細野は笑った。
---
「川村。」
---
「幸せそうだな。」
---
「はい。」
川村は照れながら頷く。
---
「桜井さんと話していると。」
「自然体でいられるんです。」
---
その言葉に。
細野は少し考えた。
---
自然体でいられる相手。
---
支え合える相手。
---
自分にとって大切なもの。
---
まだ答えは出ない。
---
でも。
---
少しずつ見えてきた気がした。
---
夕方。
営業所の車庫。
---
細野は並んだバスを見る。
---
新人だった頃。
先輩たちの背中を追いかけていた。
---
今は。
後輩たちが自分たちを見ている。
---
仕事も。
人生も。
---
簡単な答えなんてない。
---
だからこそ。
---
自分で考えて。
自分で選ぶ。
---
細野は静かに空を見上げた。
---
春はもうすぐそこまで来ていた。
---
そして。
池巣自動車営業所には。
新しい年度と。
新しい物語が始まろうとしていた。
(第23話・完)




