23話 「それぞれの想い」(第3編 藤崎の決意)
三月最後の週。
池巣自動車営業所。
一日の仕事を終えた営業所には、少しだけ落ち着いた空気が流れていた。
運転士たちが帰庫し、それぞれ明日の準備をしている。
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細野孝太郎も、必要な処理を終えて事務所を出ようとしていた。
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「細野さん。」
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声を掛けられる。
振り向くと、藤崎彩が立っていた。
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「藤崎さん。」
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「もう帰られますか?」
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「はい。」
細野は頷く。
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藤崎は少し迷った。
そして。
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「もし時間があれば。」
「少しだけ、お話しできませんか?」
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細野は表情を見て、真剣に頷いた。
「分かりました。」
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二人が向かったのは、営業所から少し離れた場所にある川沿いの遊歩道だった。
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夜の街。
静かな川の音。
仕事から離れた時間。
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二人はベンチに座った。
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「ここ。」
藤崎が言う。
「昔から、考え事をするときに来ていた場所なんです。」
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細野は黙って聞いていた。
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「自分の気持ちを整理したい時。」
「誰にも言えないことを考える時。」
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「よく一人で来ていました。」
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少しの沈黙。
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「西園寺さんから。」
藤崎が口を開く。
「聞きました。」
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細野の表情が少し変わる。
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「そうですか。」
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「はい。」
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藤崎は静かに続ける。
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「でも。」
「西園寺さんを責める気持ちはありません。」
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「むしろ。」
「すごいと思いました。」
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「自分の気持ちから逃げずに、ちゃんと伝えたから。」
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細野は黙って聞いている。
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「私も。」
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「本当は、ずっと伝えたかったんです。」
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藤崎は夜の川を見る。
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「でも。」
「怖かった。」
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「人を好きになることも。」
「誰かに大切に思われることも。」
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「もし失敗したら。」
「もし離れていったら。」
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「そう考えてしまって。」
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少し笑う。
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「昔から、そういうところがありました。」
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細野は静かに言う。
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「藤崎さんは。」
「弱い人じゃないと思います。」
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藤崎が顔を上げる。
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「営業所のみんなを見ています。」
「困っている人がいたら助けています。」
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「僕は。」
「そういう藤崎さんをずっと見てきました。」
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藤崎は少し驚いた。
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「細野さんって。」
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「本当に変わらないですね。」
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「自分のことより、周りのことばかり考えている。」
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細野は苦笑する。
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「よく言われます。」
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二人は少し笑った。
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そして。
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藤崎は覚悟を決めた。
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「細野さん。」
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「はい。」
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「私は。」
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「細野さんのことが好きです。」
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静かな夜。
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その言葉が二人の間に残った。
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細野はすぐには答えなかった。
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西園寺の想い。
藤崎の想い。
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どちらも軽いものではない。
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「ありがとうございます。」
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「そんな大切な気持ちを伝えてくれて。」
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藤崎は頷く。
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「返事を急がせるつもりはありません。」
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「ただ。」
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「後悔したくなかったんです。」
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「伝えないまま、終わるのだけは嫌でした。」
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細野はゆっくり頷く。
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「分かりました。」
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「ちゃんと向き合います。」
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藤崎は少し安心したように笑った。
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帰り道。
二人はいつも通りの会話をした。
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でも。
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二人の関係は、少しだけ変わっていた。
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翌日。
営業所。
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「細野。」
山下恒一が声を掛ける。
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「最近、考えること増えたな。」
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細野は苦笑する。
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「分かりますか?」
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「分かるよ。」
山下は笑う。
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「人生経験ってやつだ。」
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大森恒一も頷く。
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「焦らないことです。」
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「大事なことほど、慎重に考えるべきです。」
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細野は二人を見る。
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「ありがとうございます。」
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春。
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川村には新しい恋が始まった。
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西園寺は勇気を出した。
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藤崎も、自分の過去を乗り越えて一歩踏み出した。
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そして。
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細野孝太郎は。
二つの大切な想いと向き合うことになる。
(第23話・第4編へ続く)




