23話 「それぞれの想い」(第2編 西園寺の想い)
三月最後の週。
池巣自動車営業所では、新年度へ向けた準備が進んでいた。
新しい運行表。
新人運転士たちの資料。
各担当者の引き継ぎ。
春は、変化の季節だった。
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「西園寺さん。」
細野孝太郎が声を掛ける。
「はい。」
西園寺美月は書類を整理していた手を止める。
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「本社へ行く準備、大変じゃないですか?」
細野が聞く。
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「少しだけ忙しいです。」
西園寺は笑う。
「でも、大丈夫です。」
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「それに。」
少し間を置いて続ける。
「月に一度は営業所へ来ますから。」
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「完全に離れるわけではありません。」
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細野は安心したように笑った。
「それなら良かったです。」
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その一言。
西園寺にとっては嬉しかった。
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最初は。
ただの仕事相手だった。
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でも。
一緒に新人として成長して。
事故を経験して。
台風の日も乗り越えて。
熱海へ行って。
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いつの間にか。
細野孝太郎という存在は、自分の中で特別になっていた。
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夕方。
業務が終わった後。
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「細野さん。」
西園寺が声を掛ける。
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「少しだけ、お時間いただけますか?」
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「はい。」
細野は頷いた。
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二人が向かったのは。
営業所から歩いて数分の場所にある小さな公園だった。
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春の風が吹いている。
桜の木には、少しずつ花が開き始めていた。
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まだ満開ではない。
でも。
新しい季節の始まりを感じる景色だった。
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二人は並んでベンチに座る。
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「ここ。」
西園寺が周囲を見る。
「前から好きな場所なんです。」
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「仕事のことを考えすぎた時。」
「少しだけ気持ちを整理したい時。」
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「よく来ていました。」
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細野は頷く。
「いい場所ですね。」
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しばらく。
二人は静かに公園の景色を眺めていた。
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「一年。」
西園寺が口を開く。
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「本当に色々ありましたね。」
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「初めて営業所で会ったこと。」
「まだ新人で、分からないことばかりだったこと。」
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「細野さんが初めて一人乗務をした日。」
「事故が起きて、みんなで不安になった日。」
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「台風の日。」
「熱海へ行った夏。」
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細野は微笑む。
「本当に色々ありました。」
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「でも。」
西園寺は続ける。
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「その時間の中で。」
「細野さんのことを知ることができました。」
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「責任感が強くて。」
「真面目で。」
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「でも。」
「自分のことより周りを優先する人。」
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細野は少し照れた。
「そんな大した人間じゃないですよ。」
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「いいえ。」
西園寺は首を横に振る。
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「私は、そう思っています。」
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春の風が二人の間を通り抜ける。
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少しの沈黙。
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西園寺はゆっくり息を吸った。
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「細野さん。」
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「はい。」
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「私。」
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「伝えたいことがあります。」
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細野は静かに向き合う。
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「四月から本社へ行きます。」
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「仕事も忙しくなると思います。」
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「だから。」
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「言わないまま離れるのは嫌でした。」
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西園寺は少しだけ震える声で続けた。
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「私は。」
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「細野さんのことが好きです。」
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桜の木の下。
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その言葉が静かに響いた。
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細野は驚いた。
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しかし。
目をそらさなかった。
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「ありがとうございます。」
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「そんな大切な気持ちを伝えてくれて。」
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西園寺は少し笑う。
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「返事は急がなくて大丈夫です。」
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「困らせたいわけではありません。」
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「ただ。」
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「自分の気持ちだけは、伝えたかったんです。」
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細野はゆっくり頷く。
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「分かりました。」
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「ちゃんと考えます。」
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西園寺は安心したように笑った。
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「ありがとうございます。」
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二人は公園を出る。
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帰り道。
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会話はいつも通りだった。
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でも。
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二人の距離は、少しだけ変わっていた。
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その夜。
藤崎彩は一人、営業所で書類を整理していた。
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西園寺は、自分の想いを伝えた。
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逃げずに。
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ならば。
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「私も。」
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「もう逃げない。」
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春の夜。
三人の想いが、それぞれの方向へ動き始めていた。
(第23話・第3編へ続く)




